第8話 帰還⑧

 一組の男女が精霊樹の前で向かいあい、そこへ淡い金色の精霊の祝福が降り注ぐ。そのまま天井画てんじょうがになりそうなモチーフだった。

 精霊樹の輝きという異変に、城内の関係者が中庭に集まりつつあった。


 皆が精霊樹のそばの光景を見て、進行している状況を理解していた。


 賢者メレ・アイフェスであるシルビアがエトゥールの貴色である青い宝石のついた首飾りをしており、メレ・エトゥールの前に立っていた。

 二人に注ぐ精霊樹の祝福――慣習通りエトゥール王が相手に求婚をして、メレ・アイフェスである治癒師はそれを承諾したのだ。

 世界の番人がこの縁を祝福している。妹姫に引き続き、エトゥール王も賢者と婚約の儀を行うことが決定したのだ。


 いつのまにか集まっている観衆に、ようやく気づいたシルビアは慌てたようだった。

 セオディア・メレ・エトゥールは、それすらも予想の範疇はんちゅうだったように、シルビアにエスコートの手を差し出し、彼女を落ち着かせた。対処に戸惑とまどっていたシルビアは、ほっとしたようにその手をとった。



「おめでとうございます!」

「おめでとうございます、メレ・エトゥールっ!」

「シルビア様、おめでとうございます!」



 あたりが祝福の言葉と歓声に満ち溢れる。

 エトゥール王に婚約者が誕生した。再び婚約の儀の準備で喜ばしい多忙の日々が始まるのだ。

 特に喜んでいるのは第一兵団の面々で、治癒師ちゆしが永続的にエトゥールと縁を結んだことに狂喜乱舞していた。




 カイルとファーレンシア、アイリとミナリオは、精霊樹に一番近い低木の茂みの影から、一連の成り行きを見守っていた。

 彼等はカイルの遮蔽しゃへいで気配を断ち、最初から特等席を確保していた。先回りすることに活躍したのは、ウールヴェのトゥーラだった。トゥーラは嫌な顔をせず、4人を運んだのだった。


「アイリ、これはシルビア様が確実に私のお義姉様ねえさまになるってことよね?」

「そうなります」


 興奮したようにファーレンシアが専属護衛にたずね、アイリはその事実を認めた。二人は満足そうにうなずきあった。


「ああ、なんて素晴らしい」

「本当によきご縁です」

「まあ、シルビアがメレ・エトゥールに勝てるはずもないよね」

「そうですね、最後の追い込み方など見事でした。さすがメレ・エトゥールです」


 ミナリオも率直な感想を述べた。

 好き勝手に感想を語り合っていた4人だったが、ここでいきなり状況が変わることまで予想できなかった。


 周囲から祝福を受け、そのまま城内に戻ると思われた主役の二人は、メレ・エトゥールがシルビアに何事かささやくと、足をとめた。

 シルビアはくるりと180度向きなおり、ずんずんとこちらに向かってきた。

 彼女の足は止まらない。


「「「「あ」」」」

「皆様、どうしてお揃いで、そんなところにいらっしゃるのですか?」


 シルビアが慈愛に満ちた微笑を浮かべ、低木の影にかがんでのぞしていた4人組を見下ろした。微笑と彼女から滲み出るオーラは一致していなかった。


 なぜ、遮蔽しゃへいをしているはずなのに、所在がバレるのだ。


 盗み見をずっとしていた4名は後ろめたさに狼狽うろたえたが、背後を振りかえり原因を知った。

 セオディア・メレ・エトゥールの白豹に似たウールヴェが4頭、彼等の背後に鎮座ちんざしていた。見張りをしていたはずのカイルのウールヴェは無惨にも頭を踏みつけられていた。

 完全に現在の状況と酷似こくじしていた。






 ディム・トゥーラは深いため息をついた。


『カイル、俺とお前が一応、接触コンタクトが可能になり、念話をかわしたのは、ほんの数時間前だよな?』

『……うん、そうだね……』

『そのわずか数時間後の連絡が、緊急連絡で、「シルビアとメレ・エトゥールが婚約した」って、どういうことだ?』

『……そのまんまの意味です……』

『カイル・リード』

『フルネームで呼ぶのはやめて。怖い』

『……お前は、俺をなめているな?そういうことだな?』

『なめてないよっ!支援追跡者バックアップへの報告は義務だって言ったのは、ディムじゃないかっ!ちゃんと義務を果たしているのに、なんで怒られるのさ?!』

『お前、シルビアとエトゥール王が恋仲だなんて、俺に報告したか?』

『え?あれ……してなかったっけ?あ、いや……報告も何も、恋仲ではなかったし?』

『なぜ、疑問形なんだ?』

『メレ・エトゥールが外堀を埋めていたのは知っていたけど、シルビアの気持ちは知らなかった』

『その外堀の件をなぜ報告しない?』

『大災厄に比べれば、優先頻度は低いから』

『……では、なぜ今日になって、婚約という報告があがる?』

『えっと……成り行きで婚約?』

『………………』

『………………』

『……カイル・リード。やっぱり、俺をなめているよな?』

『なめてませんっ!絶対になめていませんっ!』


 衛星軌道上の念話者は、その念の声色だけでカイルの周囲温度を氷点下まで確実に下げた。

 フルネームで呼ぶのはディム・トゥーラの説教時の癖だ。本人に自覚があるかは不明だが、恐怖と説教効果をいつも5倍増しにしていた。


 カイルにしてみれば、不本意かつ理不尽だった。


 今回の事件は隠蔽いんぺいすべきだったのだろうか?だが、隠蔽いんぺいできるはずもなく、それは初探査時の死亡事件で身に染みていた。同じことを繰り返せば、ディム・トゥーラは支援追跡者バックアップを辞退するだろう。

 それは絶対に回避すべき事柄だった。


 シルビアの「ディム・トゥーラへの報告はまかせます」は、彼女なりの中継ちゅうけいのぞに対するカイルへの罰かもしれない。彼女はこうなることまで、計算していたに違いない。

 強烈な罰ゲームだった。アイリやファーレンシアは無罪放免むざいほうめんで、その分の八つ当たりが確実に加算されていた。


『ちゃんと報告したのに……』


 なぜだか、再びディム・トゥーラがため息をついた印象が伝わった。


『イカ耳になるな』

『イカ耳なんか――』


 カイルは、はっとウールヴェを見た。

 トゥーラはカイルの落胆らくたんを反映して、見事にイカ耳だった。ディム・トゥーラはウールヴェの様子を察知さっちしているのだろうか?


『この件はシルビアから直接聞く。通信が復活するまで、保留案件だ。確かに緊急連絡に値する。すぐに報告した点はめてやる』

『!!』

尻尾しっぽをふるな』

尻尾しっぽなんか振ってない』


 だが、カイルのウールヴェであるトゥーラは、そのかたわらで尻尾しっぽを全回転していた。カイルは赤面しながら片手をのばし、尻尾しっぽの根元をつかみ、尻尾扇風機しっぽせんぷうき状態を止めた。

 逆にカイルは、ディム・トゥーラの隣で、リードが笑い転げている心象を得た。


『リードが笑い転げるのをとめて』

『止められるものなら、とっくに止めている』


 ディム・トゥーラの思念は不機嫌だった。



 

「……酒の注文書を削除しますよ?」

『それは困る』




 リードの笑い転げる印象が消えたので、カイルは思念による通話を再開した。


『シルビアの婚約は悪いことではないんだ。大災厄後の諸外国の干渉を阻止できる』

『王都がなくなるのに、干渉もへったくれもあるか。それ以前の問題だ。今ある豊かさが続くと思うな。不毛の土地を誰が欲しがる』

『彼等が欲しがるのは異能が使える血筋だよ』

『……そいつは盲点だな』

『僕も専属護衛に指摘されるまで、思いもよらなかったよ。僕とファーレンシアの婚約もそういう背景から急いだらしい』

『お前にとって、渡りに船だったろうが。最初から姫にベタれだったじゃないか』

『うん……まあ……そうなんだけど……ね』




 ディム・トゥーラの指摘に、肯定する照れた思念の直射がきた。


「…………砂を吐きそうだ」

『耐えろ。婚約の儀の時は、もっと酷かった』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る