第19話 幼体⑨

「貴方への依頼は所長かディム・トゥーラを通すことに変更になったんですよ。彼は貴方の知らないところで、話をつけていたんです。貴方が研究馬鹿な連中のうらみを買わないように、ディム・トゥーラが防波堤ぼうはていになっていました」


 シルビアはカイルが知らない経緯けいいを語った。


「ちょっと待って、シルビア。シルビアはなんでそれを知っているの?」

「私が誰の主治医しゅじいだと思っているんですか?」

「もしかしてイーレ?」

「彼女以外の誰がいるのです」


 イーレはオブザーバーの立場だったから、全ての事情を知っているのも納得がいく。


「もっとも医務局はディム・トゥーラの暗躍あんやくを全面支持していましたけどね。貴方が原因で昏倒こんとうする精神感応者テレパシストが激減したんですから、ディム・トゥーラは医務局の救世主でしたよ」

「なんで、それを当事者である僕が知らないんだ?!」

「ディム・トゥーラが用意周到よういしゅうとうに口止めをしましたから」

「あ、あの人ならそこまでしそう……」


 クトリがぼそりと感想を言う。


「口止めって――」

「馬鹿な研究員達をコントロールして、医務局の負担を減らす代わりに、カイルには黙っていること――それが彼の出した条件でした。医務局は当然従います」

「なんで、そんなことを――」

「貴方が気にするでしょう?」

「――」

「ああ、気にしそうですね」


 絶句したカイルの代わりに、クトリがうなずいた。


「で、でも、医務局以外の関係者も一言も僕には――」

「貴方の耳にいれて、それで、中央セントラルの未来の技術官僚に睨まれるんですか?研究者としてはお先真っ暗ですね。僕だったら絶対に回避します」


 クトリが正確に状況と心理を解説した。


「――」

「だいたい、ディム・トゥーラを敵にまわすなんて、恐ろしいことができる勇気ある研究者っているんですかね?」

 

 もっともな意見だった。





 カイルはエトゥールの聖堂の中に一人いた。

 ディム・トゥーラが念話をかわす場所を珍しく指定してきたのだ。その意図いとはわからない。

 

 カイルの方は、若干混乱を引きづっていた。落ち込みも多少あった。

 ディム・トゥーラのことを知ろうとして、シルビアやクトリから聞いた話は、カイル自身が手厚く庇護ひごされていた事実だった。

 ディム・トゥーラは最初から、完璧な支援追跡者バックアップだったのだ。

 それに対してカイルは、ディム・トゥーラがカイルの支援追跡者バックアップであることを辞めることばかり恐れていた。これは失礼極まりない思考だった。カイルは深く反省した。

 はあ、っとカイルは深いため息をついた。


『何、ため息をついているんだ』


 問題の本人の不意打ちだった。


「ため息もつきたくなるよ。僕はディム・トゥーラのことを何も知らなかったんだ」


『は?なぜ俺?』


「シルビア達にきいたよ。研究所内で僕の防波堤ぼうはていになってくれたんだって?恨まれ役を買って出てくれたことを僕は知らなかった」


『なんで、そんな古い話を』


「古くないよ」


『古いだろう。酒ならとっくに発酵している』


「……なぜ、酒……」


『……すまん、新しい師匠の悪影響を受けている……』


 ディム・トゥーラの言い訳は、妙に納得できるものだった。


「ディム、個人的プライベートな話を聞いてもいい?」


『は?』


 衛星軌道からの思念は困惑していた。


『内容によるが……』


「兄弟はいる?」


『歳の離れた兄が1名』


「両親は存命?」


『一応……交流はしてないが』


「……なんで?」


『遺伝子的に異端イレギュラーな規格外な精神感応テレパスを持った存在を自分の子供と認められないタイプの人間だった』


 今、さらりとすごい内容を言われてカイルの方が焦った。思いっきり地雷じらいを踏んでいた。


「え、あ、なんかごめん。余計なことをきいた」


 笑いの思念がきた。


『別にいい。この手の話をしたのは初めてだ。それにしても珍しいな。俺の個人的事情プライベートには興味がないかと思っていた』


「興味はあるよ。ただ私生活の領域に踏み込むのは、失礼だと思っていただけだ」


『そのお堅いモラルの持ち主が、なんで急に?』


 カイルは再び吐息を漏らした。


「自信がくずれたからかなぁ」


『自信?』


「僕はディム・トゥーラのことならわかっている自信があったよ。でも、それは単なる思い込みだったんだ。基本的なことを何も知らないんだよ」


 カイルは聖堂のステンドグラスを見上げた。ディム・トゥーラは今、そのはるか上空の衛星軌道上にいる。


支援追跡者バックアップとしてのディムは完璧すぎて、知る必要性を感じなかった、っていうのが正直なところかな。いつでもそばにいるから、いつでも聞ける――そんな甘えもあったよ。出身や、地位や、家族とかは、ディムを構成する一部だけど、ディム自身ではないし……でもさ、これだけ距離があって、離れるといろいろ考えたんだよ。皆が当たり前に知っていることすら、僕は知らなかったし……僕はディムの何を知っていたのだろうって」


『――』


 ディム・トゥーラは同じ思いを感じたことがあった。


 エトゥールを犠牲にして大災厄を回避することを提案した時、カイルは心を閉ざし、その深層心理領域で触れた映像はディム・トゥーラに衝撃を与えた。カイル・リードをわかっているつもりで、何も知らないということを思い知らされたのだ。


『お前だって、研究都市育ちだって一言も言わなかったじゃないか?』


「…………言わなかったっけ?」


『………………おい』


 こいつは、やっぱり自分のことについて、無頓着むとんちゃくだ――ディム・トゥーラは結論の一つにたどり着いた。


『――まあ、お互い様だな。俺もお前のことを知らなかったし、聞く必要を感じなかった。それをこの間、後悔した』


「後悔?」


『お前の過去をちゃんと知っていれば、この間も完璧に支援追跡者バックアップとして対応できたはずだ。それを怠ったのは俺のミスだ』


「別にディムのミスなんかじゃ――」


『対象者に支援追跡者バックアップを辞退すると思わせるところが、支援追跡者バックアップとして失格だろう』


「え、いや、で、でも――」


 カイルは慌てて確認をした。


「ずっと僕の支援追跡者バックアップだよね?」


『――ようやく理解したか。長かった』


「ご、ごめん」


『まあいい。お互いのことは、おいおい話していく――それでいいな?』


「うん」


『ところで、今そこに、他には人はいないな?』


「専属護衛は扉の外だよ」


『よし実験だ。つきあってくれ』


「実験?」


 ディム・トゥーラの思念の気配が消えた。


「ディム」


 すぐに聖堂の中に白い影が現れた。それは四つ足の動物でウールヴェだと、カイルはすぐにわかった。

 白い巨大な肉食獣で、カイルのウールヴェと違った生物だ。


 それを素体として誰かが同調していた。

 その気配をカイルが間違えるはずもなかった。


「……ディム……」


『うまくいった』


「……え……ちょっと待って……これ……」


『俺のウールヴェだ。リードに同調するよりはるかに楽だ。なるほど、これが相性というものか』


 カイルは混乱して、ウールヴェを凝視ぎょうしした。


「ええ?!虎なの?!なんで虎なの?!」


『知らん』


「なんでこんな短期間でここまで成長するの?!」


『知らん』


「わけわかんないよ?!いや、なんで?!」


『お前のウールヴェだって成長したじゃないか』


「いや、あれは知らないうちというか、不可抗力というか――」


『これでお前と森の中を散歩できるな』


「……散歩?」


『お前が言ったんだぞ?ウールヴェに同調して、地上の動物を身近に観測できる、と』


「……もしもし?」


『俺は釣られてやったんだ。ちゃんと責任を持って餌をよこせ。森への散歩は付き合ってもらうからな』





 カイルは自分の支援追跡者バックアップが、やっぱり研究馬鹿の一人であったことを悟った。

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