第2話 模索②

「でもね、考えても見て。イーレがいて、愛弟子まなでしがいて、誰が押さえられるというの?イーレが突き進んで、愛弟子まなでしはイーレの味方、カイル・リードは規格外の能力で支援、医療従事者のシルビア・ラリムが怪我人けがにんの後始末――無敵チームに対抗したくないわ」

「――」


 ジェニ・ロウの想像はやけにリアルだった。


「しかも、惑星救出目的の観測ステーションまで壊されるって、悪手ではないかしら?」

「あ……いや……そうですけど……」

「最悪、恒星間天体を砕く手段も失われるのよ?」

「うっ……」

「未来予想はあらゆることを想定すべきね。人の行動予測より、まだ恒星間天体の方が素直で従順だわ」

「イーレ達が素直じゃないと?」

「いえ、あの子達は己の欲望に素直なのよ」


 これまた、きっぱりとジェニ・ロウは言い切った。つきあいの長さからイーレ達を理解しているとも言えた。

 ディム・トゥーラは、くらくらした。彼女と話しただけで、違う未来がはっきりと見えてくる。


「いったい、どうしたらいいんだ……」

「焦りすぎよ。まだ時間はある。それにね、彼らの人生は彼らに選択させるべきだと思うのよ」

達観たっかんしすぎです」

「そうかしら?貴方は人に強制される人生の選択を好むの?違うでしょ?」

「そうですが――」

「彼らの命を救いたい、それは理解できるけど、それは貴方のエゴではなくて?貴方が彼等の無事に安心したいだけと言えない?」

「!」

「でも、それで彼らが一生悔やむ選択をさせて、それで彼らは幸せかしら?」

「――」

「他者のため、と奔走するとき、そこに自己欲求エゴは混ぜるべきではないのよ。人はよく、そこをき違えるわ。他人のため、という口実の自己満足ってやつね」


 ディム・トゥーラは、そこに年月を費やした経験の差を感じた。素直に聞いてみた。


「俺は何をするべきですか?」

「カイル・リード達に状況を正確に伝える。本人達の意思を確認する。できれば、初代のメンバーとも接触コンタクトしてほしいわ」

「アードゥルとエルネスト?」

「ええ」

「俺が会って意味があるんですか?」


 ジェニ・ロウは、にこりと微笑んだ。


「まあ……かまいませんが」

「ありがとう」

「あと、なぜカイルのクローン申請管轄が中央になっているのですか?」

「カイルの個人情報を見たわね?」

「はい」

「身内がいないこと、彼の能力が規格外であること、その遺伝子を悪用されないための予防処置よ」

「悪用?」

「モルモット用に複製コピーされるなんて、目もあてられないでしょ?カイルの遺伝子は特異なのよ」




 ジェニ・ロウが去ったあと、ディム・トゥーラは同調の準備に入った。画像データを何枚かアナログ手法で紙に印字する。

 それをウールヴェに持たせた。


「カイル――」


『ディム?』


 すぐに反応があった。


『どうしたの?さっき別れたばかりじゃない』


――ほんとにな

 わずか数時間で状況が激変したことに、ディム・トゥーラはため息をつきたくなった。


「状況変化が起こった。重大なことなので、会って話したい」


『――』


 思念に緊張が走った。


『どこへ行けばいい?』


「エトゥールの聖堂が、いい」


『わかった』


「可能なら、姫とメレ・エトゥールとシルビアも」


『――わかった』


 カイルは余計な質問をしなかった。メンバーを指定したことで、察するものがあるのだろう。


『すぐに移動するよ』


 カイルの行動は早かった。わずか15分後に、全員がエトゥールの聖堂に集合したという連絡がきた。


「場所はエトゥールの聖堂だ。行けるよな」


 ウールヴェは静かに頷いた。


――そろそろ、こいつに名前をつけてやらなければいけない


 そんなことを考えながら、ディム・トゥーラは同調を開始した。





 エトゥールの聖堂の中は、いつもと変わらず癒しの力が流れていた。だが、長椅子に座るカイルは緊張していた。

 それを察しているファーレンシアは、隣に座りずっと彼の手を握ってくれていた。


 そのぬくもりが、カイルを落ち着かせていた。


 メレ・エトゥールは通路をはさんだ隣の長椅子でシルビアと静かに会話をしている。

 多忙なはずのメレ・エトゥールはディム・トゥーラのやや強引な招請しょうせいにすぐに応じた。


「急すぎて、無理だったら……」

「先ほど帰還したはずの天上の賢者メレ・アイフェスが、すぐに会うことを望んだなら、そのような行動に走らせる何かが起こったとみることが順当ではないか?」

「………………」

「大災厄にかかわることで、私が聞くべきことなのだろう。あの御仁は無駄を好まないはずだ」

「ファーレンシアまで指名したのは?」

「もちろん、カイル殿を落ち着かせるためだろう」

「……僕が動揺するたぐいだと?」

「この惑星が救出不可で撤退するとの勧告かんこくでも私は驚かない。我々は賢者の好意につけこんで、胡坐あぐらをかいて生活しているのは事実だ」

「貴方はそうじゃない」

「そう評価してもらえるのは、嬉しいことだな」


 セオディアは少し笑った。


 メレ・エトゥールの推察すいさつは正しいような気がした。エトゥールに関わる重要なことが起きたに違いない。

 聖堂に皆が集まった旨を伝えたあとの数分がとても長く感じた。


 不思議な光が集まり、白い虎が現れた。

 カイルは緊急な事態だというのに、ウールヴェの美しさと、相反する力強さが完璧なブレンドで存在していることに、気をとられた。


『カイル』


「ディム、話とは?」


 すぐにディム・トゥーラの支援追跡バックアップがはいり、カイルの周辺の遮蔽しゃへいが強化された。ファーレンシアもすぐに気づいて驚いた表情を浮かべた。


『姫、カイルの遮蔽しゃへいを俺の上から』


「はい」

「僕が動揺するたぐいのことなんだね?」


『俺の予想では』


「なんだろう?」


『わかりやすいように資料写真を持ってきた』


 カイルはウールヴェが背負っている通信筒がわりの包みを解いた。中からは、アナログに印字された写真が出てきた。


 カイルはそれが何かよくわからなかったが、シルビアの方が先に気づいた。


「恒星間天体……でも以前と形が違います」


 カイルは息を飲んだ。


「まさか2個目が出現したの?!」


『違う。だが、それに近い状況だ。天体が二分割されたんだ』


 天文学や宇宙物理学にうといカイルには、その言葉を理解できなかった。そんなことがなぜ起こるのだろうか?


「二分割?なんで……?」


『理由はわからない。調査中だが、分割した理由はどうでもいい。重要なのは、分割したという事実だ』


 カイルの動揺の圧があがったので、ディム・トゥーラは全力でカイルを抑えこんだ。それは予想の範疇はんちゅうだった。

 見えない力と力がぶつかりあっていた。


「これ……いい話じゃないよね?」


『そうだな』


「地上はどうなるの?」


『まだ予測解析は終わってない』


「でも――」


『現状でわかっていることは、分割したこと。どちらか一つしか軌道を変えられないこと。そしてこの分裂で生じた破片に加速度が加わり、本体より先に到達する可能性がある。小さいがそれなりの破壊力がある』


「…………絵」


 かすれた声でカイルが言った。


『絵?』


 唐突な言葉に、ディム・トゥーラは困惑し、内心焦った。カイルの気がふれたかと思ったからだ。


「……僕の描いた絵がいる」

「私が取ってきます」


 離れようとしたファーレンシアをウールヴェが止めた。


『だめだ。姫はここにいてくれ。カイルの抑止よくしの一つだ。今のヤツから離れないでくれ。俺だけで抑え込めない場合がある』


 ファーレンシアは慌てたようにカイルの手を握った。シルビアが代わりにカイルに尋ねた。


「外のミナリオに頼みます。ウールヴェを飛ばします。カイルの描いた絵を全てですね?」

「…………うん」

「ディム殿、いくつか確認したい」


 メレ・エトゥールが冷静な声で話しかけてきた。


「ディム殿の世界の技術で、星の正確な落下場所と時間は割り出せるのだろうか?」


『ある程度は』

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