第17話 幼体⑦

 ファーレンシアの侍女達は、ウールヴェのトゥーラの毛でファーレンシア用のミトンを作り上げた。織物おりものの知識がないカイルには、それは奇跡の技術に等しかった。


「すごいな、これ、どうやって作ったの?」


 製作者の一人であるマリカに、カイルは興味津々で尋ねた。


「専用の針で、何度もつつくことで不織布を作ります」


 既製品しか知らないカイル達にとって、原材料である糸や布の造り方は斬新ざんしんだった。シルビアも感心してみせた。

 

「すごい、文化ですねぇ」

「それぞれの分野に専任の職人がいるのも、わかるな」


 賢者達の感心ぶりにマリカ達は困惑せざる得ない。彼等は一般的な知識が欠落していた。

 カイルは目をキラキラさせて、専属護衛であるミナリオを振り返った。

 ミナリオも慣れたもので、主人が何を求めているか、正確に察した。


「……布や糸の制作に関する書が欲しいと?」

「よくわかったね」

「最近、そういうことを察するために、精霊から加護を授かったのかと思います」

「じゃあ、さらに加護の訓練の時間を設けよう」


 カイルの提案が、冗談か本気かミナリオには、判断がつきかねた。


「カイルは本気で言ってます。貴方を助手としてきたえあげるつもりです。逃げ出すなら、今ですよ?」


 シルビアがとても不吉なことを言った。


「カイル様、シルビア様、私もアイリも専属護衛なんですが……」

「ええ、多才でとても優秀な専属護衛だと思います」

「シルビア様、私を菓子職人から解放するつもりは、ないのですね?」


 アイリも突っ込む。


「ありません。特別手当は倍増してもよろしいですよ?」

「どうする、アイリ。我々はすごい勢いで財産を築きそうだ……」


 ミナリオは少し遠い目をして言った。


「そうね。特別手当だけで老後は生きていけそうだわ」


 ミナリオは吐息をついて、カイルの要求事項についての検討を始めた。


「書より、侍女や職人から学んだ方が早い気もしますが……」

「ついでに、牧畜に詳しい人も欲しいなあ」

「探してみましょう」

「まあ、とても暖かいですわ」


 ミトンをつけてみたファーレンシアが感想を述べる。カイルはディム・トゥーラの解析結果を見ながら、その感想のメモを取った。


「水も、はじくかな?」

「濡れません」


 マリカの用意した水桶にミトンの手を浸したファーレンシアが驚いたように言った。


「水をはじいています」


 作った侍女達も驚いていた。そんな材質は地上に今まで存在しなかったからだ。


「冷たさは感じる?」

「感じません。暖かいままです」


 カイルはいろいろな項目を確認した。暖炉の火に手を突っ込む実験は、さすがにファーレンシアにはさせずに、カイルがやった。

 ミトンをつけて暖炉に手を突っ込むメレ・アイフェスに侍女達は悲鳴をあげたが、本人は平然としていた。


「あ、熱くありませんの?」

「うん、大丈夫だ」

「燃えていませんか?」

「うん、燃えていない」


 ファーレンシアは急いでカイルの手が火傷を負っていないか、確認した。カイルの手は無傷だった。


「あとは、これをどうやって量産するかだなあ」


 カイルは脱いだミトンをファーレンシアに渡した。ファーレンシアはそれを宝物のように受け取った。


「ファーレンシア?」

「このミトンをいただいても?」

「もちろん。マリカ達はファーレンシア用に試作したんだよ?」

「宝物にします。カイル様のウールヴェであるトゥーラの毛で作った不思議な手袋ミトンですもの」

「――」


 実験試作物で感動されたことに、カイルは意表を突かれた。

 だが、嬉しそうなファーレンシアの反応に手袋とお揃いのコートでも、作ってあげたくなった。もっと喜ぶ顔がみたい……。


 ウールヴェのトゥーラは、カイルと視線があい、主人の思考を正確に読み取ったため、未来の想定受難に尻尾を極太ごくぶとに変化させた。






 カイルのウールヴェが、また、やってきた。

 ディム・トゥーラはうめいた。


 こうも頻繁ひんぱんに出現されると、カイルは観測ステーションの個室コンパートメントに滞在しているのではないか、と錯覚さっかくすら覚える。

 報告は毎日しろ、とは言いつけたが、ウールヴェを毎日よこせとは、一言も言ってないはずなんだが――。


 ウールヴェのトゥーラはもう豊かな毛並に戻っていた。前回の毛刈りからそれほど時間がたってないのに、素晴らしい復元力だった。


 最近、ディム・トゥーラとカイルのウールヴェの間では、ひそやかに休戦協定が結ばれていた。だが、それは使役主カイルが知らない話のはずだった。


「……今度はなんだ?」


『トゥーラが僕の毛刈りが嫌だって言うんだ。だから頼むよ』


――絶対に 嫌っ! 下手へたすぎるっ!


「毛刈りのためだけに、衛星軌道まで普通よこすか?」


『ディムの毛刈りが、いいって言うんだ。専門家じゃないか』


「俺は動物学者であって、犬の美容師トリマーじゃない」


――犬じゃないっ! でも かいるより 圧倒的に 上手じょうず でぃむ・とぅーらが いい かいる センスがない


『うるさいなあ』


「この間、刈ったばかりだろう」


『服ができるぐらいの毛が欲しいんだ』


「服?なんでだ?」


 ディム・トゥーラはカイルに聞かずに、ウールヴェに直接確認した。


――ふぁーれんしあ姫に 長衣ローブを 作りたいの


 ディム・トゥーラは吐息をついた。

 平和だ。平和すぎる。恒星間天体はどこへ行った。


『いや、それは、その――』


「地上の西の民にでも頼めばいい。彼らだって毛刈りぐらいできるだろう?」


『……イーレが理由を聞いて、からかってくる』


「俺が、からかわないとでも?」


『……ディムは、からかわないじゃないか』


「いや、お前の惚気のろけに毎回、砂を吐きそうだ」


惚気のろけてないだろう?!!』


 無意識、無自覚とは恐ろしい――ディム・トゥーラは思った。


「婚約者のための衣装の素材集めの協力依頼は、立派な惚気のろけだと思うんだが?」


『うっ――』





「お前はいいのか?あんなに毛刈りに文句を言っていたじゃないか?」


 ディム・トゥーラはウールヴェに尋ねた。


――姫のためなら 我慢がまんする 姫 特別


「お前も、主人を甘やかしすぎだ」


――でぃむ・とぅーら 「も」 ね


「……毛じゃなくて皮をはぐぞ?」


――やだ





『ディム?』


 会話から締め出されているカイルが慌てている。


『怒った?』


「怒ってはいない。姫のためなら、毛刈りついでにこっちで布材に加工してやる。複製はできないが、布材の均一さは地上より優れているだろう」


『ほんと?!』


「メインデッキがまだ復旧中だから、時間はある。不織布でいいんだな?」


『うん』


「ただしトゥーラは2,3日預かるぞ?」


『ああ、うん――え?あれ?今、ウールヴェの名前を呼んだ?!!』


 失礼なほど、驚愕きょうがくの思念が飛んできた。


「気のせいだ。用意ができたら連絡する」


 ディム・トゥーラは即、念話を終了させた。


――でぃむ・とぅーら ツンデレ


「……本気で皮をはぐぞ?」


――ごめんなさい


「地上に変わりはないか?」


――ないけど めれ・えとぅーるは 正確な 星が落ちる 時期を知りたがっている


「まあ、そうだろうな。観測ステーションここが完全復旧したら、正確な日時が出せる。もう少し待つように伝えてくれ」


――わかった


 ウールヴェは悟りきった顔で、前回と同じように卓の上にあがりこんだ。


「なんで長衣ローブなんだ?」


――姫が 試作品の 手袋を 喜んでくれたから


――姫の 喜ぶ顔をみたいから


「カイルの考えそうなことだな。そういうのを惚気のろけと言うんだ」


――そうなの?


「そうだ」


――覚えた


――そういえば かいるが でぃむ・とぅーらの 幼体が どうなったか 気にしていたよ




 ディム・トゥーラはトリミングを失敗しそうになった。

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