第21話 閑話:I'm On Your Side③

 アードゥルが不思議な術で目の前から姿を消していなくなることは、恐怖以外の何物でもなかった。

 ミオラスは震える手で長衣ガウンを強く握った。


「……アードゥル様」

「――」


 アードゥルは地面に視線を落とした。

 騒動時の痕跡こんせきとして、地面はみにくえぐれていた。


「……君の花畑をこわしてしまったようだ」


 ぽつりとアードゥルはつぶやいた。後悔に近い響きがあった。


こわしていません」


 ミオラスは即否定した。


「私の好きな花畑は、アードゥル様が丁寧に手入れしてくださったものです。まだあります」

「……私は、大切な物を壊してしまう」

「そんなことありません」

「……いつか君も壊してしまう」


 ミオラスは泣きたくなった。

 いつものアードゥルらしからぬ言葉は、彼が酩酊めいてい状態にあるための無意識の産物であり、彼の心の奥底にある本音かもしれない。

 ミオラスを大切なものと分類してくれている彼に、ミオラス自身が、残酷ざんこくな言葉を投げたことに思いあたった。

 一緒に逝きたいと。


――世界が彼を傷つけるなら、私は彼を守るためにそばにあり続けたい。


 歌詞の一節がミオラスの脳裏に浮かんだ。


「大丈夫。私は壊れません。私はそばにいます。貴方を一人にしません」


 ミオラスは目の前のアードゥルにしがみつき、両手を彼の背中にまわし強く抱きしめた。


「貴方の心の傷がえるまで、離れません。ずっとそばにいます」


 アードゥルに強く抱きしめられたような気がした。





 指を使わせてはいけない、と治癒師に言われていたが、アードゥルはミオラスの手を強く握り、離さなかった。


 ミオラスはそのまま、夜の花畑を誘導しながら歩いた。

 どうせ酩酊めいていして記憶がないなら、好きなことを言ってしまえ、といろいろドサクサに紛れて語った。


 この間の東国の買出しは、すごく胸が高鳴っていたのに、かけの件をきいて失望した心理を事細かく語った。

 好きな人と出かけられたのに、その肝心な本人はエルネストを想い人だと酷い誤解をしていたことも、はっきりと言った。

 東国イストレの路地裏で暴行を受け、アードゥルに助けられた初めての時から恋してたことも懺悔ざんげした。

 何人、男と床を共にしようが、ずっと想っていたことも。

 


 アードゥルは今日の夜のことは覚えていないだろう。

 それでいい。

 夢はいつかはめる。

 めても、ミオラスの記憶に残る。それが重要だった。



 酩酊めいていしているアードゥルを無事に部屋まで誘導すると、ミオラスはアードゥルを寝台に寝かせた。

 が、彼は手を離してくれなかった。


「……」


 ミオラスは服をきたまま、アードゥルの隣に身体をすべりこませた。はだかではない状態の添い寝は、商売女として変な気分になった。


「今夜はここにいます。おやすみなさいませ、アードゥル様」


 小声で子守唄を歌い、眠りを誘導してミオラスは、アードゥルの寝顔を見ながら夜を過ごした。






 その後のアードゥルの回復は順調だった。右手の指の変形以外は、と言えた。

 アードゥルは無意識にミオラスの手を握るために指を使っていた。


 治癒師のシルビアはその状況にさじを投げて、後日の右手の手術を宣言した。

 監視者であるはずのミオラスはその状況を恥入り、治癒師に頭を下げてびた。付添失格であった。

 問題の当の本人は寝たふりをしていた。


「間違いなく、カイルと同類の――いえ、それ以上の問題児ですね」

「だから私が言ったじゃないか」

「もう、いいです。お二人には、大災厄のためにカイルの元で馬車馬ばしゃうまのように働いてもらいます」

「アードゥルとミオラス?」

「貴方とアードゥルです」


 シルビアは不吉な宣言をして、やや不機嫌にエルネストとともに部屋を出ていった。

 狸寝入りをしていたアードゥルは、すぐに半身を起こした。


「アードゥル様、手術だそうですよ?」

「別にかまわない」

「完治が遅くなります」

「かまわない」


 寝台のかたわらでお茶をいれながら、ミオラスは困惑した。本当にいいのだろうか。


「それよりもっと重要なことがあるんだ、ミオラス」

「はい」

「仕切り直しの逢瀬おうせは、王都エトゥールでもいいだろうか?」

「………………はい?」

「君に謝ることが、また一つ増えたんだが……」


 アードゥルは言いにくそうに、切り出した。


酩酊めいてい状態であっても、記憶は残るんだ」





 ミオラスは激しく動揺して、茶器の一つを割った。

 

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