第5話 模索⑤

 整然と並んだ、一番入り口に近い場所の長椅子の背もたれを止まり木にして、いつのまにか赤い鷹が一羽存在していた。いつもの精霊鷹ではないことは、まとうオーラでわかる。

 聖堂内もいつものおだやかないやしではなく、巨大な力を聖堂という狭い場所に無理矢理押し込めたような周囲を圧倒する圧が存在していた。



 世界の番人の降臨こうりんだった。



 すぐにメレ・エトゥールとファーレンシアが最上級の礼をし、シルビアが精霊鷹に話しかけた。


「来ていただき、ありがとうございます」


――――礼には及ばぬ


――――その不遜ふそんな男と和解する頃には、確かに時間がかかりすぎる。それほど残された時間はない


 いきなり、喧嘩腰けんかごしだっ!

 カイルはますます焦った。


――――要望はわかっている


――――審神者さにわになるとのことだが、こちらにも好みはある


「はい?」


 まさかの拒否きょひだった。


――――だが、審神者さにわになり見た物を絵にするさいは、このおろものしかないだろう


――――背に腹は変えられぬ。仕方あるまい


 カイルは、軽く口をあけた。世界の番人は本当に歩み寄る気があるのだろうか。審神者さにわに立候補したカイルに対して、言葉がひどすぎた。


「僕がおろものだって言うの?」


――――おろものだろう。 剣ももたずに、自ら腹を刺されに飛び込むのは


 今ここで東国イストレのことを蒸し返されるのは計算外だった。

 背後にいるディム・トゥーラが同調している虎から、非常にひんやりとした空気が流れ始めた気配があった。その感情の相手は世界の番人ではない。

 

『アードゥルとの対決のことだな?その話、もう少し詳しく』


 余計なリクエストが生まれた。


『イーレをかばって、単純に刺されたのではなかったのか』


――――このおろものは、こちらをかつすために、腹をさされ、その上でさらに初代をあおった。自らを餌に四ツ目を集めた。あまりにもあからさまな挑発で、このまま見物をしていようかと思うぐらいだった。


『…………ほお』


 だらだらとカイルは冷や汗を流した。

 突き刺さる。ディム・トゥーラのいきどおりがこもった思念が、背後から、ちくちくとカイルに突き刺さった。いきどおりのターゲットは世界の番人から完全にカイルに移行していた。

 世界の番人の暴露ばくろは、東国イストレのカイルの行動に対する意趣返いしゅがえしの一種で、見事に目的を達成していた。


『……俺は、イーレをかばって刺されたとしか報告を受けなかったな』


 ぼそりとディム・トゥーラの思念が響く。

 ファーレンシアもカイルを凝視ぎょうししている。

 メレ・エトゥールは小さなため息をついた。

 シルビアだけは平然としていた。おそらく、サイラスとイーレから事情を当時の状況を詳しくきいていたのだろう。


――――頭が悪すぎる

――――これの飼い主なら、そこらへんはしつけておけ


しつけができなくて、俺も苦労している』


「ちょっと!!」


『躾のいい案があるなら、ぜひ聞こう』


――――野放しにするな。野生のウールヴェよりたちが悪い


『残念ながら、距離があって監視はかなわない。それはそっちが引き受けてほしいものだな』


――――大災厄がなければ氷漬けにしたいところだ。こちらの予想を裏切る行動ばかりをする


『それは彼の仕様だ。あきらめろ。俺はとっくの昔にあきらめた』


 なんなんだ、この展開は。

 世界の番人とディム・トゥーラが、自分をネタに意気投合いきとうごうしかけている。カイルは口を出そうとしたが、ウールヴェの鋭い視線に止められた。明らかに、「お前は口をだすな」だった。


『ところで審神者さにわの件だ。膨大な未来映像は彼の精神に高負荷をかける。それは許さない』


――――未来の分岐は多数だ


『だが、カイルが発狂はっきょうしたらそこでゲームは終わる。それをわかっているのか?』


 沈黙が流れた。


――――それで?


『俺と姫が立ち会う。俺達がストップを出したら、そこで中断だ』


――――何を目的とする?


『今、宇宙ではやっかいなことが起きている。星が二つに割れた。こちらの予測解析には限界がある。それを補完する先見がほしい』


 ウールヴェは意外に静かに交渉にはいった。


『どこに星が落ちるか。それが知りたい』


 ディム・トゥーラは、あらかじめ詳細に取り決めていたかのように、話を切り出した。あれだけ反発していた世界の番人に対して、個人の感情を封じ込め、接している。

 その切り替えにカイルは感心してしまった。あの激情を抑え込んでいる。完璧な自己コントロールだった。支援追跡者バックアップの才が発揮されていた。

 彼は観測ステーションの代表として、世界の番人との対話に臨んでいるのではないだろうか。カイルはそんなことを思った。

 

 それに対して、世界の番人の応答はそっけなかった。


――――落ちる場所はまだ定まっていない


 その態度にディム・トゥーラが激昂げきこうすることもなかった。


『そうだと思った。俺たちが、どちらをつぶすか迷っている状態だ。正しい未来予測だ』


――――定まらぬ先見など無意味だろう


『実はそうでもない。こちらも不測の事態で少しでも情報が欲しい。こちらの予測解析が間に合わないリスクがあるからだ』


 ディム・トゥーラは淡々と語った。


『星の破片が落ちる可能性の場所の先見があれば、そこから逆算して軌道きどうを計算できる』


 カイルは、はっと息をのんだ。

 そんな発想はなかった。カイルが審神者さにわになることを激怒したくせに、ディム・トゥーラは素早く、メリットとデメリットを判断して、必要な情報が何か想定していたのだ。


『それらの集中点が、天上の俺たちが軌道を変えるべき変更ポイントだ』


――――どの未来がみたいのだ?


『一番重要なのは、氷河期を回避することだ』


――――もちろんそうだろう


『次に人死が少ない未来が欲しい。大災厄に対して協力してくれるエトゥールの民を優先で救済したい。メレ・エトゥール、それでよろしいか』


「ああ、感謝する」


『これは等価交換だ。俺と初代は天上でどちらかの星を砕く。それに対しての先見の映像をカイルに見せろ。彼が絵を描き、地上の関係者が場所を特定する』


――――未来は変わる


『だから、それを繰り返す。最善の未来を探す。ただし、カイルの安全を保証して、だ。カイルが貴重な協力者であることを肝に命じることだ』


 ディム・トゥーラは一気に威圧いあつを放ち、聖堂の場をせいした。


『カイル・リード達に何かあれば、天上の俺達はこの惑星から一切、手をひく。それを忘れるな』


「ディムっ!!」


 カイルはその言葉に驚き、抗議をした。


『カイル、これはお前にも言っている。自分の安全を軽視するな。お前が死ねば、この惑星を救う義理など、俺には一切ない。俺はここから立ち去るだけだ』


 ディム・トゥーラは冷酷に言い切った。


「そんな地上を見捨てるって言うの?!」


『そうなる』


――――姫以外にこの愚者をぎょすることができる才を持つ者がいるとは驚きだ


 世界の番人は、恐喝きょうかつされるカイルになぜか満足そうだった。


「ちょっと!!」


――――お前は己の命を盾にこちらを利用した。飛去来器ひきょらいきのようにそれが戻ってきただけだ


飛去来器ひきょらいき?」


『ブーメランのことだ』


 ディム・トゥーラが特殊単語を翻訳し、カイル以外の全員が世界の番人の言葉に、ぷっと笑いをもらした。

 カイルは真っ赤になって、世界の番人に文句を言った。


「どうして、僕にだけ厳しいの?まるでディム・トゥーラみたいだ」


――――一緒にするな

『一緒にするな』


 同時に反応があった。


――――お前が頑固で、愚かで、野生のウールヴェ並に猪突猛進ちょとつもうしんすぎて手をやいているだけだ


『上手い表現だ』


 ディム・トゥーラが同意した。

 世界の番人とディム・トゥーラが反発しているのか、意気投合しているのか、全くわからず、カイルは混乱した。

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