第12話 幼体②

 ハーレイから渡されたかごには30匹あまりの幼体がいた。

 純白の毛糸玉のようなウールヴェは、つまみ上げなければ生物だとわからないだろう。その身体をおおう柔らかい毛から、使役する生物というより、羊のような動物繊維をとる家畜のように思える。


 滞在先であるハーレイの家にカイルは戻ると、厳重に自分に遮蔽しゃへいをかけて、幼体の検分を始めた。

 間違って自分を主人として選択されては、本末転倒なので、その点は特に気を使った。

 ハーレイとイーレが興味津々でその背後から、カイルの選別を見守る。


「家畜として飼うことは?」


 カイルの質問にハーレイは笑った。


「誰が飼うんだ?脱走して野生化した場合の責任はどうなる?」

「毛が柔らかくて高級そうだけど……」

「服一枚作るのに何匹いると思う?誰も試したことないぞ」

「幼体だからでしょ。成獣せいじゅうなら――」

「狩で血だらけだ」

「野生のウールヴェの毛は、ここまで柔らかくないわよ」


 イーレの指摘に、カイルは少し離れたところに座る自分のウールヴェを見た。

 つられてハーレイとイーレもトゥーラを見た。


「……高級そうだね」

「……一匹でかなりの量がとれそうだ」

「……純白で光沢もあるわね」


 言葉を理解できるトゥーラは、身の危険を感じて、尻尾しっぽを太くした。


「動物繊維については、後回しにしよう。ディム・トゥーラ専用の幼体の方が優先度は高い」


 トゥーラは危機を回避したことに、ほっとしたようだった。

 イーレは不思議そうにたずねた。


「この中に、ディム・トゥーラ用のウールヴェはいるの?」

「いる――のは、わかるけど、どれかまではわからないや」

「全部、彼の元に送ってみる?」

「それで、僕は再会した時に『ふざけんな』って、なぐられるわけ?絶対に嫌だ」

「ずいぶん確率の高そうな未来描写だわ」

「ディムに関しては、行動予測の先見ぐらいはできるよ」

「だったら、ディム・トゥーラの未来の相棒あいぼうくらい見抜いてあげなさいよ」

「簡単に言うなあ……」


 カイルはイーレの無茶な要求に吐息をもらした。


 カイルにはウールヴェの相性の定義がわからなかった。そもそも相性とはなんだろう。

 カイルにしてみれば、ディム・トゥーラの支援追跡バックアップは「相性がいい」と言えた。同調時の補助の安心感は最高だった。遮蔽しゃへいも上手い。なんの憂いもなく、自分の全能力を引き出し、行使できる――ディム・トゥーラはそんな環境を作り出す盾役であり、司令塔なのだ。揺るがない信頼感がそこにあった。


 ウールヴェにそこまで求めるのは無理だ。

 ウールヴェのトゥーラはねるかもしれないが、ディム・トゥーラを越えることはできないだろう。能力的に匹敵するのは、ファーレンシアだったが、体力と経験値は及ばない。


 そのディム・トゥーラにふさわしいウールヴェとは、どんなものだろうか?


 今回のウールヴェの選択は条件が多いかもしれない。単なる使役ではなく、同調する素体そたいにもなりうるウールヴェが必要なのだ。

 カイルには、毛玉幼体のどれがそうなのか、さっぱりわからなかった。


 だが、ディム・トゥーラの好みはわかる。

 対等に議論できる知的さは必須だった。そういう意味では、初代であるリードは、おそらくディムと相性がいいだろう。

 五月蝿うるさく幼いタイプは絶対にダメだ。その相性の悪さは、カイルのウールヴェが証明している。

 一を言えば、十を知る――そんな都合のいいウールヴェがいるだろうか?


 だいたいディム・トゥーラのウールヴェが育って、動物の形態を取る姿を想像した時に、なぜか一撃必殺の灰色熊グリズリーのようなものが浮かぶ。

 これはカイルがディム・トゥーラの言葉の一撃で致命傷を負っているからに違いない。


 灰色熊グリズリーなんか想像したら、一発でこの幼体集団は逃げ出しそうだった。



――怒ると灰色熊グリズリーなんだよなあ



 カイルは世界の番人との初めて対峙した時のディム・トゥーラを思い出して身震いをした。

 あの激怒したディム・トゥーラは酷かった。だがあの怒りは、カイルとリルに代わっての怒りでもあったのだ。


 普段のディム・トゥーラの波動はどう真似まねるのはどうだろう。

 カイルはそれが可能か考えこんだ。

 ディム・トゥーラは普段なら怖くない。

 真面目まじめ律儀りちぎで他人に厳しいが、その指導力と統率力は皆に頼られていた。所長の片腕の立場として、よく他人を見ていた。ただし無能者は相手にしなかった。




 カイルは思い出して、むっとした。

 規格外を褒め言葉だと主張するディム・トゥーラは、カイルに対してまっとうな言葉で誉めてくれたことは皆無だった。しかも、カイルが指摘するまでその事実に気づいてなかった。

 ディム・トゥーラはカイルの自信のなさに言及したが、影の一因いちいん支援追跡者バックアップであるディム・トゥーラがわかる言葉でめなかったことにあるのでは、とカイルは内心思っている。



――いかんいかん 今はディム・トゥーラの幼体を探すことに集中しなくては



 カイルはよく理解しているディム・トゥーラの波動を真似まねてみた。




 イーレは、はっと息を飲んだ。

 目の前で床に座り胡座あぐらを組んで、ウールヴェを検分しているカイルの姿に、不意に別の人物が重なったのだ。

 鋭い茶色の眼を持った茶髪の男は、間違いなくディム・トゥーラだった。


 なぜ、ディム・トゥーラがここに?!


 イーレは驚き混乱したが、これがカイルの能力であることを思い出した。

 カイルは今、ディム・トゥーラの波動を真似ているのだ。

 ハーレイも異変を悟っていた。


「誰だ、これは?」

「しっ!静かに!これはカイルの支援追跡者の姿よ」

「カイルはどこに行った?!」

「ずっと変わらずそこにいるわよ」


 ハーレイはカイルの真横にまわり、目をすがめてカイルともう一人の見知らぬ男が、完璧に溶け合って存在することを観察した。


「カイルが他人の波動を再現しているだけ」

「精霊獣に憑依ひょういする以外に、こんなことができるのか?!全くの別人だ!」

「そうね、私もびっくりよ」


 茶髪の男が手をウールヴェのかごに向けて伸ばした。すぐに一匹のウールヴェがその手を駆け登った。


「うん、こいつだ」


 次の瞬間には、そこにカイル・リードが変わらずにいた。

 見分けた一匹のウールヴェを戦利品のようにかかげて、無邪気な表情で二人をかえりみた。


「見て見て!ディム・トゥーラのウールヴェだよ。ほら、瞳の色も茶色に変わっている。間違いないっ!――どうしたの?」


 カイルは自慢しようとして、二人の賞賛しょうさんがないことに怪訝けげんそうな顔をした。イーレとハーレイが困惑していることに、首をかしげた。

 

「気にしないで、カイル。私達は貴方が途方もない規格外だって、実感しただけよ」


 イーレが吐息まじりに感想を述べた。






 カイルはハーレイに網袋あみぶくろをもらい、そこに選別したディム・トゥーラのウールヴェを入れた。ついでにもう一つの道具を用意してもらった。

 毛刈り用のナイフである。


「トゥーラ、じっとしていてね。これは命令だよ」


 ウールヴェは涙目だった。今までの友情をくつがえす仕打ちだった。


――ひどいよ かいる!


「毛の分析は必要だし、加工できるか、ハーレイのところで試してもらうには、毛が一定量いるんだよ」


――僕じゃ なくても いいじゃん!


「他のウールヴェじゃ気の毒だろう?すぐ、そろうよ」


 カイルは容赦ようしゃなく毛刈けがりを始めた。


――いーれ! 助けて!


「ごめんなさいね。私も興味あるの」


 イーレはウールヴェの保定ほていに協力してくれた。


――うわああああん


「トゥーラ知っている?超古代には、ウールドッグって種類の犬がいて、犬の毛で毛布とかを作っていたんだってさ」


――犬じゃなあああい


「うん、だから分析でそれを証明しないとね?」


 カイルは鼻歌混じりでトゥーラの毛刈けがりを押し進めた。




「意外に容赦ないな?」

「カイルも間違いなく研究馬鹿なのよ」


 イーレは真顔で評した。

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