第16話 幼体⑥
『同調のような深い
「なぜ?」
『
「ウールヴェは
『戦場の伝令道具だったり、貴族の子女のペットだったり、目的の人物を尾行したり様々だ』
「意外に用途の幅があるんだな……。するとカイルの場合は、俺の名前をうっかりつけたことが原因か」
ディム・トゥーラの言葉に、カイルがむっとした気配があった。
『うっかりつけてなんかいない。つけたいからつけたんだ』
「
『これに関しては、ないっ!』
「この野郎開き直ったな――っ!」
『
「『あるっ!!』」
リードは就学前の児童を相手にしている気分に陥った。
『カイルの場合は、様々な条件が重なりあっている。名前をつけたこともあるが、世界の番人の接触中にウールヴェはカイルの思念により急成長した。そのカイルが同調という別の素体を精神支配できる能力を持っていたことが複合効果を生み出した。わずか短い期間でウールヴェが意識の成長を見せた。言語も理解でき、意思を伝えることもできる。カイル、君のウールヴェはこの会話の意味を正確に理解している』
絵を運んできたカイルのウールヴェは、静かにしていたが、やや耳はしおれていた。
カイルは地上にいても、その様子を正確に把握できた。ウールヴェが何を憂えているかは、理解できた。
『僕はウールヴェを手放すつもりはない』
――!!
「犬じゃないなら、犬みたいに
――っ!!
ディム・トゥーラの指摘に、ウールヴェはに
『でもディムは、これから使役するのだから、ウールヴェの生育に注意してよ』
「俺はお前と違って、ドジは踏まない」
『……僕がまるで、ドジを踏んだような言い草だ』
「世界の番人に
止まらぬダメ出しにカイルは慌てた。
『ごめんなさい。ファーレンシア以外は認めます……』
『カイル・リード。君がディム・トゥーラに勝てるわけがないだろう。私ですら、やり込められるのに』
『え?リードがどうやって、ディム・トゥーラにやり込められたの?』
『それに関しては黙秘を要求する』
ディム・トゥーラの手が端末にかかっているのを見て、初代のウールヴェは沈黙を貫いた。
「ウールヴェの生育には、気をつける」
ディム・トゥーラの反応はそっけなかった。
「絵は受け取った。解析結果を用意するから、ウールヴェをしばらく留め置くぞ」
『わかった、また明日』
カイルの念話が完全に切れたことを確認してから、ディム・トゥーラは念のため、周辺の
「おい、トゥーラ」
珍しく名前を呼ばれて、ウールヴェは緊張のあまりに
――でぃむ・とぅーらが 僕の名前を 呼ぶなんて 大嵐の 前触れ?
『かもしれない』
リードもその珍しい行為に天変地異を否定をしなかった。
「トゥーラ、お前はカイルのウールヴェだ」
――そうだよ
「プライドはあるか?」
――ある
ウールヴェは即答をした。
「じゃあ、今から俺が言うことをきけ」
――何?
「お前が死にそうになったら、カイルは切り離せ。お前の死にカイルを巻き込むな」
ディム・トゥーラは命じた。
「お前が主人のために命をかけられることはわかっている。だったら最悪の事態になったときにカイルを巻き込むな。俺の名前をもらったからには、それ相応のプライドをみせろ。引き際を見誤るな。カイルを守るべきお前が、カイルの命取りになる。それだけは理解しろ」
――まかせて
ウールヴェは短く答えて笑ったようだった。
――そのかわり 今後は 僕を 名前で 呼んでね?
「俺が呼ぶと、ややこしくなるだろうが」
――カイルの ためには
「生意気だ」
――名前の せいだよ
ウールヴェのトゥーラは端末の直撃を受けた。
ディム・トゥーラは目をさまし、
壁に組み込まれた時刻数値は、5日間の完徹の後48時間眠ったことを示していた。
カイルの思惑に乗ってしまうことを自覚しながらも、意地になって体毛の解析を連日の徹夜でやったのだ。
カイルもすぐに絵を寄越したところを考えると、似たような
――ざまーみろ、だ。
ベッドのそばの床には、報酬であるカイルの描いた精巧な動物素描の絵が散らばっている。どうやら見ているうちに寝落ちしたらしい。
それは素晴らしい研究材料だった。
ディム・トゥーラは寝ぼけた頭で、床の絵を拾い集めて、もう一度絵を順番に見ていった。
メレ・エトゥールのウールヴェは
白い毛玉の幼体が、成長して
だが、種類が違っても、分析した体毛は全て同一の特徴だった。
つまりウールヴェは、動物種ではなく、使役主により、体毛特徴が変わるのだ。
使役主の刻印と言ってもいい。
そしてその特徴の多種多様さは、思念力の強さに比例している、とディム・トゥーラは仮説をたてた。
ダントツで規格外だったのは、カイルのウールヴェだった。
次にはファーレンシア、メレ・エトゥールと続いた。興味深いことに、ファーレンシア姫のウールヴェの体毛は、カイルとメレ・エトゥールの両方の特性を引き継いでいた。
兄妹という肉親の証と、新しい伴侶影響の結果なのか、サンプル数が足りないので結論までには、たどりつけなかった。
カイルは、この結果内容から当事者として別の特徴を見出すかもしれない。それは非常に楽しみだった。
拾い集めた絵をサイドテーブルに置きながら、ディム・トゥーラは再び
まだ、寝足りない。もう少し寝るか。
そんなことを考えつつ、寝台を振り返った。
ディム・トゥーラは固まった。
寝台には見知らぬ生物がいた。かなりの大きさで成獣であることは間違いない。肉食獣だった。
カイルのウールヴェではない。初代であるロニオスでもない。
見知らぬようで、動物学者であるディム・トゥーラはその生物が何という種か知っていた。
うん、これは幻かもしれない。
ディム・トゥーラは、ベッドにあった薄い
現実逃避の行動ともいえたが、布の下は盛り上がったままで、その生物は
そうか、寝ぼけているわけではないのか。
しばらく、そのままでいたが、ディム・トゥーラはあきらめて、布をもう一度はぎ取って、その動物と
ウールヴェの
ディム・トゥーラは覚悟をきめ、話しかけた。
「あ~~、もしかして、お前は、俺のウールヴェか?」
茶色の瞳の動物は、静かに頷いた。
全長は尻尾も含めると、300センチというところだ。体重は200キロはあるな……と、ディム・トゥーラは職業病的に目測をした。
でかい。でかすぎる。
ディム・トゥーラは専門家を呼ぶことにした。
『リード、悪いが俺の個室まできてくれ。ちょっと……いや、かなり困っている』
珍しいディム・トゥーラの弱音に、ウールヴェ姿の師匠はすぐに転位してきた。
『君が困るとは珍しいことも――』
ロニオスの軽口もそこまでだった。
狼に似たウールヴェは、自分よりでかい肉食哺乳類の姿をしたウールヴェの姿に言葉を失った。
「……なんか、俺のウールヴェらしいんですけど?」
『……まあ、君のウールヴェだろうな。
「……追い討ちをかけないでください」
『……君、どのくらい寝ていたのかね?』
「……48時間ですかね……」
『……最短記録だな。もうカイルを笑えないぞ』
「……それが一番困ります。何か他に、もう少し前向きな
『そうだな……』
ロニオスは真剣に考え込んだ。
『とりあえず
「いや、それ、
ディム・トゥーラの寝台には、彼のウールヴェである純白の短毛を持ったホワイトタイガーが横たわっていた。
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