第26話 閑話:視覚リンク

 サイラスはクトリから端末を借りて、視覚リンクで記録していた映像データをダウンロードしていた。


 サイラスの本来の任務とは、未調査の惑星に先陣をきって降下する先発部隊であった。情報の不足する危険地帯に降りる彼らの役目は、肉体を伴った現地調査だった。

 生体の眼球には、様々な機能が付与されている。肉眼では確認が不可能な暗闇を映し出す光学機能や、夜間でも生物を感知できる熱赤外線探知だったりする。

 だが一番多用されるのは視覚リンクだった。見た映像をそのまま記録したり、中継送信できるのだ。


「すごい量ですね」

「余計なものもかなり混じっているからな」


 サイラスは手慣れた様子でデーターを分類していく。クトリはその作業を見守りながら突っ込んだ。


「…………なんでイーレと養い子は別保存なんですか?」

「俺の私生活プライベートだから。中央セントラルに回収されてたまるか」


「「あ」」


 途中の映像で二人とも声をあげた。


「おお、こんなのを撮っていたか。すっかり忘れていたぜ」

「これは……貴重な映像ですねぇ」

「消しちゃいけないよなぁ……」

「文化検証のため永久保存するべきです。そうだ、ファーレンシア姫に差し上げたらどうですか?」

「端末ごと?」

「端末は貴重ですが、拠点に予備があるなら、そちらにダウンロードして……」

「まあ、そうするか」

「あと、ディム・トゥーラに売りつけましょう」

「ディムに?なんで?」

「彼ならきっと買い取ってくれます。お宝映像として」


 んふふ、とクトリは笑った。


「僕が保障します」

「ふむ」

「僕、コーヒー豆が欲しいんですよねぇ」


 クトリはすでに、ディム・トゥーラに何を要求するか思考を巡らせ始めた。


「コーヒー豆?気象観測端末ではなくて、なんで、コーヒ豆なんだ?」

「僕の現在の食生活の悩みは、地上に美味しいコーヒー豆がないことです」

「……確かにないな」

「でしょ?お茶は美味しいですが、カフェインに飢えているんです。ディム・トゥーラは高級コーヒー豆を常備しています。あの人も相当なカフェイン中毒者ですからね」

「交渉してみようぜ」


 二人は顔を見合わせて、にやりと笑った。





 三日に一度の割合で、出現するようになった虎型のウールヴェは、カイルとシルビアを交えて談笑していた。ちゃっかりお茶とお茶菓子があるのは、シルビアの仕様だ。

 そこへ、にやついたサイラスとクトリが端末を片手に合流した。


「ディム・トゥーラ。いいものがあるんだが、買わないか?」


『買う?地上に俺が買いたくなるものがあるのか?希少動物の毛皮か?』


「――貴方もやっぱり研究馬鹿ですね」


 ディム・トゥーラの反応にクトリが暴言を吐く。


『研究馬鹿もしくは脳筋馬鹿しか研究都市にはいない』


「言い切った。しかも否定しない……」


 カイルが半ば呆れたようにつぶやいた。


「事実ではありませんか?」


 シルビアがディム・トゥーラの説を全面肯定した。


『で、取引のブツはなんだ?いくらだ?』


 サイラスは本題に関するディム・トゥーラの応答に、にんまりとした。取引成立を予想している商人の目になっていた。


「じゃ〜〜ん、俺の保持する秘蔵映像第2弾、カイルと姫の婚約の儀だよ」





 カイルは飲んでいた茶を吹いた。





『婚約の儀?ほう、例の姫との婚約の儀の映像記録があるのか。買おう』


 即答だった。


「即答かよっ!」

「僕の私生活を切り売りしないでっ!」


 カイルは猛烈に抗議を始めた。当時不在だったディム・トゥーラに改めて儀式を見られるのは恥ずかしすぎた。


「あれは公的な行事だったから、これはれっきとした公式記録だ。報告の一環だよな」


 サイラスは見事にカイルの抗議を封じ込めた。


『確かに報告の一環だ』


「報告の一環で、売買が成立するのがおかしいだろう!!」

「残業手当の回収だ」


 しれっとサイラスは答えた。


「端末があれば、姫にもプレゼントするんだけどなぁ。カイル、拠点から端末持ってきてくれよ」

「絶対に嫌だっ!」

「仕方ない。イーレに頼むか」

「おいっ!」

「プレゼントするのは後日として、皆で鑑賞会を行えばいいのではないですか?」


 シルビアがとんでもないことを提案した。


「お茶とお菓子も用意して」

「シルビア、ちゃっかり自分の欲望をまじえてる?」

「映画鑑賞にポテトチップスが必要なのは、古代からの伝統ではないですか」

「地上にポテトチップスはないだろう。だいたいあれはどうやって作るんだ?」

「わかりません」


 皆が虎のウールヴェを見た。


『代価はポテトチップスのレシピでいいのか?』


「まあ、素敵!」

「僕は、ディム・トゥーラの秘蔵のコーヒー豆を希望します!」


『いいだろう。サイラスは?』


「俺の欲しいものかぁ。なんかリルへのプレゼントになるものがいいなぁ」


『よし、取引成立だな』


「ちょっと待ってよ!本人を無視してどうして取引成立するんだっ!」




 カイルの抗議は誰も聞いてくれなかった。 

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