第13話 幼体③

 ディム・トゥーラは目をすがめて、訪問してきた目の前の謎生物を見つめた。

 前にも似たようなことがあった。

 カイルのウールヴェのはずの生物が、またもや容貌ようぼうを変えていた。精神的衝撃しょうげきを受けると縮むという特性は理解したが、今度は子犬サイズだ。しかもディム・トゥーラに訴えかけるようにポロポロ泣いている。外見は優美だった生意気な獣はどこにもいなかった。


――かいるが ひどいんだよ


「いや、俺に言われても……」


 だが、何が「ひどい」かは理解できた。

 あまりにも下手な毛刈りで美しい毛並みは、不揃ふぞろいで、みすぼらしくなっていた。下手さもここまでくると、芸術だった。絵はあれほど上手いのに、立体造形の才はカイルにないのかもしれない、とディム・トゥーラは思った。


毛刈けがりをされたのか……下手へたすぎる……」


――ほんと 下手へたなんだよ


『仕方ないじゃない!動物の毛刈りなんて初めてなんだからっ!』


 犯人は地上から思念で言い訳を送ってきた。


「初めてでも、もう少しセンスというものがだな……」


『そんなものを僕に要求するだけ、時間の無駄だよ。ナイフの扱い方だって不慣れなんだから――それより、ウールヴェの首にかけた袋を受け取って』


 言われて、ディムはウールヴェの首にかけられた網袋あみぶくろをはずした。中から白い毛玉が転がり出て来ると、すぐにディム・トゥーラの腕をかけ登り肩に鎮座した。


 そこから、引き剥がしディム・トゥーラは、毛玉の全身の観察を始めた。

 手のひらに乗る毛玉サイズだが、生物でちゃんと手足目鼻口耳は存在していた。


「これが例の幼体なのか?」


『そう、ディムのウールヴェだよ』


 ディム・トゥーラは幼体を見つめ、子犬化しているウールヴェを見つめ、それから隣にいる成体であるリードを見た。


「なんて非常識でデタラメな生物なんだ……」


『ストレートな感想をありがとう』


 リードはそっけなく、応じた。

 ディムは幼体を自分の肩に戻すと、床でまだ泣いている哀れなウールヴェを抱き上げて、卓の上に置いた。


「泣くな。切りそろえてやるから」


――ありがとう ありがとう


 ウールヴェは大泣きを始めた。

 ディム・トゥーラは小動物用の電子刃を取り出し、トリミングを始めた。何かに似ている――切り揃えながら長毛ではなくなった小さいウールヴェを見つめた。


「スムースコートチワワという品種が超古代文明から中世あたりにはやっていて――」


『犬じゃない』


 泣いているウールヴェに代わり、リードが即否定した。相変わらず犬扱いに神経質だった。


――瓜二つなんだが……

 賛同してもらえないことをディムは残念に思った。


「なんで毛刈りしたんだ?」


『大災厄後の動物繊維にならないかと……』


 カイルの言い分も理解できる。

 大災厄の混乱で、地上の家畜類も被害にあうだろう。代替えの手段候補はいくつあってもいいのだ。


『地上で刈った毛もさっきの袋にいれてあるよ。特性を分析してよ』


「こっちのトリミング分で足りるぞ」


『そうも思ったけど、空間移動の劣化も検討した方がいいと思ってさ』


「なるほど。着眼点はいいな」


『問題は形態の個体差があることかな。メレ・エトゥールのウールヴェ集団なんて、さながら動物園だよ』


「見てみたい」


 研究者の好奇心が疼き、ディムは思わず口走った。


『そういうと思った……今度、絵を送るから、先に毛の分析してよ』


「取引成立だな」


――もう 毛刈り やだああああ


 二人の不穏な思念会話に、トゥーラは涙目で絶叫した。


「なんでそんなに嫌がるんだ」


――こんな 恥ずかしい姿 見せたくない


 羞恥心しゅうちしんを持ち合わせている――ディムは頭の片隅に生態をメモった。なかなか興味深い反応だった。


「結果が出るまでここにいていいぞ。育毛のスピードも観察したいしな」


 ディム・トゥーラは慈悲じひをみせたが、ちゃっかりと研究者としての目的も滑り込ませていた。




 カイルが送ってきた幼体は静かだった。

 騒がず、暴れずひっそりとしていたが、片時もディム・トゥーラから離れず、左肩を定位置と決めたのか鎮座ちんざしていた。

 あまりにも静かで、ディム・トゥーラが所在を確認するため、手を伸ばしてでて、そこにいることを認識する必要があるほどだった。


 カイルのウールヴェとリードの口が達者なことに見慣れているため、幼体が静かなことに、ディム・トゥーラはほっとした。特に大食漢でもなく、その点でも安堵した。


 だが、全く自己主張がないわけでもなかった。


 ディム・トゥーラがウールヴェの体毛の解析をしている合間にコーヒーを飲んでいると、幼体は珍しく小さく鳴いた。


「これは?」


『主人の飲食に興味を抱いている』


 リードが通訳した。


「メチルキサンチン類のカフェインは犬には毒で……」


『犬じゃない。与えても大丈夫だ』


 リードに確認してから、ディムは適当な容器を探し出し、コーヒーを注いでやった。ウールヴェの幼体はペロペロと小さな舌を出してめ始めた。

 苦味や酸味に対する味覚は未発達なのだろうか――ディム・トゥーラは思わず見守り観察を続けた。


 カイルのウールヴェも小型犬サイズのまま、その様子を見ていた。幼体が飲んでいる液体に興味深々のようだった。


――それ なあに? 黒い お茶?


「珈琲だ。お前も、いるか?」


――美味しい?


「美味しいかどうかは、人それぞれだ。カイルはよく飲んでいた」


――飲んでみる


 ディムが別の容器を用意し、ウールヴェの前にコーヒーを用意した。

 一口なめたウールヴェは複雑な顔をした。


――苦い


「お前は味覚が発達して、苦いが理解できるんだな」


 ディム・トゥーラは少し笑った。


「ミルクを入れると苦味が減る」


――ほしい


 リクエストをきいて、ディム・トゥーラはミルクと砂糖を入れてやった。そういえば、カイルもブラックコーヒーは飲めず、砂糖とミルクの追加を好んだ。


――美味しい


「……ウールヴェは使役主の味覚の影響を受けるとか?ちょっと面白いですね」


『個体差はあるが、多少はあるかもしれない』


「でもカイルは大食漢ではなかった。こいつは間違いなく食欲魔獣の類ですよ?」


――失礼だよ でぃむ・とぅーら


「シャトルの食糧庫の盗み食いをしてたのは、どこのどいつだ」


――僕


「開き直るな」


『この幼子が大食漢なのは、単にカイルと周囲が甘やかした結果だ。君がカイルを甘やかすの同じだ』


「俺は別にカイルを甘やかしていません」


 ディム・トゥーラはむっとしたように反論した。リードは少し面白そうな顔をした。


『甘やかすの定義について論じてもいい。ちやほやする以外に我儘わがままを聞くという意味もある。君はカイルの地上滞在という我儘わがままを許しているじゃないか』


「じゃあ世界の番人を出し抜いて、強引にカイルを連れて中央セントラルに帰るべきだったと?」


『それをされると私と世界の番人が困るな。だが、それに近い意味だ。カイルの我儘わがままに付き合っていることは、認めるだろう?』


支援追跡バックアップをしているだけです。カイルが戻るまで支援追跡バックアップをすると約束してしまったから成り行きです」


 リードは軽く口をあけた。


『……約束?』


「エトゥールの戦争後、目の前で多数の怪我人が死んでいくことにカイルは精神崩壊しかけていたから、戻るまで支援追跡バックアップをすると約束して落ち着かせたんです。俺はその約束を守っているだけです」


『えっと……それは、どこから突っ込めばいいんだ……』


「どこからでもどうぞ」


『約束したから、今も律儀りちぎにつきあっていると?』


「カイルは、その言質げんちを盾にとって、大災厄回避の協力を強請ねだってきましたが?」

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