第15話 幼体⑤

「ディム・トゥーラに喧嘩けんかを売るなんて、貴方も勇気がありますね」

喧嘩けんかなんて売ってないよ。売っても絶対に勝てないんだから。いつもペシャンコにやりこめられる」


 シルビアの言葉にカイルはねたように言い返した。

 カイルはシルビアにお願いして、メレ・エトゥールが使役しているウールヴェを談話室に集めてもらい、ずっと絵を描いていた。

 メレ・エトゥールのウールヴェは数も多いから、その分時間もかかった。

 

 ディム・トゥーラへ送ったサンプルを作ってくれたのはシルビアだった。

 彼女はウールヴェ一匹一匹に丁寧にお願いをして、少量の毛を採取して封筒にいれ番号をふる作業を根気よくやってくれた。彼女自身がウールヴェの生態せいたいに興味があるらしく、積極的に協力してくれた。

 ただ今回の絵に関しては、怪訝けげんそうな顔をした。


「観測ステーションが完全復旧したら、絵にしなくても、撮影した映像データの転送が可能になるのではありませんか?こんな手間暇てまひまをかけなくてもいいじゃありませんか」

「いつになるかわからないし、映像転送できるとも限らないじゃないか。僕はなるだけ解析結果の傾向を早く知りたい、ディムは動物の絵がほしい。利害関係が一致したんだ」

「つまり、待てないと?」

「そうとも言う」

「貴方もディム・トゥーラも我慢ができないタイプですか?その研究馬鹿っぷりは、理解できません。1か月ぐらい待機してもいいじゃないですか」


 カイルは吐息をもらした。


「シルビア、それは違う」

「そうですか?」

「例えるなら、アイリの新作ケーキを透明保存ケースにいれて、目の前に置いたまま、1ヶ月ほどおあずけされるような気分と言えば、通じるかな?」

「なんて恐ろしい例えを!」


 シルビアは本当に青ざめていた。

 いや、そこまでショックを受けること?とカイルは内心突っ込んでいた。


「アイリの新作のケーキのおあずけが1か月――なんの罰ゲームですか!」

「……罰ゲーム……罰ゲームになっちゃうのか……それはすごいな……」

「罰ゲーム以外ないでしょう!おあずけなんてっ!」

「まあ、僕達にとって解析結果と絵を1か月待つのはそれに等しいんだよ。正確に僕とディムの待ちきれない気持ちが伝わったようで安心したよ」

「理解しました。全面的に協力します」

「ありがとう」


 答えつつもカイルは、今後シルビアに対してアイリの菓子の例えを用いた説得は、いろいろ利用できそうだ、と頭の片隅にメモった。ディムに菓子の新しいレシピを、さらにもらうことをカイルは決意した。


「ところで、シルビア。似たウールヴェがいっぱいいすぎて、僕には区別がつかない」

「え?」


 シルビアはカイルの言葉に困惑した。

 カイルはシルビアに4枚の絵を示した。どれも白豹しろひょうに似たウールヴェだった。


「彼らは四つ子?」


 シルビアはぷっと噴出した。


「違いますよ。名前があるのはリーヴァだけですが――これがリーヴァです」


 1枚絵を抜き取り、カイルに戻した。


「2番目、3番目、4番目――」


 順に絵をカイルに戻していく。


「待って。どこで区別しているの?」

「リーヴァは額の文様が一番はっきりしています。2番目は耳の大きさ、3番目は両前足の模様、4番目は尻尾が一番短いです。カイルの絵が正確だからすぐにわかりました」

「僕にはわからない。名札でもぶらさげてよ」

「伝令の使者として、動くエトゥール王のウールヴェが名札をつけていたら、お間抜けではありませんか?」

「そりゃそうか……でも、なんでリーヴァにしか名前をつけてないの?」

「情が移るからだそうです」

「なんだって?」

「名前をつけてきずなを深めると、失った時の衝撃が大きいそうです。メレ・エトゥールは過去にきずなの深かったウールヴェを失っていますから……」


 シルビアは少し視線を落とした。

 カイルは絵を描く手をとめた。


「そういえば西の地で僕が怪我けがしたとき、ファーレンシアがそんなことを言ってた」


 カイルは部屋にいるメレ・エトゥールのウールヴェ達を見た。


「メレ・エトゥールのウールヴェは昔、彼をかばって死んだと」


 シルビアはうなずいた。


「メレ・エトゥールは、おっしゃってました。きずなのある精霊獣を失うことは、肉体の衝撃もさるものながら、精神的苦痛は計り知れないと。きずなが深ければ深いほど、双子の半身を失うような絶望があるとのことです。だからメレ・エトゥールと先王はファーレンシア様にウールヴェを与えなかったそうです」

「ファーレンシアに?」

「先見の能力の代償で虚弱だったファーレンシア様が、万が一のウールヴェの喪失の衝撃には耐えられないと判断したのです」

「――」


 カイルは精霊鷹が撃たれた時の衝撃を思い出した。ファーレンシアが同じ苦痛を味わう可能性にぞっとした。


「シルビア、ファーレンシアは――」

「大丈夫です。私もファーレンシア様も、ウールヴェに名前をつけてきずなを高めることについては保留しています。むしろ、今の貴方の方がリスクが高いのですよ?」


シルビアはカイルに向かってはっきり言った。


「精霊鷹の同調で、あなたは肋骨の骨折をしています。トゥーラとの同調率ときずなはその比じゃないはずです。トゥーラが万が一に死んだときに、貴方にも死に至る衝撃が行く可能性があります」


 カイルはたじろいだ。

 トゥーラは、いまやカイルにとって手足も同然で、様々なことをこなしてくれている。深いきずなが存在していることはカイルの認めるところだ。


 そのウールヴェのトゥーラが死ぬ。


 そんなことを、カイルは想像すらしたことはなかった。

 カイルがきずなを拒絶すれば、はかなく消えゆく存在だとは、トゥーラから聞かされてはいたが、きずながある限り、どこか不死身の存在だと思い込んでいた。


「今まで、同調中の素体が死ぬことに、貴方は無頓着でしたが、ウールヴェは違います。ディム・トゥーラにもその点をよく言い聞かせてください。ウールヴェの使役――いえ、同調には、リスクがつきまとうということを」





 カイルの話をきいたディム・トゥーラはしばらく考え込んだ。


「リード、これはアードゥルと対話するときに、いざとなったら俺とのきずなを切るという選択をしようとしたことと一致する話題か?」


『……まあ、そうだ』


「あれは同調時の素体の死亡の衝撃のリスク回避の話かと思っていたが、ウールヴェを使役するためにきずなを結ぶことのリスクだったというわけか?」


『使役とは根本的に前提条件が違う。カイルや君のように精神感応がテレパス規格外に強い人間がウールヴェを使役することは滅多にない。普通の加護がある程度の使役者には無関係と言ってもいい』


「メレ・エトゥールの場合、能力とウールヴェのきずなが強かったからか?」


『そうだ』

『滅多にない、ということは、メレ・エトゥール以外にも例があったということかな?』


 カイルの思念による追及に、ウールヴェは大げさすぎる溜息をついた。


『本当に誤魔化しがきかなくなったな。なんだか私は引きこもりたくなってきたよ』

『貴方が微妙な言い回しをするとき、要注意状態だって学んだだけだよ』

『まず使役と同調は違うという点をあげさせてもらおうか』


 リードは講義を始めた。


『ウールヴェに対して同調することは、一般的な使役方法ではない。イレギュラーだと思ってくれ』


「そんなことをするのはカイルだけだろう」


『よくいうよ。ディムだって仲間入りしているじゃないか』

『大丈夫だ。カッコでくくれば、二人とも同類項だ』


 リードのフォローのようで、フォローでない言葉に、カイルとディム・トゥーラはそろって、むっとした。双方ともこの規格外と一緒にしないでくれ、と思っていた。

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