第24話 閑話:散歩に行こう②

カイルは小さなため息をついた。


「ひどいな。僕はディムの言葉にいつも一喜一憂して、ふりまわされる」


『俺はいつもお前の行動にふりまわされているが?』


「ううっ…………自覚はあるし、本気でへこむから、やめて」


『修業がたりん』


「どんな修行だよ?」


『――この先はもっときつくなるぞ』


 カイルは思わずウールヴェを見下ろした。ディム・トゥーラの思念から笑いが消えていた。獣の茶色の瞳がカイルをとらえていた。


『俺の言葉にふりまわされるようじゃ、まだまだだろう』


「うん、そうだね……」


 ディム・トゥーラの言わんとすることは、カイルに正確に伝わった。

 大災厄がくれば、大量に死人がでて、嘆きの思念のうずにカイルはさらされる。感受性の高い精神感応力テレパシーを持つ者にとって地上は地獄と化すだろう。そして、ディム・トゥーラが地上に残るカイルの身を案じていることも理解できた。

 衛星軌道上で、恒星間天体の軌道を変えることに従事するディム・トゥーラは、地上に降りることはない。支援追跡バックアップも大災厄時は途切れることが予想された。

 地上に吹き荒れるはずの混乱の思念への対応は、残留したカイル達だけで解決しなければいけない問題の一つだった。


「ディム」


『なんだ』


「戻ってきてくれて、ありがとう。前から思っているけど、ディムがいれば、なんでもできそうな気がするよ」


『…………規格外に拍車はくしゃをかけてどうする』


「いや、そういう意味じゃなくてね?」


――ちょっと 照れてる


「え?」



 カイルが指摘したおのれのウールヴェを振り向くより早く、トゥーラの尻尾の一つに、虎の歯形がついた。

 雉も鳴かずば撃たれまい――の典型例だった。




 

 


 ディム・トゥーラが、次に降り立ったときにウールヴェに背負わせて持参したのは、吹き矢だった。

 長さ2mほどの中空の筒と吹き矢がわりの注射針を西の地に同行したカイルは物珍しそうに検分した。


「これは?」


『吹き矢だ。古代文明の研究史から探し出した。いくつか改良は加えている』


「てっきり麻酔銃ますいじゅうでも持ってくるかと思ったよ」


『世界の番人が機械類を持ち込まれることを嫌がっている』


「そうなの?」


『これが苦肉の策だ』


 若長は中空のつつを手にして驚いた。


あしのように軽いな。でも折れ曲がらない」


『筒の先に注射針のついた吹き矢をしこむ。麻酔ますい――眠り薬があるから、すぐに対象の動物は倒れるだろう』


「弓矢ではダメなのか?」


『いちいち狩っていたら、キリがない。それに無意味に動物はできるだけ傷つけたくない。自然に反する行為だからな』


「素晴らしい精神だ。西で暮らせるぞ。地上に降りてきたときは、どうだろう。イーレのように西の地で暮らさないか?」

「ちょっと、ハーレイ!ディムを勧誘かんゆうするのはやめて!」

「地上の賢者カイルを口説き損ねたんだ。天上の賢者を勧誘かんゆうして何が悪い?」

「イーレで十分でしょ?!」

「いやいや、賢者は何人いてもいい」


『動物に詳しい案内人がいるなら検討してもいい』


 ディム・トゥーラの返答にカイルは焦った。動物に関しては、研究員として暴走することをすっかり失念していた。


「ちょっとディム!口説くどかれないでくれっ!」


『ダメなのか?』


「西の民は、イーレそのもので、鍛錬たんれん好きだ」

「カイル……その例えは、非常に困る」

「違うとでも?」

「違う――と言えないか……」


前言撤回ぜんげんてっかい。西の地の定住はないな。俺はサイラスやカイルと違ってマゾではない』


「サイラスはともかく、なんで僕までマゾ扱いなの?!」


『いや、俺は昔からお前をマゾ扱いしている』


「そういえばそうだった――って違うっ!」


『最近、確信した。同調酔いのあの苦痛に耐えられるのは間違いなく変人でマゾだ』


「……同調酔いで、苦痛なんかあったっけ……」


 その発言に虎のウールヴェが、信じられないとばかりに、カイルを凝視ぎょうしした。


『ちょっと、こい』


 ディム・トゥーラは、吹き矢の調整を始めている若長を部屋に残して、カイルを外に連れだした。地上の人間に無関係な話――同調という技術理論を聞かせるつもりは、全くなかった。


「なに?」


『基本的なことを聞きたい。お前、同調酔いで苦痛を感じないのか?!』


「僕の同調酔いは意識の消失だよ。ディム以外の支援追跡者バックアップで散々痛い目にあっている」


 カイルは答えた。


『……そういえばそうだったな』


「ディムとファーレンシアが支援追跡バックアップしてくれれば、それもほぼないし」


 ディム・トゥーラは考え込んだ。この差の要因が全く浮かばなかった。


『……俺の同調と、お前の同調は何が違うんだ?』


「同調した相手ウールヴェがリードなら、リードが特殊とくしゅすぎるんじゃないかな?」


『どういう意味だ?』


「リードは別にディムが幼体時点から選んだウールヴェじゃない。しかもどういうわけか、ロニオスという人物の意識が存在している」


『それで?』


「そんなの人間に同調するようなものだ。自我の反発があって当たり前じゃないか。僕だったら、絶対回避するような同調だ。僕は人間相手だったら、記憶を読むぐらいの浅い同調しかしない」


『え?』


「動物の素体に同調するのと、全く違うんだよ。その証拠にロニオスの自我じがが存在しない、ディムときずながあるこの虎姿のウールヴェは同調酔いがないでしょ?それが本来の同調だと思う」


『……つまり?』


「ディムは入門時点で、目茶苦茶難易度の高い同調を強制させられ、本来はない自我じがの反発という同調酔いを経験する羽目になっているんだ。吐き気、頭痛、発汗、発作のような呼吸困難――ディムが経験したこれらは、動物相手なら存在しない同調酔いの形態けいたいだと僕は推察すいさつするんだけど?」


『――』


「僕はリード――ロニオスにはめめられている方に1票入れるよ。アードゥル達いわく、あの人はとてもズルくて、人をこき使うことと巻き込むことは天才的に上手うまいらしいよ?」





 ディム・トゥーラは同調から目覚めた。

 今回も同調酔いは存在しない。カイルの仮説が信憑性しんぴょうせいを帯びてきた。

 地上から戻っている自分のウールヴェの無事を確認し、本来の支援追跡バックアップをしてくれているはずの、師匠ししょうであるウールヴェを探した。


 リードは同じ部屋で、ディム・トゥーラを放置して、スクリーンを見つめ、端末を思念操作し、作業に没頭ぼっとうしていた。


「……………………」


 絶対にこれは支援追跡バックアップなどしていないだろう。していても、完全に手を抜いている。ディム・トゥーラは放置っぷりに唖然とした。

 リードの方は、ディムの方を振り返らずに、目覚めたことをさっしていた。放置していたことを隠す気もないらしい。


『無事に戻ってきて何よりだ。地上組に変わりはないかね?』


「……いくつか質問をしたいんですが?」


『なんだろうか?』


「俺の同調訓練が初心者向けじゃない、超上級者向けの難易度が設定されている疑惑ぎわくが生じているのですが?」


『ばれたか』


 あっさりとリードは認めた。


「はああああ?!!」


『私はちゃんとスパルタだと宣言したが?』


 確かに彼は過去にそう宣言していたが、そのスパルタの方向性が違うように感じるのは気のせいだろうか?疑惑が確信に変わりつつあった。


「いや、ちょっと待ってください。俺のあの苦痛に満ちた同調酔いは本来のものではないと?!」


『本来の定義が何かによるな。ウールヴェなど中央セントラルには存在しないし、ウールヴェを利用することを本来の姿だと思わないべきだ』


 正論な切り返しに、ディムは反論の糸口を探して思考をめぐらせた。

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