第3話 模索③

「ある程度とは?」


『まったく誤差がないわけではない』


「誤差は?」


『解析――星の大きさと動きを把握はあくしないとなんとも言えないが、数時間~2日程度あると思ってくれた方がいい』


「星の落下地点は?」


『それが重要な問題で、今のところ白紙に戻っている。もちろん解析が終われば出るが……』


「……なるほど。もう少し待たねばならないのだな」


 そこへ専属護衛であるミナリオとアイリが大量の紙束かみたばを抱えて聖堂に持ってきた。


「カイル様、こちらでよろしいですか?」

「ありがとう」


 カイルは受け取ると、ウールヴェに同調しているディム・トゥーラが見やすいように、聖堂の床に紙束かみたばをおいた。

 ディム・トゥーラは唖然とした。全部がカイルが描いた絵だった。


『こんなにあるのか?!』


「まだ、あります」


 ウールヴェの虎は目をいた。常人だと思った専属護衛であるミナリオが思念を組み取ったことに驚いことと、「まだある」という証言が信じられなかったからだ。


『このレベルの絵が、まだあると?』


「はい。ほかの者の目にさらすわけにもいきませんので、私とアイリが運びます」

「あと二往復ぐらいかと思いますが……」


 専属護衛達は小走りで聖堂を後にした。


『カイル、これは?』


「僕が世界の番人に強制的に見せられた未来映像と――」


 カイルは床においた絵の束を、ひざをつくと、やや乱暴に絵をめくり始めた。


「ファーレンシアが先見した光景の絵だ」


 カイルは一枚の絵を取り出し、ウールヴェに示した。カイルがファーレンシアと初めて接触した時に見た映像を描いた絵だった。

 燃え盛る炎の中、人々が逃げ惑う。空から火の球が降り注ぐ。


「やっと理解ができた。ファーレンシアの先見の光景に出ているのは、この状況の隕石雨だ」


 絵の背景には、空を横断する火球がリアルに数多くかかれていた。


『――』


「これはエトゥールに単純に軌道変更した未来ではなかったんだ」


『……意味がよくわからない』


「僕も推論の域を出ていないから上手く説明できないし、言葉が見つからない。なんと言っていいのだろう。僕も先見のような未来予知を完全に理解しているわけではない。でも、これだけは言える。これは世界の番人が見た未来の一つだ」


 カイルは自分の構築した理論を伝えようと、ウールヴェの茶色の瞳をじっと見つめた。


「世界の番人が様々な未来を見ることができると仮定するならば、当然、恒星間天体が分裂する未来を見ているはずだ。いや、事実見たからこそ、ファーレンシアにそれを最初に見せている」


『つまり?』


「恒星間天体の分裂は、すでに想定されていた未来だ。その上で、僕達の協力を仰いでいる。世界の番人には地上の滅亡を回避できる未来の道が見えているんだ」


 カイルは絵の半数を、ざっと手で遠くに押し退けた。


「恐らく、ディム・トゥーラとリード――いや、ロニオスが観測ステーションに帰還し、アードゥルとエルネストの協力をとりつけた今、未来予想はかなり変化したはずだ。僕がもう一度、この状況での未来映像を世界の番人から受け取れば、問題解決のヒントが得られるはずだ」


『……何を言ってる?』


 ディム・トゥーラは嫌な予感がした。カイルに関してはこの嫌な予感の的中率が高かった。

――絶対、こいつはとんでもないことを言い出す。


「僕が世界の番人の審神者さにわに直接なって、未来の映像を絵に描く。言葉にすることに制約がある世界の番人の、意図いとを汲み取るのは、それが一番てっとり早い」


『お前は阿呆あほかぁぁぁぁぁ!!!』


 ディム・トゥーラのものすごい暴言の思念が、絶叫レベルでカイルを貫通かんつうした。

 ディム・トゥーラは、ある意味品行方正な精神感応者テレパシストで、カイルみたいに力を暴走させたことはない。それが珍しく、彼の怒りの思念の直射がカイルにきた。

 カイルは、自分が散々ディム・トゥーラに放っていた思念の直射の副産物の「頭痛」がいかなるものか、嫌と言うほど味わった。


阿呆あほってなんだよっ?!」


阿呆あほ阿呆あほと言ってどこが悪いっ!!』


 ウールヴェは怒鳴った。


『お前は、世界の番人に囚われた時に、大量の情報を流し込まれて、発狂しかけたのを忘れたのかっ?!』


「………………あ……」


 カイルは見事に忘れていた。

 あの時、ディム・トゥーラが来なければ、危険だったことは確かだった。

 目の前のウールヴェから激怒のオーラが立ち昇っている。 


『あ、じゃないっ!そんな危険なことを許可できるか、このド阿呆あほぅ!!言語道断だっ!』


 カイルは一気に劣勢れっせいに立たされた。


「あ、い、いや、でも、ディム・トゥーラが支援追跡バックアップしてくれれば、あの時みたいに対話できるんじゃないかって――」


『〜〜っ!!』


 カイルの言い訳に、ぶちっと堪忍袋かんにんぶくろが切れた音をディム・トゥーラは自覚した。自分がいることで、カイルが危険な行為に走るのは、本末転倒ほんまつてんとうだった。こんなことのために同調の訓練をしたわけではなかった。


『……俺は帰る。しばらく来ない。海より深く反省しろ』


「ま、待ってっ!!」

「待ってください!!」


 がしっと、ウールヴェの首をくように帰還の跳躍ちょうやくを静止したのはカイルではなく、ファーレンシアだった。カイルもディム・トゥーラもその行為に驚いた。


「帰らないでくださいませ!ディム様っ!」


『姫?!』


「ディム様が帰られてしまうと、カイル様が一人で世界の番人と交渉を始めてしまいます!危険です!」


 ディム・トゥーラは、ギョッとした。カイルの性格ならやりそうなことだった。


『…………姫、それは先見か?』


 こくこくとファーレンシアは、虎のウールヴェにしがみつきながらうなずいた。


「私では、止められません。帰らないでくださいませ。後生ごしょうですからカイル様に同行してください。お願いします」


 少女は必死に嘆願たんがんした。


「ディム殿、世界の番人の審神者さにわになる、ならないより、カイル殿のそばにいた方がよろしいのではないか?妹が言うなら、カイル殿が無茶をするのはありえることだし、地上の我々では、誰も彼を止められない」


 冷静な指摘をしたのは、メレ・エトゥールだった。


「世界の番人との対話が状況を変える可能性があったとしても、カイル殿を危険にさらすことは、我々も望まない。だが、カイル殿を止められるのも、妥協点を模索もさくできるのもディム殿の協力は必須と感じている。帰還の前に話合いはいかがかな?」


 メレ・エトゥールは、ウールヴェにうなずいて見せた。


「もちろん、話合いの中には説教も含まれる」

「ちょっと、メレ・エトゥール?!」

「そうですね。ディム・トゥーラ、私からもお願いします」

「シルビア?!」


 それまで沈黙を守っていたシルビアがカイルに向かって言った。


「初回の世界の番人の対話に巻き込まれた私としては、説教くらいではなまぬるいと思いますが、愚行ぐこうを見逃すわけにはいきません」


 説教を推奨すいしょうされてカイルは慌てたが、遅かった。


『確かにそうだな。話合いが必要だ。長い長い話合いが――』


 虎のウールヴェの背後に、怒れる灰色熊グリズリーのオーラが出現していた。






 ミナリオ達がさらに、カイルの描いた素描を運びこんできたとき、肝心かんじんな本人は聖堂の片隅で正座をし、白い虎の精霊獣を前に項垂うなだれていた。

 異様な光景に専属護衛は、あっけにとられて、問いかけるようにメレ・エトゥールを見た。


「気にしなくていい。必要なみそぎだ」

「いや、しかし――」

「ミナリオ、お前の胃炎を回避できる救世主として天上の賢者が降臨しているんだ。もっと喜ぶといい」

「胃炎を回避?」

「カイル殿の無茶ぶりを抑制よくせいする最上級の賢者だ。私が保証しよう」


 ミナリオは、メレ・エトゥールと聖堂の片隅にいるウールヴェを交互に見つめた。


「私は世界の番人に感謝するべきでしょうか?」

「好きにしていい」

「では、失礼して……」


 ミナリオは聖堂の床に膝をついて、感謝の祈りをささげ始めた。

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