第10話 模索⑩
カイルは
必然的にディム・トゥーラの完璧な
多忙のはずのディムを
『できた絵を俺も早くみたいし、解析のために運ぶのなら早い方がいいだろう』
変な気分だ――虎のウールヴェの横で、絵を描きながらカイルはそう思った。
ディム・トゥーラの
だが、考えてみたら同調結果のアナログな絵描きをディム・トゥーラの前で披露するのは初めてのことなのだ。動物を写生するのとはわけが違う。
カイルが絵を描く行為を、虎のウールヴェはじっと見つめてきた。完全に
「な、何?」
『いや……いつもそんな風に同調記憶を描いていたんだな』
しみじみと言われるのは、なんだか照れくさいことだった。
「観測ステーションでは、いつも
『もったいない。これだけの技量ならもっと自慢してよかったのに』
「イーレなんてアナログな趣味だと馬鹿にしてたけど?それに、めんどくさいことになるよ。研究馬鹿達に撮影禁止区域の
『ありうるな』
ディム・トゥーラは、すでに出来上がった数枚の絵を検分していた。地点の緯度や経度、恒星間天体の破片の侵入角度は十分割り出せる精密さがあった。
「……これから僕たちはどうしたらいいのかな……」
ぼそりとカイルが言った。
『別にすることは変わらない。お前は地上の準備をする。俺は恒星間天体の軌道を変化させる』
「……うん」
『なあ、地上の魅力ってなんだ?』
唐突な質問にカイルは驚いた。
「なんで、急に?」
『俺には理解できないからだ』
「サイラスみたいなことを言うね」
カイルは少し笑った。
「サイラスは
『武道の
「心を
『ああ、なるほど……確かにサイラスの苦手な分野かもしれないな』
「そうなの?」
『そしてイーレの得意分野だ。リルを助けるように指示したのもイーレだったし、イーレが指示しなければ、サイラスは動かなかったかもな』
「――」
カイルは絵を描く手をとめた。
「時々、思うのだけど、初代を初めとする何人かは冷淡だよね?」
『文明
「いや、人が危機に瀕していたら、普通手助けしない?」
『しない』
「ええええ?!」
カイルは驚きの声をあげた。
「ディムもまさかの冷淡派?!」
『…………なんだ、その冷淡派って……』
「地上滅亡に無関心なアードゥルやエルネストの
『…………アードゥルと一緒にするな』
ウールヴェは途端に
「あ、いや、一緒にしているわけじゃなくてね?」
カイルは言い訳を始めた。
「こう、もう少し、心情的に――どうして手助けをしないの?」
『なぜ、手助けをしなければいけない?』
「――」
『手助けの基準は?俺の手は一つしかない。俺は同僚の命を守るために、お前たちを手助けする意思はあるが、無関係な地上の人間を手助けする義理はない』
ディム・トゥーラは静かに答えた。
『文明
「それは――」
確かにあの時は、戦争に加担して死にゆく人々を聖堂で目の当たりにして後悔した。自分の浅はかな行動が彼等の人生を変えたと思ったからだ。
『お前はエトゥールに
それから、やや考え込むように言った。
『……いや、不干渉が原則といいつつも、メレ・エトゥールが死なすには惜しい人物だとは、思う。真の賢者は彼ではないだろうか』
「メレ・エトゥールが?」
『自分の責務として、民を救おうとしている』
「ああ、うん」
『歴史に名を
ディム・トゥーラは自己結論に達していた。
『他者のための
「僕とリード?」
カイルは首を傾げた。
ウールヴェはしばらくカイルを見つめたあと、半眼になり、とても長い溜息をついた。
「な、なに?」
『お前の無自覚無双が、あろうことか限界突破し、野放しになっていることに対する不安だ。俺はこれに一生つきあうのか……。お前の
「ひどいよ」
カイルは唇を
「だいたい無自覚は、ディムもいい勝負じゃないか」
『なんだって?』
「地上に降りた僕達のために、奔走してくれている。それが献身じゃなくて、なんなの?自己犠牲と行動力――まさに、そのものだ」
『…………お前に言われると
「それは僕がディム・トゥーラの献身の上に、
『自覚はあったのか?』
「もちろん」
『悪魔め』
「でもディムはそれを許してくれるよね」
「――」
カイルは、にこにこ笑いながら、虎形態のウールヴェの頭を、手を伸ばし
『…………何をしている』
「え?ディム・トゥーラの頭を
カイルは真顔で言った。
「なんですか、この歯型は?」
シルビアは、カイルの左腕にくっきりはっきりついた動物の歯型の
「ディム・トゥーラに
「
「シルビア、そこ、
「本来なら頭を殴りたい
「……そんなことない。ディムの頭を撫でただけだよ」
「十分すぎる
痛みを想像して、カイルは震えた。シルビアはカイルの腕に
「ディムは?」
「絵を持って一度帰ったよ」
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