第19章 大災厄①

第1話 模索①

 直径25キロ程度の恒星間天体が二つのかたまりに分かれていた。分裂の衝撃の痕跡こんせきを残すかのように、大小様々な岩石が破片となって、本体の周辺を回転しながら浮遊ふゆうしている。

 細かいちりも加えれば無数になっているだろう。

 

『なぜ二つに割れて形状が変化したかは今のところ不明だ。おそらく質量があるものと衝突した可能性がある。小惑星か彗星すいせいたぐいだろう』


 ロニオスが思念端末を器用に使いこなして、スクリーンを複数展開しつつ説明をする。まるで公的な学術会議の発表のようだった。

 確かに宇宙物理学の研究者が飛びつきそうなネタではあった。

 だがディム・トゥーラには彼が何を問題視しているのか、いまいちピンとこなかった。


「あの巨大な恒星間天体が分割したんですよね?」


 ディムは質問を投げた。


「何が問題になりますか?二分割にするための膨大ぼうだいなエネルギーが節約できたと考えることはできないのですか?」


『節約以上に、やっかいな問題が生じている』


「どんな?もしかして軌道がずれたかも?」


 ディム・トゥーラは言った。あの惑星さえ回避してくれれば、もう災厄について悩むことはないのだ。


『残念ながら二つとも綺麗に惑星を目指している。まずは仮に大物の二つに割れた恒星間天体をαとβと名付けるとしようか。我々の旧エリアの爆弾は一つしかない、どちらかしか破壊と軌道変更ができない』


「――」


『仮にどちらかが元の軌道で堕ちたらそこで、試合終了だ。地軸はぶれ、氷河期は避けられない。地上の物質文明が滅びる。それを確認するために我々はこの新たな形状による軌道計算を余儀よぎなくされる。ジェニ――』


「わかっているわ。使える量子コンピューターをかき集めろというのね」


『回線の強化も。膨大な計算になる』


「ええ、そうだろうと思った」


『エド、観測組に何人割ける?』


「分野によっては、よだれのでる研究素材だからなぁ。今、いる観測組に加えて参加する物好きはいるだろう。ただ観測用の無人シャトルはもう少し必要だ」

「私が手配するわ」


『どこで分裂したか、観測記録をさかのぼってくれ』


「連中にやらせよう」


『ディム』


 ディム・トゥーラは呆然としていた。

 少し前までは、地上で彼等と馬鹿な会話をしていた。

 まだしばらくは、大災厄まで時間があるはずと思っていた。

 ある程度、計画が成立し、ただ単純に準備をすればいいだけだった。


 それを全部、ひっくり返されたことを彼はようやく理解した。


『ディム』


 ディム・トゥーラは、はっとした。


「……はい」


『君にはやっかいなことを頼む』


 やっかいなこと――それが何であるかは明白だった。


「地上の連中への説明……ですね?」


『そうだ』


「どこまで説明すればいいんですか?」


つつみ隠さず全て。状況を正確に伝える方が動揺と不信感は少なくてすむ』

 

「不信感?」


『王都以外に被害が出る可能性だ。かなり高いだろう』


「――」


『これによって当初より地上組の生存率がかなり低下している。王都一箇所の被害から、どこに落ちるか現時点で未知数だ』


「それは――」


『避難の拠点として構築しているアドリー――国境の城塞都市が無事の保証もない』


 アドリーは、カイルがファーレンシア姫と婚約することで得た辺境の地だと記憶していた。


「いったいどうしたら……」


 動揺を隠せないディム・トゥーラに彼のウールヴェが寄り添った。ウールヴェが使役主しえきぬしを気遣っていた。


『ディム・トゥーラ』


 リードは静かに呼びかけた。


『君の動揺は理解できる。私もそうだ』


「貴方は冷静沈着だ」


『それは、はったりに近い。私が狼狽うろたえて、周囲にいい影響が出るかね?』


「隠していると?」


『もちろんだとも。ディム・トゥーラ、君の望むことはなんだ?』


「地上に降下した連中の安全――そして願わくば、知己ちきを得た地上人の生存です」


 それは、迷わずに言えた。


『では、それを目指したまえ』


「どうやって?!」


 ディム・トゥーラは叫んだ。

 ただでさえ、恒星間天体の落下という悲劇があり、たった今、事態は最悪の方向に突きすすんだ。

 上書きされた未来は絶望しかない。


『それは違う』


 ディム・トゥーラの思念を読み取ったリードが即座に否定した。


『どんな時でも、道は残されている』


「どこに?!」


 ディム・トゥーラは怒鳴った。

 絶望的な状況の中、そんな理想論が聞きたいわけではなかった。


『それを探すのが我々の仕事だ』


「正論すぎて笑ってしまいます」


 ロニオスの返答にディム・トゥーラは完全に表情を消し去り、平坦な声で言った。


「地上組の連絡を引き受けますが、戻りの時間は保証しかねます」


『ゆっくりと時間をかけていい』


 ウールヴェの許可に、ディム・トゥーラは背を向けて、個室コンパートメントに向かった。





 

 ディム・トゥーラは部屋に戻り、リクライニング・シートに腰を下ろしたが、心は乱れ、ウールヴェとの同調ができなかった。

 ウールヴェが心配そうな顔をして、ディム・トゥーラの手にあごを乗せてきた。言葉はなくても、いたわりの思念は伝わってきた。


「悪かった。心配させた」


 ディム・トゥーラは虎の頭を撫でてびた。ウールヴェは純粋にディム・トゥーラの精神状態を案じていた。

 ディムは、リクライニング・シートに無造作に寝ころんだ。今、地上に飛べないなら、考えるしかない。


 どうするべきだろうか?


 最優先事項の地上のメンバーの安全の確保をどうするべきか。

 地上組の意識を無理やり奪って、観測ステーションに強制送還し、中央セントラルに拘束するか。

 強引な手段だが命だけは確保できる。だが残留の意思を踏みにじるもので、彼等に恨まれるだろう。


 特にカイルはこの裏切りを許さないに違いない。彼の精神はエトゥールの姫との別離で不安定になり、信頼できない相手を支援追跡者バックアップとして指名することは二度とないだろう。


「……支援追跡者バックアップ失格だな」


 命だけは――そう考えた時点で、ディム・トゥーラは端末を手にした。

 各自のクローン申請状況を管理権限を駆使して確認した。降下前のシルビアとイーレのやりとりは記憶に新しい。サイラスもだ。イーレは元々クローン体なので例外的扱いになる。クトリは帰還するからクローン申請の有無は無関係だ。


 カイルは?


 ディム・トゥーラは初めてカイルの個人情報プライベートの領域に踏み込んだ。管理権限を最大限に利用して開示可能な個人情報に触れていく。

 不思議なことにカイルのクローン申請管轄は個人ではなく、中央セントラルになっていた。クローン体のイーレと同じ扱いだ。

 なぜだろう。

 ディム・トゥーラは一番手っ取り早い方法を選択した。「知ってそうな人にきく」だった。






中央セントラルの管理官を呼びつけるとは、どういうこと?」


 言葉とは裏腹にジェニ・ロウの口調に苛立ちはない。むしろ、少し面白がっている気配があった。


狸親父たぬきおやじ狐親父きつねおやじに尋ねるのは、腹立たしかったので」

「私が狸親父たぬきおやじの妻であることを失念していない?」

「……どっちがたぬきか正確に言い当てましたね?」

「エドに決まっているでしょっ?!私がイーレは元気か尋ねると、カイル・リード救出の陣頭式じんとうしきを貴方と一緒にとっている、で誤魔化し続けたのよっ!!」


 ディムは軽く口をあけた。想像した狸度たぬきどがはるかに臨界突破りんかいとっぱしていた。


「……確かに、嘘ではないですね……」

「だから狸親父たぬきおやじなのよ!言い訳の逃げ道は、常に残しているのよ!!あー、思い出しても、腹が立つ」

「……彼を伴侶に選んだのは貴方ですよね?」

「若さゆえのあやまちと言えるわ」

「……相当怒ってますね」

「当たり前よ」

「呼び出したのは、貴方に聞きたいことがあったからです。ジェニ・ロウ、イーレはこの状況の変化に対して、地上から帰還すると思いますか?」

「無理ね」


 きっぱりはっきり、ジェニは言い切った。だが、それはディム・トゥーラの予想と一致していた。


「貴方はそれでいいんですか?」

「もちろん、よくないわよ。でもそれは、貴方も一緒でしょ?」

「連中を強制的に拉致らち、収容することも考えたんですが――」

「貴方、観測ステーションを壊す気?」

「は?」

「そんな乱暴な手段をとったら、大暴れして脱走されて、観測ステーションを壊され、雲隠くもがくれされるわ」

「………………なんですか、その未来予想は」

「あら、私、間違ってる?」


 ジェニ・ロウは頬に手を当てて、うれいのため息をついた。

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