第21話 幼体⑪

 リルは、出会った頃のもう一人の命の恩人の突然の出現に、はしゃいでいた。

 逆にサイラスはなんだか、面白おもしろくなさそうな顔をした。


 ――おっと。


 その心情にはカイルにも覚えがあった。ファーレンシアが無邪気むじゃきにカイルのウールヴェを抱きしめた時だ。しかも今回の場合、中身はディム・トゥーラなのだ。


 サイラスには、リルがディム・トゥーラ自身に抱きついているように感じるのだろう。


 カイルは情緒教育が思わぬ成果をあげそうになっていることに、気づいた。サイラスはさりげなく近づき、リルを虎のウールヴェから引き離してみせて、カイルの推論を証明してみせた。

 

 話を切り出したのは、ディムだった。


『リル、話があるんだが』


「なあに、精霊様」


 ディム・トゥーラが「精霊様」と言われるたびに、イーレが笑いに耐えていた。


『知っての通り大災厄がくる。天上に避難するのと、地上に残るのと、リルはどちらがいい?』


「サイラスは?」


『サイラスには地上に残って仕事をしてもらう』


「じゃあ、私も残る」


 即答だった。


「リル!!」


 養い親の怒声にもリルは動じなかった。


「サイラスってば、過保護だから、絶対に私を縛りあげて、安全なところに監禁すると思ってたんだ」

「――!」

「……完全に読まれているよね」

「……ホント」

「素晴らしい洞察力どうさつりょくです」

「いや、褒める内容じゃないでしょ?」


 クトリが皆の感想に突っ込む。


「いや、リル、それは――」

「じゃあ、そんなことはしない、って精霊様に誓ってよ」


 サイラスは黙り込んだ。


「やっぱり」


 リルは口をとがらせて、腰に手を当ててサイラスに説教を始めた。


「そういう行為は、家族ならしちゃダメだよ。相手の意思を尊重しなくちゃ」

「俺の意思はどうなるっ!!」

「サイラスは養い親なんだから、私優先でしょ」

「――っ!!」



さとい子だとは思っていたが、たいしたものだ……』

『イーレの悪影響もあると思うよ』


 密談のつもりだったが、なぜかカイルはイーレから尻を軽く蹴られた。


「な、なに?」

「今、私の悪口を言ったでしょ?」

「そ、そんなことないよ」

「動揺しているのが、何よりの証拠」


 遮蔽しゃへいをしているのに、考えが読まれるなんてホラーだ――カイルはさらに狼狽うろたえた。


『お前の表情が読みやすいだけだ』


 ディム・トゥーラがぼそりと指摘をする。最近、皆に同じことを言われて、カイルは腐った。


「私は、サイラスと一緒にいるからね!」

「だが……」

「家族なら災害が近づいた時、一緒にいるのは当たり前でしょ?」

「家族……」

「私は養い子だから、サイラスの家族だよね?」


 サイラスの反応に、ややリルは自信をなくしたように聞き直した。その瞳が不安に揺れる。


「俺には家族がどういうものか、わからない」 

「え?」

「カイル、家族の定義は?」


 サイラスはカイルに解説を求めた。


「婚姻の相手、または親と子という血縁関係などによって直接、間接に繋がっている親族関係、あわせて養子縁組などによって出来た人間関係の小規模な集団を意味する。サイラス達は後者だね」

「俺はリルの家族と言えるか?」

「サイラスは、リルの養い親の地位を放棄したいのかな?」

「そんなわけないだろう!」

「じゃあ、堂々と家族として名乗ればいいよ」

「俺がリルの家族を名乗ることで、リルに不利にはならないんだな」

「ならないし、むしろ有利に働いている。周囲は既に、サイラスとリルの家族として認知しているよ」

「よし、わかった」


 サイラスは家族の定義を理解したようだった。


「サイラスがリルに過保護になるのも、家族だから、とも言える」

「俺は別に過保護じゃない」


 どの口がそれを言うか――サイラスを除いた全員が心の中で、一致して突っ込んだ。


「……今、過保護じゃないと言った?」

「過保護じゃない」

「えっと、過保護の定義を知っている?過保護というのは、対象を過剰に保護をすることで、必要過多の保護はこどもの養育上、よろしくないという定説が――」

「過剰じゃない。適切な保護だ」


 カイルはサイラスの顔をじっと見つめた。

 サイラスは己の行動を本気でそう思っていた。


『……僕、これを適切な標準まで矯正きょうせいできる自信ないや。棄権リタイヤしていい?』

『わかった。選手交代だな』


 白い虎姿のウールヴェは、サイラスに近づいた。


『サイラス、リルに対しての過剰な保護欲が標準だと思う根拠はなんだ?』


「リルは、イーレに比べてはるかに、か弱いじゃないか。何かあったらすぐに死んでしまう。それの比較結果だ」


『――』


 ディム・トゥーラは一瞬言葉を失った。


『……もしかして、イーレを基準にしているのか?』


「イーレ以外の誰を基準にしろと?」


『だがイーレを基準にすると、彼女以外の女性および大半の男性は、はるかにか弱く、それこそすぐ死ぬ存在だぞ?』


「ちょっとディム、何気に失礼よ?」


『イーレの武術を高評価しているだけだ』


 嘘つき――ディム・トゥーラの巧みな誤魔化し方に、カイルだけが突っ込みの思念を送ってきた。


「あら、それなら許すわ」


『で、サイラス。全世界のか弱い女性が保護対象なのか?』


「身内以外は保護対象外」


『つまり、その条件でほとんどが、はじかれるのか。……合理的ではあるな』


「ちょっとディム。納得してどうするの?!」


『サイラスの中で保護がいらない基準がイーレになっている。だからリルを対象とした時、この過保護ぶりが彼にとっては「適切」な保護度合いなんだ』


「……はい?」

「なぜ私なの?」


『イーレ以外にサイラスにまともな社会交流はあるのか?』


「私以外はまともじゃない交流だったわね」


 リルの手前、イーレは曖昧あいまいな表現を選んだ。


「でも、過去の相手に対してここまで過保護になったことは一度もないわよ?」


『――つまり他はどうでもいい存在だったと』


 ディム・トゥーラの解説に全員が軽く口をあけて、サイラスを凝視ぎょうしした。

 リル以外の皆が、昔のサイラスの放蕩ほうとうぶりを知っていた。その交際相手全員が「どうでもいい」認定とは、常軌じょうきいっしていた。




『これって、情緒の成長だと喜ぶべき?』

『俺に聞くな。だがリルに対する過保護を矯正きょうせいするより早く、大災厄が来ることは保証する』

『それ矯正きょうせいは無理だって、投げているよね?』





 結局、リルを地上から避難させるかどうかの判断は、最終的にディム・トゥーラが下すという折衷案せっちゅうあんがとられた。

 リルも渋々その決定は受け入れた。過保護なサイラスより、ディム・トゥーラの方が地上滞在を許容してくれるのは明白だったからだ。


『俺が判断したときは、素直に地上を離れること、いいな?』


「はい、精霊様」


 再び、サイラスがむっとした表情をした。


「俺の言うことは聞けずに、なんでそっちは受け入れるんだ?」

「? だって精霊様が言うんだよ?」

「だから、なんでだよ?」

「精霊様は未来もお見通しなのに、言うことを聞かないって、馬鹿のすることだよ?」


 リルはディム・トゥーラを世界の番人と同一視していた。それは崇拝すうはいに近かった。

 サイラスが初回に説明を端折はしょって、ディム・トゥーラを精霊扱いにしたツケが雪だるま式に増えていた。

 サイラスは八つ当たりに虎型のウールヴェをにらんだ。


『リルに対して、俺を下僕として紹介したツケだ。自業自得だから諦めろ』


「そんな古いことを根に持っているのかよっ?!」

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