第18話 幼体⑧

 大量の見慣れぬ高級布にファーレンシアと侍女達は歓声をあげた。トゥーラが観測ステーションから荷を運んできたのだ。


「カイル様、これは?」


 ファーレンシアの問いかけに手紙を読みながら、カイルは答える。


「ディムが用意してくれたんだ。銀色の布の方は、保温と防水の機能がある。この間、送ったものと違うタイプらしい。専用のハサミと針と糸が荷の中にあるそうだ。外套がいとうに仕立てることを、ディム・トゥーラは提案している」


カイルは考え込んだ。


「……銀色は目立ちすぎる……かな?」

「目立つかもしれませんね。目立たないように裏地うらじに使ってみましょう」

裏地うらじ?」

「衣服などの内側に施される内張りのことです。外套がいとう裏地うらじが銀色でしたら、目立ちません」

「なるほど。試作品を作ってみてくれる?」

「はい」

「試作品ができたら、ディムが複製を作ってくれるそうだ」

「複製……ですか?」

「トゥーラの毛の製品は複製ができないが、これらは僕達の世界の布なので、簡単に複製ができる。そのほうが人々に早く配給できるだろう」

「まあ、それは有難いです」


 カイルは荷から別の包みを取り出した。


「こっちは、ファーレンシアに」

「なんでしょう?」

「トゥーラの毛で作った不織布だよ。ミトンとお揃いで外套用の布を作ってもらったんだ。マリカ、作れるかな?」

「もちろん、できます」


 包みをといて、侍女たちは驚きの声をあげた。カイルは彼女たちが何に驚いたのかよくわからなかった。


「どうしたのかな?」

「カイル様、これは素晴らしい高級品です」

「そうなの?ただのトゥーラの毛を布にしただけだよ?」

「私たちではこのように均等な厚みの布にはできません。」

「そこらへんは、僕達の世界の技術……かな?」

「なぜ、疑問形……」


 そばにいるミナリオが突っ込む。


「僕は布の作り方に詳しくない。どうやって作ったのかもわからない」

「メレ・アイフェスは知識のかたよりがありますね」


 ミナリオの指摘にカイルは頷いた。


「あまりにも分野が細分化して、専門に特化したからかなぁ……?」

「ですから、なぜ疑問形……ご自分の世界のことですよね?」

「考えたことがなかったから」


 カイルの答えに、皆が唖然あぜんとした。


「考えたことがない……のですか?」

「うん。僕達の世界の在り方に疑問を抱いたことはなかったな。そういうものだと思っていた。僕にしてみたら、布から服を自由自在につくりだすマリカのような職人技術に感心するよ。僕にはできない分野だ。マリカ達の方がよっぽど賢者メレ・アイフェスだよ」

「そういえば、メレ・アイフェスは専門に特化していますね。シルビア様は治癒ちゆ分野で、クトリ様は天候にお詳しい」


 ミナリオは納得したようだった。


「カイル様、ディム様の専門は?」


 ファーレンシアの問いかけにカイルはウールヴェを指さした。


「ディムは動物学者だよ」

「だから、毛の加工技術に詳しいのですか?」

「そうかもしれない」


 ファーレンシアは首をかしげた。


「ディム様のことですよ?」

「うん?」

「ご存じではない?」

「……動物ネタに弱いのは知っているけど……」


 ファーレンシアは不思議そうな顔をした。


「ディム様はカイル様の、カイル様はディム様の行動や思考はお見通しなのに、もしや個人のことはご存じない?」

「個人のこと?」

「えっと……例えば、出身や、家族や生い立ちなど……」

「……そういえば、知らない……」


 個人的な事柄を詮索せんさくされるのは嫌なものだろうとカイルは思い込んでいた。だからあえて触れずにつきあっていた。

 だが、カイルは気づいてしまった。

 ディム・トゥーラという個人を知っていなかったことに――。






「なんか、めちゃくちゃ今更いまさらなんですけど?」


 クトリの怪訝けげんそうな顔と、突っ込みの言葉はカイルに突き刺さった。シルビアも深く何度も頷いていることを見て、カイルはさらに自信をなくした。


「……今更いまさらかなあ」

今更いまさらですよ」

今更いまさらですね」


 二人は容赦ようしゃない言葉でカイルを追い詰める。


「貴方の支援追跡者バックアップの話ですよ?」

「……うん、そうなんだけどね?」


 カイルは目を彷徨さまよわせた。

 

「だいたいカイルの方が、ディム・トゥーラと付き合いがあるのに、何で僕達にディムのことを聞くんですか?」

「僕は、何にもディム・トゥーラのことを知らないんだ」


 カイルの告白に二人は驚き、顔を見合わせた。


「あれだけの時間を共に過ごしていながら?」

「うん」


 クトリはなぜか遠い目をした。


「貴方も個人情報には深入りしないたちですか。なんか既視感を覚えますね。似たような会話をして、ひどい目にあったや……」

「なんの話?」

「いえ、なんでもないですよ」


 クトリはカイルを見つめた。


「本人に聞いてみればいいじゃないですか」

「それって、どう聞けばいいのかな?」


 カイルの言葉にクトリは呆れたように口を軽くあけ、小声でつぶやいた。


「……不器用かよ」

「クトリ」


 シルビアが軽く、クトリ・ロダスのわきをたしなめるように、小突いた。クトリはシルビアの方を向いて、言い訳をした。


「だって、これは研究馬鹿の引きこもりの人付き合い下手の変人へんじん同士の話ですよ?」

「言いたいことはわかりますが、もう少しオブラートに包んでください」

「わかる時点で、フォローになってないよ、シルビア。思いっきり肯定じゃないか」


 カイルがシルビアの台詞に突っ込む。


「あら、失礼しました」


 カイルはクトリを見た。


変人へんじん同士って言うけど、別にディム・トゥーラは変人へんじんじゃないだろう」

「自分のことについて、変人へんじん認定を怒らないのですか?」

「事実だから」

「そこらへんの反応は対極なんですね。ディム・トゥーラには、思いっきり、根に持たれました」

「ディム・トゥーラが?」

「貴方の救出に躍起やっきになっているから、不幸な事故だと割り切って中央セントラルに戻ればいいのに、労力をいているのはなぜか、と彼にきいたんです」

「――」

「それに対して、彼は成り行きと答えたんですよ。成り行きでここまで深入りしているとは、あまりにも苦しい言い訳すぎて、研究馬鹿の引きこもりの人付き合い下手べた変人へんじん認定したんです」

「――」

「そしたら、そのことを根に持って、中央セントラルに戻ったとき、大災厄についてのすさまじい量のデータ解析を押し付けてきたんですよ。ひどいでしょ?」

「――」

「プライドが高くて、貴方のために動いていることを、頑固に認めないんですよ。なんでしょうね、あのツンデレぶりは。こういう話ならいくらでもありますよ?」


 カイルは反応に困って、シルビアの方を向き直った。

 シルビアも内容を否定しなかった。


「確かにいくらでもありますね。ディムは貴方の処遇について、度々、所長に抗議していました。貴方もお人好しすぎて、依頼された案件を断ろうとしなかったでしょ?」

「それはディムにも言われたけど……」

「彼の不在中に水槽に落ちた事件で、彼も思うところがあったようです。私も常々不思議だったのですが、貴方の能力なら、能力目当てで近づいてくる打算的な研究者の本心なんてお見通しですよね?依頼に全部、馬鹿正直に応じていたのはなぜです?」


 カイルはその追及にたじろいだが、諦めて懺悔ざんげをした。


「不和を起こしたくなかったんだ」

「不和?」

「みんな研究馬鹿でプライドが高いから、僕が内容を選り好みしていたら、断られた研究員の不満が増えていくのはわかりきっていた。長期間、閉鎖空間に滞在している状態で、そのストレスはよくない。僕が協力している限り、問題は起きないだろうと思ったからだよ」

「状況は理解できますが、実際は問題だらけだったわけですよね?」

「……うっ」

「だいたいあなたのストレスはどうなるんです」

「僕は平気だよ」


 シルビアは首をふった。


「平気じゃありません。支援追跡者バックアップは、保護対象者の精神安定を第一に考えます。だから、ディム・トゥーラはそれを口実に、貴方が引き受ける仕事内容を精査して、断る窓口にもなったんですね」

「窓口?」

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