第11話 幼体①

 ディム・トゥーラにウールヴェの幼体を与えるという目標は、意外に難航した。


 王都のいち東国イストレまで足を伸ばして、ウールヴェの幼体の露店商を探したが、あふれんばかりに存在する白い毛玉達の中で、ディム・トゥーラにふさわしいものは皆無かいむだった。

 どれも似たり寄ったりの白い毛玉だというのに、何がダメなんだろうか?

 カイル自身にもわからなかった。わかっているのは「これじゃない」という謎の感覚だった。

 また一方で、違った確信もあった。

 

 ディム・トゥーラのウールヴェを探すことは、必要なことだ。


 初代であるリードというウールヴェと本当のきずなのあるウールヴェでは、根本的に違う可能性があった。

 リードという素体に同調したディムが、酷い同調酔いに悩まされるのは、根本的な「ウールヴェ」の相性ときずなではないだろうか、とカイルは仮説をたてていた。


 カイルはファーレンシアに尋ねて見たが、彼女の先見はカイルが見つけるであろう、という単純なものだった。


「どこで、とか具体的な先見ではない?」

「はい、見つけるのはカイル様です。カイル様以外にはいません」

「と、いうことは、だよ?」

「はい、カイル様が探す行為をしなければ、永遠に見つからないということです」

「そんな気はしたんだ……」


 カイルはあきらめのため息をついた。


 カイルが次に頼ったのは、西の民の占者せんじゃだった。

 禁忌きんきに触れない限り、手がかりに近いものは得られるだろう。


「アホか」


 ナーヤはカイルにクコ茶をすすめつつ、言った。


「はい?」

「欲深な商人の元にいるウールヴェが天上の賢者にふさわしいわけがなかろう」

「お婆様、意味がわからない」

「探し手が、そんなボンクラでどうする」

「いや、お婆様、本当に意味がわからない。商人以外にどうやって入手できるのさ」

「本当にアホじゃのう。商人はどうやって幼体を集めていると思っているんじゃ?商売の基本のキじゃろう」

「僕は商人じゃない」

「まさに薬味を背負って鍋に突っ込む渡鳥わたりどりじゃな。そのままわれてろ」

「お婆様」


 なぜか、そばにいる若長とその新妻が、笑いに肩を震わせている。


「イーレ」

「私も、なぜウールヴェの幼体がボロい商売か理解できたわ」


 ハーレイが咳払せきばらいをした。


「カイル、野生のウールヴェが害獣がいじゅうなのは理解しているか?」

「家とか踏みつぶすんだよね?」

「発見して駆除くじょをする。まあ、主に森に生息するわけだ」

「うん?」

「当然、将来野生のウールヴェになりうる幼体も駆除くじょ対象だ」

「――」

「我々は二束三文にそくさんもんで、商人におろしている。数が多いからアドリーの交易が始まる前は、貴重な外貨収入だった。エトゥールと対立していた時は、東国イストレの商人が主な取引き先だ」

「……貴重なウールヴェが二束三文?」

「使役できる加護を持つ者など少ないし、野放しで成長すれば、いのししくま以上の厄介者やっかいものだ」


 カイルは意外な文化事情に唖然あぜんとした。


「我々が二束三文にそくさんもんで売って、東国イストレの商人が買って、東国イストレの税金が乗って、エトゥールの市場で売られる頃には金貨1枚以上の相場になる」

東国イストレのぼったくり商売じゃないかっ!!」

「まさに薬味を背負った渡鳥わたりどりが鍋に突っ込んでいるわね」


 ケラケラとイーレは笑う。


「ウールヴェ狩りに参加すれば、幼体はもれなくついてくるわよ?無料で」

「僕の幼体探しの苦労はなんだったんだ……」


 カイルは脱力した。


「だいたいウールヴェって、精霊信仰の対象じゃないの?」

「信仰の対象は、精霊とその御使いである精霊獣であって、ウールヴェではない。信仰の対象を退治して食うわけなかろう」

「信仰の対象だったら、西の一族は今頃、流浪るろうの民よ。家屋に対する破壊力は半端じゃないわ。狩らないとこちらが住処を失うのよ。――ところで、しばらく滞在すれば、ウールヴェ狩があるわよ」

「同行しても?」

「もちろん」


 なんだか、イーレは嬉しそうだった。カイルは怪訝けげんそうにハーレイを見た。


「我々が結婚して、嫁取りの代価のウールヴェの肉のみつものが消滅して、彼女は肉にえている」


 ハーレイの説明は、これ以上にないくらいわかりやすかった。





 待ちわびた野生のウールヴェは、数日後に発生した。


 ハーレイの氏族にとって、もはや日常習慣ルーチンワークなのだろう。危険な狩のはずが、皆、緊張感のない状態だ。

 見学に身構えていたカイルの方が拍子抜けした。

 手慣れたように、暴走した巨大な野生のウールヴェを定位置に誘導していく。例えるなら雑談をしながらも完璧に掃除をこなす城の侍女達のようだった。

 マンモス猪の退治が、畑の雑草取りレベルなのは気のせいだろうか?


「イーレ、なんか、害獣の狩にしては、ほのぼのしていない?」

「そう?」

「ハーレイの記憶で見せてもらったイーレの初狩の時は、結構危険だったようなのに……」

「――ちょっと待って、なんでそんな記憶を貴方が知っているの?」

「和議以前にエレン・アストライアーの件でイーレがパニックに陥った時の話だよ。降下後の状況を把握するために、ハーレイの記憶を見せてもらった」

「ちょ――」


 イーレは珍しく慌てた。


「西の地で遭難したから、こっちは心配してたのに、降下早々にウールヴェ狩をしていたから、驚いたよ」


 カイルはここぞとばかりにチクリと嫌味を織り混ぜた。


「あの頃は、降下地点がズレた心労で夜も眠れず――」

爆睡ばくすいしてハーレイの接近を許して、あやうく殺しかけていたよね」

「そこまで記憶を読んでるのね」


 イーレは誤魔化しがきかないで、ちっと舌打ちをした。


「まあ、僕が原因だから強くは追求しないけど」

「そうよ、その通りよ、全ては貴方が原因よ」


 子供姿の上司は、開き直っていた。


「で、あの殺伐さつばつとしたウールヴェ狩が、なんでこんなにほのぼのしているの?小動物並みの狩になっているよね?」

「私が弱点を伝授したこと、皆がウールヴェ狩に慣れたこと、麦酒エールの報酬に浮かれてること、私の嫁取りが鍛錬たんれん代わりになったこと――」

「待って、今、変なものが入った。麦酒エールの報酬って何?」

「元々、ウールヴェ狩って、割と大イベントで怪我人が出ずに退治できて、肉が調達できるとお祭り騒ぎになっていたの。でも、これだけ頻繁ひんぱんに退治案件になると、いちいち宴会をやってられなくなって――」

「誰がそんな状況にしたんだ」

「……誰かしらね?」


 イーレはにらむカイルの視線を避けた。


「それで?」

「ウールヴェの退治に5回ほど参加すると、次回宴会時に報酬として麦酒エールの樽が加算されるの」

「……僕の聞き間違いかな?はいじゃなくてたる?」

たる麦酒エール一杯ごときで西の民は動かないわよ」

たるなら?」

「動くわね」

「一人あたり30〜60杯飲むって、御前試合ごぜんじあいで確か試算したな……」


 カイルは西の民の酒豪データを思いだした。つまりはやる気が、自動加算されているのだ。


「まさか麦酒エールが簡易化に一役買っているとは……」

「最たる理由はメレ・エトゥールね」

「はい?」

「和議の時にメレ・エトゥールがよこした玉鋼たまはがね、あれが本当にいい品でね。あれでやりの刃先や、矢の矢尻を作ったら、殺傷力さっしょうりょくが倍増したのよ」

「なるほど、野生のウールヴェ相手に苦戦しなくなったのか……」

「そういうこと」


 野生のウールヴェはカイルの予想よりかなり早く退治された。むしろ幼体探しの方が時間がかかった。


 幼体を探し当てるのに役に立ったのは、ハーレイのウールヴェのふくろうだった。木のウロに潜んでいるウールヴェの幼体である毛玉集団を見つけると、ハーレイは木の実を集めるかのように、用意したかごに毛玉を放り込んでいった。


 カイルが望んでいたウールヴェの幼体がいとも簡単に大量収穫された。籠の中には三十匹はいるだろう。いちだと金貨三十枚以上に相当する。


「これが二束三文?」

「二束三文」


 西の民の無欲さと、東国の商人の強欲さの格差に、カイルは異種文化の衝撃を味わった。

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