第9話 帰還⑨

『そんな政治背景でお前達の安全の方は大丈夫なんだろうな?』

『過保護すぎるほど、保護されているよ』

『当然だ。お前は自分の価値を軽視しすぎる』

『似たようなことをメレ・エトゥールにも言われたけど……』

『さすが、メレ・エトゥールだな。状況をよく把握している。ついでにお前の性格もよくわかってる』

『……なんか、メレ・エトゥールの評価が高くない?』

希代きたいの名君だと思うぞ』


 確かに名君だと思うが、普段、他人に対して点数が辛いディム・トゥーラにしては珍しい。将来、中央セントラルで人を統べる地位につくはずのディム・トゥーラだけが理解できる何かがあるのか――。

 ディム・トゥーラは同調をマスターしてまで、メレ・エトゥールと対話を果たしている。


『ねえ、なんで同調をマスターしようと思ったの?』

『別にマスターはしていない。まだまだ初歩訓練中だ』

『リードとの同調が初歩のわけないでしょ』

『初歩だ。同調酔いが酷すぎる。ところで、他に連絡事項は?』


 アードゥルとの対話時の同調の件を聞こうとしたら、露骨ろこつに話題を変えられて、カイルは顔をしかめた。こういう抜け目のなさは、メレ・エトゥールと通じるものがある。


『カイル?』

『そういえば、シルビアが上と通じている移動装置ポータルが一つだと心もとないと言ってた』

『一つ?ちょっと待て。なんで一つなんだ?』

『必要があって、離宮を中心に水平展開したんだよ。おまけに着地点がイーレは東に、クトリは西にずれた。次に降下する人物は北に飛ばされる可能性もあるんじゃないかと』

『上通じている移動装置ポータルはどれだ?』

『サイラスの移動装置ポータル

『南の魔の森のヤツか。魔獣がいて、やっかいだな。シルビアの危惧きぐももっともなことだ。だが、そもそもなんで水平展開したんだ?』


 ディム・トゥーラの当然の質問がやってきて、うっ、とカイルは詰まった。

 イーレは西の民がらみで、サイラスはまさかの脱税のために移動装置ポータルを水平展開したと言えば、間違いなく説教が待っている。


『……当事者達にヒアリングしてください……』

『なるほど、俺に怒られるたぐいか』

『なんで、わかるの?!』

『お前の行動パターンはお見通しだ』


 ディム・トゥーラは、メレ・エトゥール並みに鋭いし、誤魔化しがきかない。世界の番人と対等にやりあうぐらい頭がきれ、プライドが高い。愚者は相手にしない。

 そう言う意味では、メレ・エトゥールとの共通点は多かった。

 これでメレ・エトゥール並みに腹黒だったら、僕はどうしたらいいんだ――カイルはため息をついた。その彼が支援追跡者バックアップであることは恵まれているが、見切りをつけられる恐怖は常にある。彼の言動には一喜一憂させられることが多い。


『他にも報告漏れがありそうだな。次回、定時連絡までまとめておくように』

『次回って明日だよね?!』

『そうだが?』

『僕に徹夜をしろと?!』

『研究課題のためにはいくらでも徹夜していただろう?そもそもそこまで報告漏れがあるのか?』


 ないと言い切れなかった。


『僕にだけ厳しい……絶対に厳しい』

『見込みがあるからに決まっているだろう』

『――』


 飛んできた殺し文句に、カイルはあっけにとられ、とっさに真横にいるトゥーラの尻尾しっぽの根元をつかんだ。

 尻尾しっぽ全回転が始まる前に阻止できた。


『それから言っておくが』

『何?』

『俺は腹黒ではない』


 筒抜つつぬけだった。





 リードは床に伏せる形で笑い死にしていた。

 それでも大爆笑を抑え込み、身体をふるふると震わせて耐えていた。


「…………何か?」


『いや、君に振り回されているカイルが気の毒になっただけだよ。彼の感情変化を動画グラフにして見せてあげたいものだ』


「いりません」


『なんだったら、君の感情変化もついで、動画グラフ化を――』




 ディム・トゥーラは黙って端末を取り出すと、酒の発注書を一瞬にして削除した。






「直接、私を事情聴取ですか……まあ、妥当ですね」


 シルビアはディム・トゥーラの判断を支持した。彼女はディム・トゥーラの事情聴取の可能性にも動じなかった。


「平気なの?」

「後ろめたいところはありません。むしろ今回のことで、後ろめたさは消えました」

「なんだって?」

「私は、大災厄を知ってから、ずっと罪悪感を抱いていました。施療院せりょういんを開いて、準備に協力したとしても、協力者であり、当事者ではありませんでした」

「それの何が悪いの?」


 カイルの問い返しにシルビアは言葉を探すために考えこんだ。


「なんと表現したらいいのでしょう。例えば、戦争や貧困、飢饉ききんが起きたとしても、境界線上に立ち、それを眺めて、安全なところから支援を施す――そんな上から目線でいることに対する罪悪感でしょうか?」

「――」

「貴方やイーレ、初代だったリードは、最初から躊躇ちゅうちょせず地上側を選んでいる。私と貴方の差は、どこにあるんだろうか、と常々不思議でした」

「僕には、ファーレンシアがいた」

「そうですね」


 シルビアは頷いた。


「貴方のファーレンシア様に対する愛情の深さは、素晴らしいものです」

「シルビアだってそうじゃないか」

「私が、ですか?」

「セオディアを死なせたくないんだろう?」

「そうです。理由の一つです」

「好きだから、じゃないの?」


 シルビアは少し頬を染めた。


「まだ、その感情がどういうものか学んでいる最中です」

「交際経験がないわけじゃないでしょ?」

「カイル、研究都市での私の陰口を知らないわけじゃないでしょう?」


 シルビアは感情をあまり面に出さないから、AIとかアンドロイドとシルビアに振られた男達に言われていたことをカイルは思い出した。


「君の陰口をたたいていた馬鹿な男達に、今の君を見せつけたいよ」

「あら、ありがとうございます」


 シルビアは、少し笑った。

 彼女は地上生活を経て、感情表現が豊かになっていた。怒ったときに魅了する微笑を浮べる悪癖も最近減ってきていた。


「もう一つの理由は、貴方も言っていた中央セントラル傲慢ごうまんさ、です」

「シルビアが言いたいことは、わかる」

中央セントラルが恒星間天体を砕いてくれれば、簡単に回避できる問題です。それを箱庭だの、箱舟だの――」

「シルビア、落ちついて。中央セントラルが全部、傲慢なわけではない。ジェニ・ロウみたいな協力者もいる」

「わかっています。わかっていますが、腹立たしいのです」

「シルビア」


 カイルは静かに告げた。


「僕達はそのうち、中央セントラル並みに傲慢な生命の選別を迫られる」

「……わかっています……」

「医療従事者であるシルビアには、それこそつらい状況になるんじゃないかな?」

「医療従事者はそういう対応は逆に慣れています。不本意ながら、ですが。――私は、カイルやファーレンシア様の方が、心配です。貴方達の能力は、周辺の惨劇の投射をそのまま受けてしまう可能性があります」

「……そうだね……」

「どうする気です?」

「ファーレンシアにトゥーラをつけて、保護するつもりだよ」

「貴方自身は?」

「アードゥルの訓練で能力を底上げする」

「逆に敏感になるリスクは?」

「………………」

「カイル!」

「僕にもわからない。本当にわからないんだ。でも、惨劇の投射を受けるリスクは僕だけじゃない。リルやミナリオとか、訓練の浅い人間のリスクが高いと思う。シルビアもイーレもだ」

「私も含まれるのですか?」

「もちろん。僕の影響を受けている可能性がある」

「保護対象を洗い出す必要がありますね……」


――僕ら 役に立つよ


 トゥーラが急に会話に加わった。


「僕ら?」


――僕ら


「ウールヴェのことかい?」


――皆が持っている うーるゔぇと かいるが 使役する うーるゔぇ達


「僕が使役するウールヴェ達?」


 カイルは意味が理解できずに眉を顰めたが、シルビアは悟った。


「トゥーラ、貴方、カイルの複数使役の可能性に言及しています?」


――うん

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