第4話 模索④

 一時間ほど続いたディム・トゥーラの説教を止めたのはシルビアだった。

 メレ・エトゥールが質問があると言っていると、ディム・トゥーラをカイルから引き離した。ディム・トゥーラの方も王族達をうっかり放置してしまった後ろめたさがあったのか、すぐに応じた。

 

「貴方も本当に学習能力がありませんねぇ」


 シルビアが正座しているカイルを見下ろして、しみじみと言った。


「ディム・トゥーラの説教の基準は、貴方が危険な行為をした時、もしくはしようとしている時だって、いい加減悟ってください」

「……ウールヴェに名前をつけた時だって怒った……」

「怒っただけで、説教は省略されたでしょう?」

「そういえば、そうだった」

支援追跡者バックアップは対象者の安全を守るために存在するのに、真逆の行為を許すと思いますか?」

「――」

「そこに攻略の糸口があると言ってます」

「誰が?」

「メレ・エトゥール」


 カイルは声をひそめた。


「…………どうやって?」

「危険な行為を怒っているなら、危険な行為を回避することを証明すればいいのですよ」

「だから、どうやって?」

「まず私の友人せかいのばんにんを毛嫌いするのは、やめてください。失礼です。彼はちゃんと、聞く耳を持っています」


 シルビアが意外な主張をした。


「……その根拠は?」

「私と友達になっています」

「もしもし?」

「ちょっと考えてみたんです。彼がなぜ、あなたに強引な手段を取ったのか。彼は受け手側あなたの力量をそれぐらいできると判断したのでは、ないでしょうか?」

「…………はい?」

「だって、世界の番人が接触した賢者は、初代達が基準ですよ?」

「……………………」


 カイルはシルビアの推論に混乱した。いや、そんな馬鹿な――。


「僕を彼等みたいな規格外扱いしたの?」

「あなたも規格外ですが?」

「僕なんか、まだまだ」

「まさかの棚上げ方程式ですか。全員を集めて規格外の定義を論じるべきですかね?」

「シルビア、脱線しないで。つまりは?」

「彼は語ることに誓約があり制限されますが、こちらが願えば審神者さにわの安全は配慮してくれるということです」

「でもファーレンシアの健康には配慮してくれなかった!」

「初代が基準だった、西の民の占者せんじゃは平気だった、そこに誤解が生じた可能性はあります。今のファーレンシア様は先見をしても、体調を崩されないでしょう?リルから聞きましたが、エトゥールにおける遮蔽しゃへい技術の喪失そうしつが、根本こんぽんの原因だと思われます」

「――」

「貴方の世界の番人へのわだかまりが、ファーレンシア様の健康ならば、彼女が危険な目に遭うことは今後ないでしょう。私は貴方が世界の番人の審神者さにわになることは反対しません。ただ未来映像の伝授は、1日の上限を設けてもらう必要がありますね」

「なんで?」

「貴方が不眠不休ふみんふきゅうで絵をくからに決まっているでしょう!」


 カイルはシルビアの地雷じらいを見事に踏み抜き、正座のまま、彼女に頭を深く下げた。





 いったいディム・トゥーラとメレ・エトゥールの間にどんな対話がなされたのだろうか?

 ディム・トゥーラが妥協だきょうをしてきた。


『危険な行為は認めない。だが今回に限り、世界の番人との接触を認める。俺と姫の補助の元にだ。お前に何かあれば、姫が巻き込まれると思え』


 腹黒はらぐろ究極きゅうきょく脅迫きょうはくきたあああああ!


 メレ・エトゥールとディム・トゥーラがタッグを組めば、そんな展開になるのでは、とカイルは予想していた。今や巨大な抑制よくせいくさびがカイルに打ち込まれた。


 ある意味、ピンポイント爆撃の逆襲ぎゃくしゅうだった。


 ファーレンシアの身を案じて、補助をこばめば、そんな危険なことをするつもりだったのか、と揚げ足をとられる。世界の番人に対してカイルが無茶をすれば、ファーレンシアに負担がいく。

 カイルの性格を熟知した対応策に、カイルはうめいた。


「……それ、メレ・エトゥールの提案?」


『姫の提案だ』


「はい?」


『だから、姫の提案だと言っている』


 カイルは思わず離れた場所にいるメレ・エトゥールとファーレンシアをかえりみた。

 ファーレンシアはカイルの視線に気づくと、にこりと微笑んでみせた。


「どういうこと?!」


『どういうことも、何も、お前をぎょするには、エトゥールの姫をかつぎ出すしかない、と言うのが、我々の意見だ』


「我々って誰?!」


『メレ・エトゥール、エル・エトゥール、シルビア、俺、それと……』


「それと?」


『世界の番人』


「はああああ?!」


東国イストレでお前が腹に穴を開けたとき、怒り心頭の世界の番人がメレ・エトゥールを訪問したそうだ。お前をぎょする様に、姫に命じたらしい』


 カイルは思い出した。似たようなことを吐いて、怒れる精霊は、東国イストレ惨劇さんげきの現場から立ち去ったことを。


―――― そうか、お前をぎょすることは姫にまかせればいいんだな


 まさか、本当に御するために、手を回しているとは。


『姫は聡明だ。お前を御するために協力はいとわないと』


「そんな……」


 カイルは狼狽うろたえた。もうファーレンシアを巻き込むことを回避できない状況が作られてしまった。身から出たさびが、カイルを埋め尽くしていた。


『俺は予言したはずだ』


「……なんて?」


『絶対、尻にしかれるぞ、と』






 アドリー辺境伯になった賢者メレ・アイフェスを尻にしくことにけたエトゥールの姫巫女は提案した。


「まずは対話を試みましょう」

「そうですね」


 世界の番人を友人扱いするシルビアが同意をする。


「多分、この場を見ていますから、彼もわかっているでしょう」

「トゥーラか精霊鷹を呼ぶか」


 メレ・エトゥールが思案した。


『トゥーラより精霊鷹がいい』


 天上の賢者メレ・アイフェスの要望に、メレ・エトゥールは不思議そうな顔をした。


「その真意は?」


『勝手に俺の名をつけられたウールヴェと最近和解したが、世界の番人がからんで再び険悪になる可能性がある、という極めて個人的な事情と予想だ』


「それは困るよっ!」


 カイルはその言葉に慌てた。

 和解したことは知らなかったが、カイルのウールヴェとディム・トゥーラが不仲になることは、二度と避けたかった。

 

『と、お前が言うと思った』


「だが、精霊鷹ならば、いいのか?」


 セオディア・メレ・エトゥールが念のため確認をしてきた。


『精霊鷹がしろなら、世界の番人とやりあうことになっても、後に遺恨いこんはないだろう?』


「………………」

「………………」

「………………」

「………………」


 シルビアが聞きとがめた。


「世界の番人とやりあうと?」


『その可能性がないわけではない。俺はヤツが大嫌いだ』


「まずは、そこが解決すべき、問題ではありませんか?」


『俺と世界の番人の和解を待っていたら、星は落ちて氷河期が始まるぞ?』


「ディム・トゥーラ……初回のカイルの拉致らちに腹をたてているのは、わかりますが……」


『理解してくれてありがとう』


 シルビアはディム・トゥーラの世界の番人に対する拒絶きょぜつに途方に暮れた。


「これで、カイルの支援追跡バックアップはできるのですか?」


『そこは姫とともに、させてもらう』


「……でも、世界の番人と喧嘩けんかする可能性があると?」


『だいたい、この会話も聞いているのに、もったいぶって出てこないのが腹立たしい』


「それは――」


『シルビアもヤツが今、この瞬間に見ていると、言ってたじゃないか?』


「え、ええ、まあ」


『だが、現れない。なんて、めんどくさい存在なんだ』


 ディム・トゥーラは吐き捨てるように言った。


『世界を救いたいなら、とっとと来い。俺もひまじゃない』


 明らかに非友好的な態度にシルビアは顔色を変え、カイルは焦った。

 カイルも世界の番人を毛嫌いしていた時期があったが、ディム・トゥーラに比べれば自分は紳士じゃないだろうか、と本気で思った。





 聖堂の空気が一気に重くなり、外の天候が急変した。 

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