第20話 幼体⑩

「なんで虎なんだよ」


 サイラスが目の前のウールヴェの形態けいたいに、呆れたように突っ込む。彼は、物珍しさにウールヴェの尻尾しっぽや足を確認している。爪の鋭さをチェックして、殺傷力を算出するところは、職業病に近いものがあった。


『俺に聞かないでくれ』


 同調しているディム・トゥーラが答える。


本人ディム以外の誰が答えられるんだ」


『……専門家はカイルだろう』


「僕にふらないで。だいたいサイラスは他人のことを言えないでしょう?子供の飛竜型のウールヴェも十分特異だと思うよ」


『飛竜型のウールヴェだと?』


「ディム、研究はあとにしてね。今は対話でしょ?そのためにわざわざ聖堂まで来てもらっているんだから」

 

 カイルは、やんわりと釘をさした。絶対にあとで飛竜の絵を要求される――そんな予感がした。


 皆がディム・トゥーラの出現のしらせにエトゥールの聖堂に集まっていた。シルビア、サイラス、クトリ――西の地からイーレも飛んできた。

 聖堂に到着した面々は、カイルのそばにいる虎の姿のウールヴェがディム・トゥーラであることに驚き、受け入れるのに数分を要した。


 まさかディム・トゥーラがウールヴェに同調して、地上に現れるとは思わなかったからだ。


「同調って、簡単にできるものなのか?」


 サイラスは首をかしげて、カイルに問いかけた。


「それこそ、僕に聞かないで。僕もびっくりだよ。僕の存在意義は地にちたよ」

「同調は十八番おはこだったもんな」

「体調は大丈夫なのですか?同調酔いは?」


 シルビアが医者らしい内容の質問をした。


『リードと同調するよりはるかに楽だ。心配はない。むしろリードと同調したあとの方が反動がひどかった』


「症状は?」


『吐き気、頭痛、発汗、発作のような呼吸困難』


「平然としているカイルが規格外なのが、よくわかる証言です」


『論文が数本かける』


「後日、聞かせてください。この虎の姿なら問題ないのですね」


『多分』


 皆はその返答に安堵した。ウールヴェに同調しての状態とはいえ、カイルしか連絡手段がなかったことを考えると、喜ばしいことだった。


「それにしても、さすがですね。ウールヴェをこんなに短期間で成長させるなんて――」


 シルビアがつぶやく。


「やっぱり成長には使役主の精神感応テレパシー能力の強さが要素としてあるのでしょうか……。非常に興味深い点です」


『あるかもしれない』


 ディムのシルビアの考えに同意を示した。


「そんなことより、僕は観測ステーションに帰還したいです」


 クトリが会話に割って入った。


『今、メインエリアの再起動中だ。移動装置ポータルの接続にはもう少しかかる』


「ええ~~僕、降下してから大変だったんですよ?」


『話はカイルから聞いている。クトリ、よくやってくれた』


 ディム・トゥーラに褒められて、クトリ・ロダスは満足そうな表情を浮かべた。逆にカイルは憮然ぶぜんとした。


「……やっぱり、ほかの人はストレートにめているじゃないか」


『規格外という誉め言葉はお前だけの特権だ、喜べ』


「それ素直に喜べない……僕も普通に褒められたい……」


『100年待て』


 イーレがぷっと噴出ふきだした。


「観測ステーションにいるような気分になるわ」

「確かに」


 シルビアも微笑んだ。


「おかえりなさい、ディム・トゥーラ」


『ただいま』


「で、観測ステーションには、エドはいるのよね?」


 イーレが確認した。


『いるが?』


「殴る。絶対に殴る」


『殴る?』


「イーレは所長が原体オリジナルが死亡した場所に隠して連れてきたことに憤っているんだ」


 カイルがディム・トゥーラに解説をした。


『……ああ、なるほど。所長は狸親父たぬきおやじだからなぁ……イーレ、ジェニ・ロウもきている。イーレを心配している』


「私も二人と話したいわ。通信機の復活を待つしかないのよね?」


『そうなる』


 ウールヴェは全員を見渡した。


『確認するが、クトリ以外に帰還の意思は?』


 カイルとシルビアは首をふり、イーレは肩をすくめた。


「ディム、地上が荒れるなら、リルだけ観測ステーションににがしたい」


 サイラスが言った。


『お前は?』


「イーレが残るなら地上に残る」

「サイラス、わかってないね?」


 カイルは呆れたようにサイラスを見た。


「サイラスが残るなら、リルが観測ステーションに行くわけないよ」

「なんでだ?」

「まさか、なんでかわからないと?」

「わからない」

「……情緒じょうちょ教育は師匠であるイーレの義務だよね?」


 カイルはイーレをかえりみた。


義務遂行ぎむすいこうに苦労しているから、いつでも優秀な教師を募集しているわよ」


 師匠ししょう匙投さじなげ状態にカイルはため息をついた。


「サイラス、逆の立場だったらどうする?リルが地上に残ることを選択したら、サイラスは一人で安全な観測ステーションに戻るの?」

「戻るわけないだろう!」

「そういうこと」

「リルを拘束こうそくしてでも、観測ステーションに送り出す」

「……行動が脳筋のうきんすぎて微妙に着地点が違う……」

「……師匠の苦労を察してもらえたかしら……?」


 シルビアが二人のやりとりに首をかしげた。


「もう少し、はっきりと言えばいいのではありませんか。サイラス、リルは貴方のことが好きで、離れて過ごしたくないのですよ」

「……好き?」

「ええ」


 シルビアの言葉に、サイラスは困惑したように、カイルを見つめ解説を求めていた。


「よくわからない」


 情緒じょうちょ教育は困難を極めた。


「サイラスはリルを大事に思っているよね?」

「もちろんだ」

「リルもサイラスを大事に思っている。そういうことだよ」

「――」

「ついでに言うなら、リルは父親が旅立った時に亡くしている。それは心的外傷トラウマになっていて、サイラスと離れると二度と会えないという恐怖感があるんだよ」

「――」

「リルをずっと泣いてすごさせたいの?サイラスと離れたら泣き続けると思うよ?」

「それはダメだ。だが、このまま地上にいるなど――」


『サイラスの気持ちも痛いほどわかるが、リルに選ばせたらどうだ?』


 ディム・トゥーラがサイラスに提案する。


『本人に意思決定をさせる――それが一番だろう』





『リルの選ぶ道は一つだと思うけど?』


 カイルは怪訝けげんそうにディム・トゥーラにそっと思念を投げた。


『だろうな。泣き続けるリルを観測ステーションによこされたら、俺が困る。サイラスの情緒欠落じょうちょけつらくは今に始まったことではないが、これは矯正きょうせいが必要な案件だ』

『まさかの保身?!』

『なんとでもいえ。あれほど困ることは滅多にない』

『え?何があったの?』

『それについては黙秘もくひを要求する』




「いや……だが、地上は危険だし……」


『観測ステーションが絶対に安全というわけではない。サイラスがいるなら、地上の方が安全だ』


「今、ここで結論を出す必要はないですよね?」


 シルビアがディム・トゥーラの意図をさっして、とりなした。


「二人でよく話し合うことが必要です。前にもそう言いましたよね?」

「…………うっ」

「リルも初社交デビュタントを終えて、地上では成人扱いです。彼女に選ばせましょう」

「…………ううっ」


 サイラスは、ほぼ陥落かんらくしていた。


『サイラスができないのなら、俺がリルと対話して問いただしてもいい』


 サイラスはディム・トゥーラの言葉にほっとしたようだった。





 聖堂に連れられてきたリルは、勢ぞろいしている賢者メレ・アイフェス達と見慣れぬ白い虎ウールヴェに驚き、目を見張った。

 それから彼女は、ぱっと喜びに顔を輝かせた。


「精霊様だっ!」


 え?


 皆が少女の言葉に驚いた。


「サイラス、精霊様だよね?天上にいた精霊様!」

「あ、ああ」

「ああ、そういえば、ディム・トゥーラは耳飾りを使った通信でずっと誘導していたわね。忘れていたわ」


 イーレも当時を思い出したようだった。


「なぜ精霊ですか?」

「当時、サイラスが適当に説明を端折はしょったのよ」


 リルは、肉食獣の姿をしている大きなウールヴェに対して、物怖ものおじせずに強く抱きついた。

 ウールヴェと同調しているディム・トゥーラは、リルの成長ぶりと抱擁ほうように驚き、思わず感想をもらした。


『少し見ない間に、大きくなったんだな……』


「やっぱり精霊様だっ!お帰りなさいっ!会えて嬉しいっ!」


 通信機がないにもかかわらず、リルは正確にディム・トゥーラの思念をすくい取った。

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る