第14話 幼体④

 初めてきく裏事情にリードはなぜか動揺しているようだった。


『……意外にカイルも私以上の悪魔だな……』


「それについては同意します。同じ悪魔のタイプにつきあわされているアードゥルに、俺は激しく同情しています」


『君とアードゥルの理解の距離が縮んだことは歓迎するが、私にとっては失礼な感想だな?』


「そうですか?自称極悪非道と悪魔タイプは同義語だと思っていました」


 ディム・トゥーラとぼけながらも、発言の撤回てっかいをしなかった。

 リードはため息をついた。


『……そうか、逆か。君が甘やかしているのではなく、カイルが甘えてきているんだな……』


「だからそう言っているじゃないですか。俺は甘やかしてなんかいない、と」


『いや、待て。甘えてきているのを許容きょようするのも、甘やかしの一種ではないか?』


「言語の定義について論じるのは時間の無駄です」


 ディム・トゥーラは解析作業を再開した。


――甘やかし


 カイルのウールヴェがすかさず、突っ込んできた。ミニサイズになっているとはいえ、ディム・トゥーラにとってむかつく行為であることにかわりはない。


「お前は黙ってろ」


 ディム・トゥーラは視線でカイルのウールヴェを威圧いあつした。


――やだ かいるのことは 重要 


「ハゲのまま、地上に返すぞ?」


――ごめんなさい 黙る


「甘やかしとかそういう次元ではなく、カイルの場合、馬鹿な自己犠牲が行き過ぎないか、支援追跡者バックアップとして監視する必要があるから付き合っているだけです」


『ただの支援追跡者バックアップの義務だと?』


「はい」


『……エドの言う通り、君の意固地っぷりは、本当に面白いなぁ』


 ディム・トゥーラは黙って端末に手を伸ばした。


『私が悪かった。発注書のキャンセルだけはやめてくれ』


 ウールヴェ達は意固地な支援追跡者バックアップに全面降伏をした。






「耐火、耐熱、耐水、耐酸性、耐アルカリ、耐電流、保温――なんだ、このデタラメで矛盾むじゅんだらけの性能は」


 ウールヴェの体毛の解析結果を見て、ディム・トゥーラは呆れた。動物繊維でありながら、研究員服の素材以上の特性数があった。

 解析結果は正しいのだろうか?


 ディム・トゥーラと視線があったカイルのウールヴェは、尻尾を緊張のあまり太くした。


――今 僕を ほのおで あぶって みたくなったね?


「よくわかったな」


『ほうほう』


 リードも感心したように、空中に展開されているモニター群の結果に見入っていた。その反応にディム・トゥーラはさらに困惑した。


「……なぜあなたが感心するんですか」


『こんな解析をしたのは、君が初めてだ。昔は誰もウールヴェを気にしなかった』


「今の自分の身体の性能のことでしょう?」


『分析機械もないのに、わかるわけないだろう?火や水に飛び込むなんて、滅多にない。このあいだ、久々に海にダイビングしたな』


 カイルのウールヴェは、その言葉に小さい身体をさらに小さくした。


「実証機会を与えましょうか?観測ステーションの中でも、焚き火ができる場所はありますよ?」


『私がうっかり焼死して、地上が滅亡するのは運命ということだな?なんとも代価が高い実証実験だ』


「……残念です」


『……本気で残念がっているな?』


 リードはかたわらに立つディム・トゥーラを見上げた。


「当たり前です。研究者として実証実験は必要じゃないですか」


『研究馬鹿達の伝統は受け継がなくていい。だいたい君もウールヴェを持ったんだから、それで試せばいい』


きずながあれば、衝撃が使役主に行くじゃありませんか。俺はカイルと違ってマゾじゃない」


『そちらの幼子おさなごで試すとか』


「カイルに衝撃が行くのは、支援追跡者バックアップとして容認できませんね」


『やっぱり君はカイル至上主義じゃないか』


「なんとでも言ってください。体毛の複製を作って圧縮繊維を試作してみましょう。不織布ふしょくふなら地上で応用がききそうだ」





 ディム・トゥーラの目論見は見事に外れた。

 ウールヴェの不織物の複製は、ひどい劣化版で完全に性能は落ちており、全く意味をなさなかった。


 複製コピーができない?


 地上に属する動物繊維とはいえ、分子構造を正確に再現したのに、なぜ性能の劣化が落ちるのか?


 ディム・トゥーラはこの怪現象に困惑した。

 何度確かめても分子構造は一致しており、性能差がでるのはおかしかった。

 カイルもその結果をきいて落胆した。


『防災服が作れるかと思ったのに』


「いや、かなり高性能だから作れるだろう。地上での課題は、量産と性能の均一だ」


『複製ができないって、どういうこと?』


「わからん。これはこちらの世界の布を送る方がまだ早いかもしれない。研究しているうちに大災厄がきそうだ。だいたい、お前のウールヴェだけが規格外で高性能な可能性もある」


 ディム・トゥーラはこの推察を口にしたことを後悔した。

 数日後にカイルのウールヴェは大量の封筒を背負って再びやってきた。封筒には番号があり、中身は動物繊維だった。

 非常に嫌な予感がした。





『………………なんだ、これは』


 あ、機嫌が悪くなっている。

 カイルはディム・トゥーラの思念の波動の変化を正確に察した。


「ウールヴェの毛」


『………………そうだと思ったが、なんだこの数は?』


「身近にいる使役しているウールヴェの毛だよ。個体差があるかどうか、気になったんだ」


『………………カイル・リード』


 ヤバい。フルネームで呼ばれた。

 カイルは予想通りの展開に急いで言い訳をした。


「もちろん、急がないよ。時間があるときで、いいんだ。メレ・エトゥールやファーレンシアのウールヴェのサンプルも入っている。先入観がないように、番号をふってある。もしかしたら、ウールヴェの使役主の個性が影響を及ぼしているかと思ったから、確認してみたかったんだ」


『……………………』


「それが判明すれば、ウールヴェの動物繊維の牧場は、加護を持つ者一人をメンバーにいれれば、性能を均一化てきる可能性がある」


 ディム・トゥーラの波動が通常のモノに戻ったことをカイルは感じた。カイルの仮説を吟味ぎんみしているようだった。


『……時間があるときでいいんだな?』


「もちろん」


 研究員の「時間があるとき」は、研究課題を優先して事務処理を放置するときの定型句だ。ウールヴェの毛の解析が事務処理レベルではないことは明らかだった。


「その間に、僕はサンプルを提供してくれたウールヴェの姿絵を描いておくよ。結果と引き換え。悪くない報酬でしょ?」


『――』





「……こいつ、絶対貴方以上の悪魔です」


『私もそう思った。いや、本当にピンポイント爆撃が上手いな……』





「ディム?」


『わかった。解析は引き受ける』


「よかった、ありがとう」


『お前も徹夜てつやで絵を描くといい』


「はい?」


お前も――言葉の表現が変だった。


「えっと……僕、時間があるときでいい、って、言ったつもりだけど――」


『後半と明らかに矛盾むじゅんしている。絵が欲しければ、解析しろってことだよな?』


「あ、いや、そんなつもりは……」


『そういう意味だよな?そういうだよな?』


じゃなくて、報酬ほうしゅうのつもりで――」


だよな?』


 思念の威圧いあつにカイルは屈服くっぷくした。


「は、はい、そんな下心もありました……」


『よし、釣られてやる。全サンプルの絵を用意しておけ。非常に楽しみだ。手を抜いた絵は認めないからな』


「いや、本当に急がないから――っ!!」


『もう遅い。手遅れだ。お前も頑張れ』


 ぶちっと思念通話は遮断しゃだんされた。

 眠れる研究馬鹿大魔王を覚醒かくせいさせた気配があった。

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