第23話 閑話:散歩に行こう①

 ハーレイの村では、白い狼に似た精霊獣を連れている金髪のエトゥール人の青年はすっかり馴染みになっていた。若長の妻であるイーレの同郷人ということもあって、村の出入りを自由に許されている。

 他のエトゥール人と違って、言葉をしゃべることができるエトゥールの賢者達は好意的に迎えられていた。


 だが、その日はいつもと違った。


 エトゥールの賢者カイルは、いつもの狼の精霊獣とともに、白い虎の精霊獣を連れて訪問してきたのだ。


 西の民達は、あっけにとられた。

 大型の肉食獣である虎が、全身が白く文様も薄い青だった。その瞳は茶色で鋭く、獲物を一撃で狩るような迫力があった。尻尾は複数あり、間違いなく精霊獣だった。

 世界の番人の御使いを一匹だけではなく二匹も従えている。それは、西の民にとって、氏族の長にも等しい印だった。


 ハーレイの村は大騒ぎになった。

 すぐに若長夫妻が呼び出された。




「もう少し、先ぶれというものをよこしてくれてもいいじゃないか」

 

 カイルと精霊獣ウールヴェの二匹は、すぐにハーレイの屋敷に引きずり込まれた。

 いつもはカイルの行動を受け入れてくれるハーレイも、渋い顔で騒動の主達を見つめて、静かな抗議を述べた。

 思わぬ大騒動への発展に、カイルは恐縮していた。


「ごめんなさい」

「ディム・トゥーラ、貴方がいながらどういうこと?」


『すまない、地上の文化については全くの無知状態だ。正直、何が騒動の原因なのか、よくわかっていない』


「ああ、そうね……。私達も報告ではそこらへんを端折っていたわ。これは私たちが――いえ、カイルが悪いわね」

「はい、全て僕が悪いです」


 神妙しんみょうにカイルは正座している。

 ハーレイはあらためて白い虎に向き直って、胡坐あぐらをかいたまま、西の民流の最上級の礼の作法で頭を下げた。


「お初にお目にかかる。天上の賢者よ」


 白い虎はやや困ったような表情を浮かべた。


『俺はイーレの部下であって、特にそれほど高い地位にいるわけではない』


「そうなのか?」


 ハーレイはイーレの方をみて、尋ねた。


「ええ、確かに部下だわ」

「……イーレのもとにいるとは、さぞ大変なことだろう」

「……ハーレイ、それはどういう意味かしら?」

「そのまんまの意味だが?俺と同じ苦労をしているのだろう?」


 3人の視線が、虎姿の精霊獣ウールヴェに集中した。


『……俺も命が惜しいから、黙秘を要求する』


「それ、思いっきり肯定しているよね?」


『お前は否定できるのか?』


 カイルも黙り込んだ。

 イーレは二人の非礼に半眼になった。


「……二人とも肯定しているわね?」

「イーレ、少し若い連中の気持ちにそってだな――」

「気持ちに沿って、鍛えなおせってことかしら?」


 イーレの笑顔にひるむカイルと虎の精霊獣に、ハーレイが声をかけた。


「大丈夫だ。西の地にいる限り、俺がイーレを抑え込む」

 

 新妻の暴走を食い止める約束に、カイル達はほっとした。





 イーレとハーレイは、カイル達が望んだ森の案内を引き受けてくれた。


「それで何がみたいと?」


『動物ならなんでも、森特有の固有種がいれば、それを優先的に』


「何をするの?」

「ディムは大災厄前に、種の保存をしたいそうだよ」

「種の保存?」

「それをすると、どうなるんだ?」


 ハーレイが質問を投げた。


『大災厄後に、優先的にその動物を再生ができる』


 慌てて、カイルが解説を加えた。


「ええっと、大災厄の後は、気候が変動して動植物にとって過酷な環境に変わるリスクが大きい。大半が絶滅することも考えられる。家畜や狩猟の獲物を保護するために、標本サンプル採取したいんだ」

「さんぷる?」 

「私たちの世界の技術で、動物の血液から、その生物を作ることができるの」

「――」


 ハーレイは眉をひそめた。


「血から?」

「肉でもいいわ」


『肉より血液の方がいい』


「狩りの獲物が欲しいのか?」


『殺す必要はない。気絶させて血液を採取するだけだ』


「それはそれで、難儀なんぎだな」


 ハーレイは考え込んだ。

 若長ハーレイの反応に、ディム・トゥーラは素早く計画を練り直した。


『例えば、こちらで目標が気絶する手段を講じたら、血液の採取は可能だろうか?』


「それなら、簡単だ」

「どうする気?」


 イーレがディムに問いかけた。


『道具を作って、後日もう一度ここにくる』


「貴方も相当な規格外ね。衛星軌道うえから地上にそんなに簡単にこれるものなの?」


『カイルの方がはるかに規格外で非常識だ。中央セントラルで拘束されている俺のところまできたんだぞ』


「カイルの非常識は昔からでしょう?相方の悪影響を、受けていない?」

「僕をネタにしないで」


 カイルは二人に抗議した。


「こんな短期間で同調までマスターするディム・トゥーラの方が絶対に規格外だ」


『お前にだけは言われたくない』


賢者メレ・アイフェス達は皆、規格外で変わり種で非常識なだけではないか?」


 西の民の若長が皆を一瞬で黙らせた。






 カイル達はディム・トゥーラが戻る前に、下見と称して森の中を歩いた。天気もよく、それはのどかな散歩だった。


 自然豊かな地上は、宇宙空間ばかりにいたディム・トゥーラにとって新鮮なものだった。

 ウールヴェの視野は不思議なことにいろいろな情報をとらえていた。森に隠れている生物まで、感知できた。たまに、金色の光が降り注いでいることが視覚化されたが、それが何かディムにはわからなかった。

 


「西の地の森を、こうしてディムと歩くなんて変な気分だ」


 カイルが正直に感想を述べた。


『俺が歩いているわけではない』


「中身がディムなんだから、ディムと一緒に散歩をしているようなものでしょ」 


『まあ、確かに。こんな芸当ができるのは予想外だな。俺もウールヴェがこんなに便利なものとは思わなかった』


 ディムの言葉に、前を歩くウールヴェのトゥーラが自慢げに尻尾しっぽを振った。


――便利 役に立つ よくできる存在


『……あんまり、めるとこいつがいい気になるからやめておくか』


――ひどい


 カイルは双方のやり取りに笑った。


「ディムが僕のウールヴェと仲良くなって、嬉しいよ」


『仲良くなったわけではない』


「そうなの?でも最近、名前で呼んでいるよね?」


『気のせいだ』


――でぃむ・とぅーら ツンデレ


 調子に乗ったウールヴェが余計なことを言った。


『……虎の爪がどのくらい鋭いが試してみたいものだ……』


 脅しに近いつぶやきにウールヴェのトゥーラが緊張のあまり尻尾しっぽを太くして、カイルの影に素早く隠れた。使役主しえきぬしであるカイルも慌てた。


「やめてよ、きずながあるから僕にも衝撃しょうげきがくる!」


『誰もお前のウールヴェで爪を試すなんて、一言も言ってないぞ』


 しれっと、ディム・トゥーラはとぼけた。


「言ってないだけじゃないかっ!」


 虎の姿のウールヴェは、これ見よがしに爪の出し入れを試していた。ウールヴェのトゥーラは、完全にイカ耳でガタガタ震えていた。


「だいたいなんで、虎なのさ?」


『知らんと言ってるだろうが』


灰色熊グリズリーじゃなくてよかったけど」


『それ、リードも言ってたが、なぜ灰色熊グリズリーを予想したんだ?』


 突っ込みにカイルは目を泳がせた。


『……なるほど。怒らせたら怖いという意味か』


「そ、そんなことないよ?」


『二匹目のウールヴェを手に入れたら試してやるよ』


「やめて!絶対にやめて!灰色熊グリズリーで城に現れたら、皆、大パニックだ!」


 笑いの思念に、カイルは揶揄からかわれていることにようやく気づいた。観測ステーションに戻ったような気分だった。

 機嫌がいい時のディム・トゥーラの悪癖でもあった。

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