第11話 模索⑪

「どうすると?」

「観測ステーションで解析するのと、地上用に絵のコピーを大量に作って、クトリとメレ・エトゥールに渡す用意をするらしい」

「確かに貴方が複製を作るより効率はいいですね」

「僕も腱鞘炎けんしょうえんにならなくてすむ」


 ふう、っとカイルは息をついた。


「……ファーレンシアの具合は?」

「安定していますよ。ただ、基礎的体力が元々ないので、念のためこのまま療養りょうようしてもらいます。心配はありません。大丈夫です。私がついていますから」


 それは何よりも心強い言葉だった。カイルは安堵あんどした。


「面会は?」

「念のため、もう少し我慢がまんしてくれますか?」

「会えないのがつらい」

「ファーレンシア様もそう言ってました」


 カイルはくちびるんだ。近しい人に影響を与えてしまう自分の能力をこれほどのろったことはない。

 今のカイルは先見さきみした大災厄の光景をファーレンシアに投射とうしゃしてしまい、彼女の負荷を増やすばかりだった。


「次回、ディム・トゥーラが降りてきたときに、同席を頼めば、会えるかもしれません」


 カイルは顔をあげて、救われたような表情をした。


「本当に?」

「貴方の無意識の投射とうしゃが問題ですから、自己コントロールがきかないのなら支援追跡バックアップが必要でしょう?ディム・トゥーラなら引き受けてくれるでしょうし」

「ファーレンシアの補助なしに同調は――」

「したら、ディム・トゥーラは貴方との支援追跡バックアップを放棄して中央セントラルに帰還するそうですよ」


 ぐっ、とカイルは詰まった。それは究極の脅迫だった。


「貴方はまだすることがいっぱいあります。先見の収集も大事ですが、当面は18か所の情報がどれほど有効かの検証が必要ですから、これ以上同調する必要はありません」

「それ……ディム・トゥーラと結託けったくしている?」

「もちろんです」


 シルビアはあっさりと肯定こうていをした。


「ディム・トゥーラと、友人である世界の番人と結託けったくしています」

「なぜ世界の番人と」

「理由は一致しています。貴方が無茶をして、心身しんしんを壊す可能性があるからです」


 再びカイルは詰まった。


「カイル、がむしゃらに突進するだけが道じゃありませんよ。絵を描くことを許可しましたが、同調はまだダメです。貴方の能力がいつ必要になるかわかりません。その前に貴方の精神がこわれたら、完全に詰みます」

「わかるけど……その理由はわかるけど……」

「わかっていただけて、よかったです」


 ぴしゃりとシルビアがカイルの葛藤かっとう遮断しゃだんした。


「それより、代案が今、進行中です」

「代案?」

「爆薬の原料を地上で調達して、旧エリアの爆発の威力を底上げするのです」

「――」


 カイルは、軽く口をあけた。


「――すごい、代案だ」


 カイルは素早く計算をした。


「でも、悪くない」

「でしょう?」


 珍しく、シルビアが勝ち誇ったような表情をした。


「あいにくと、まだ火薬文化は発展していませんから、原料の調達が難しいですが」

「火山地帯にある自然硫黄いおうかな。中世の石油から精製する文化はまだ存在していないと思う」

「自然硫黄いおうを採取して拠点で精製せいせいすることは?」

「エルネスト達にきいてみよう」


 カイルはふとシルビアを見た。


「ディム・トゥーラに不思議なことを聞かれた。地上の魅力みりょくってなんだ、と。シルビアだったらなんて答える?」

「地上の魅力みりょく……ですか?」


 シルビアも考え込んだ。


「……生命力バイタリティに溢れていることですかね……」

生命力バイタリティ?」

「医療技術が未発達のこの世界では、常に死と隣り合わせです。戦争、疫病えきびょう飢餓きが、自然災害――とても厳しい原始的な世界です。でも彼らはたくましく生き抜いています。それはとても力強いものです」


 シルビアは少し視線を落とした。


「そして、ささやかな幸せに喜びを感じるのです。今日一日のかてを得たこと、愛する家族とともに無事に過ごせたこと、穏やかな日々を過ごせたことに対して、精霊に感謝をいのるのです。科学が発達した私達の世界にはないものです。限りある短い寿命じゅみょうと、か弱い肉体に縛られている彼らの生き方が、中央セントラル安穏あんのんに長い時間を過ごす私達よりまぶしく感じます。彼らはきっと私たちが失った物を持っています」

「……失った物?」

「か弱き者に手を差し伸べる慈善じぜんの心です。他人に対してなさけやあわれみをかけること――貴方が指摘している情の欠落は、情緒じょうちょの退化に他なりません。それを失っていないこの世界は、とても美しいと思います。貴方がかれているのは、そういうところではありませんか?」

「……」

「そもそも私達の世界には個人に対する忠義など存在しません。メレ・エトゥールを君主として、忠誠を誓う臣下しんかなども珍しい存在ですし、それだけ多数の人を魅了するメレ・エトゥールやエル・エトゥールのようなカリスマ的な人物など稀有けうです。この未成熟みせいじゅくな世界がそれを生み出す土台になっています。彼等の短い人生の中での選択して行動すること全てが私達にはまぶしくて影響を受けているのではないでしょうか?」

「……僕にもわからない」


 カイルは正直に答えた。


「僕の中で、この世界を守りたいという思いが抑えきれない。そこに生きる人々は、かけがいのない存在だ。それが、恒星間天体という理不尽な自然現象で消されようとしていることに耐えられない。しかも、中央セントラルの技術力があれば、この世界を大災厄から救えるのに、何もしないことは、罪深いことのように思える。ディム・トゥーラが地上の魅力が理解できないと言うのと同様に、僕には文明不干渉ふかんしょうの原則がわからない。影響与えることは理解できるが、なぜ文明を救い導いてはいけないんだろうか?」

「カイル」

「僕は、誰も中央セントラルのやり方に疑問を抱かないことが、不思議でしょうがない。まるで自己思考を失ったアンドロイドだ」

「疑問を抱いてどうしますか?中央セントラルは変えることはできません。変えるために中央セントラルのエリートの地位まで昇りつめますか?その間に、恒星間天体は地上に落ち、文明は滅びます。何が最優先か、見失っていますよ」


 シルビアの指摘はもっともなことだった。カイルは黙り込んだ。


「今は恒星間天体に集中しましょう。ディム・トゥーラはすぐに戻ってくると思います。次はどうしますか?」

「新たな絵を描けないなら、18箇所の位置を特定することかな」

「それから?」

「シルビアが提案した爆薬の原料の調達と――」

「調達と?」

「エトゥールの下にある拠点と西の地の拠点を確保することを考えている」

「西の地の拠点?」

「西の地にあるライアーの塚の下にある遺構いこうが初代の女性達が作ったものとリードが言っていた。エレン・アストライアーがからんでいると思う。リードも中身は知らないらしい」

「イーレがらみですか」


 シルビアは考えこんだ。


「ハーレイ様とともにイーレにも捜索に協力してもらいますかね?」

「いいの?イーレの心的外傷トラウマ刺激しげきしないかな?」

「ハーレイ様のおかげで安定していますし、たまにはこちらの仕事に連れ出さないと――」

「連れ出さないと?」

「西の地の野生のウールヴェが全滅すると、世界の番人がうれいてます」



 これがシルビアの冗談なのか、世界の番人の先見さきみの言葉なのか、カイルは判断できず、しばし悩んだ。

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