第20話 閑話:I'm On Your Side②

 エトゥールの治癒師は、アードゥルの折れて変形した指を不可思議な技術で、強引につなげた。ミオラスは歌でアードゥルの意識を奪ったが、この時ばかりは歌で眠るアードゥル独特の悪癖に感謝した。


 傍目はためから見ても、骨折の治療は痛そうで、カイル・メレ・アイフェスなどは治療光景から目をそらし、ずっと身をすくませていた。何かトラウマがあるようだった。


 砂まみれの男達とウールヴェは、シルビアに風呂に入るように厳命され、すごすごと退室した。

 アードゥルも似たような状態だった。

 服を脱がし、濡れた添毛織物タオルで身体をふき、髪をくしでとかし、砂をのぞいた。

 治療で砂まみれになった敷布を使用人を駆使して交換すると、シルビアはその他の傷の治療を始めた。ミオラスは助手を勤めながら、時々アードゥルの脈を測り、生きていることを確認して安堵あんどするのだった。




 しばらくは指を使わせないように、とシルビアはミオラスとエルネストに付添つきそいの注意点を告げた。

 監視していないと、痛みが麻痺しているため、強引に指を使ったりすることが多々あるそうだった。そうなるとのちのち手術が必要になることもあると警告された。


「食事のナイフ・フォークやペン、本とか日常的に使うものを1週間ほど遠ざけてください。彼等はやらかしますから、気をつけてください」

「やらかすとは……?」

「そうですね。手のひらの神経を切りかけたのに剣を握ろうとしたり、腹部を貫通した怪我でも脱走して絵をかいたり、解毒中なのにリハビリと称して激しい運動したり――」


 やけに事例が具体的だった。


「エルネスト様はそんなことは、ありませんでしたが……」

「まあ、なんて優秀なんでしょう!さすが品行方正なアドリー辺境伯です」


 治癒師の感嘆には嫌味な調子がなく、本心からの賞賛しょうさんのようだった。

 エルネストは話題に出されて嫌そうな顔をした。


「問題児と比較されて、められても嬉しくないんだが……」

「その問題児を診療しんりょうしてきた私の苦労を察してください」


 真顔でシルビアは切り返してきた。


「……まあ、確かに」

「念のためお尋ねしますが、彼はどちらに分類されますか?」


 寝台で眠るアードゥルを見ながらのシルビアの質問にエルネストは即答した。


「間違いなく問題児だ」

「そんな気はしました。ミオラス様、監視かんしをお願いします」

「喜んで」


 ミオラスは付き添いの大義名分を手に入れた。

 エルネストがミオラスを見た。


「ミオラス、君に何があったのか、ききたい」

「――」


 ミオラスは固まった。

 相変わらずエルネストは、ミオラスの些細ささいな変化に鋭かった。アードゥルと足して二で割れば二人とも平均になるのに、と愚痴ぐちに近い感想をミオラスは抱いた。


「どんな些細なことでもいい。今後のアードゥルの治療方針にもかかわるので教えて欲しい」


 しかも逃げ道をふさぐこともうまい。ミオラスはため息をついた。


「……幻覚を見ました」

「幻覚?」

「アードゥル様が目の前に立っているような――精神的に疲れていたのでしょう」

「それはアドリーに待機していた時の話ですか?」


 シルビアまでが追求に加わった。


「……はい」

「何か会話をしたか?」

「何も……私がその……一方的にののしっただけです。……誤解されたままが悔しくて……悲しくて……心が読めるのに、私の心を読んでくださらなくて……」


 ああ、と賢者メレ・アイフェス達は何かをさっしたように納得した。


「アードゥルの『連れてけない』に心あたりは?」

「……私が強請ねだりました。一緒にきたいと……」

「なるほど、それか」


 エルネストはうなずいた。


「君のためにアードゥルは戻ってきたのだな」

「え?」

「まあ、そこらへんは本人に聞いてみるといい」


 エルネストが手を伸ばしてきて、ミオラスのひたいに指で触れた。

 なぜかミオラスは身体が楽になった気がした。


「……エルネスト様?」

「なんと説明したらいいものやら」


 エルネストは言葉を探しているようだった。ミオラスは辛抱強く待った。


「ミオラス、君は幻を見て自分が気を狂ったのでは、と懸念したのではないか?」

「――」


 ミオラスは再び固まった。狂女として追放されてしまう可能性に彼女はようやく気がついた。

 彼女の思考を読んだエルネストは吐息をついた。


「散々連れ回した我々が、君を追放したり、見捨てるわけはないだろう」

「エルネスト様?」

「君は我々の影響を強く受けてしまった。もともと才はあったが、歌以外で発現するのは計算外だった」


 エルネストの不可解な言葉を、ややくだくように説明してくれたのは治癒師であるシルビアだった。


「ミオラス様、今ミオラス様は一般的に『加護』と呼ばれる能力に目覚めつつあります」

「加護?」


 ミオラスは眉をひそめた。


「王族や貴族の持つ特別な能力ですよね?」

「実は身分は関係ないのです。もちろん……多少は遺伝子いでんし――えっと血筋などが関係していますが……その賢者の身近にいる人物は影響を受けて加護に目覚めたりする前例がいくつかありました」


 シルビアは考えるように言った。


「幻聴や幻覚だと思ったような経験は?」

「――精霊獣の遠吠えを聞いたことはあります」

「精霊獣の遠吠え?」

「ああ、あれか」


 察したのはエルネストだった。シルビアが問いかけるような視線をエルネストに投げた。


「君のところの規格外であるカイル・リードが西の地でわめいたじゃないか。腹黒精霊を罵倒しながら呼び出しただろう?」

「…………だいぶ、昔の話ですよね?」

「私が聞いたのはアドリーにいた頃だな。ミオラスもあれを聞いていた。あれが何かと聞かれたので、精霊獣の遠吠えと答えた記憶がある」

「いい加減な説明は今後やめてください」

「すまない」

「だいたい例えにされた精霊獣が気の毒すぎます」

「………………君は中々、同僚に厳しいタイプだな?」

「問題児を甘やかして、たどり着いたのが現在いまです」


 脱線した二人のやり取りにミオラスは困惑した。


「……シルビア様?」

「ああ、ごめんなさい。ミオラス様は過去にカイルの絶叫を聞いているんです。加護を持つ証拠だと思っていただいて結構です。今回見た幻と同様です」

「……あの……よくわからないのですが……」

「アードゥルは君のことを考えて、君はアードゥルのことを考えた、ただそれだけだ」


 エルネストの言葉は回答になっていなかった。


「君の状態についての説明は明日以降にしよう。今晩はアードゥル優先でいい。君も付添つきそいをしたいだろう」

「はい」


 治癒師とエルネストは、アードゥルの世話をミオラスにまかせてくれた。

 休憩や睡眠のための交代はやや強制的にあったものの、ミオラスの望むまま付添つきそいを許してくれた。




 夜更けに、眠るアードゥルのための着替えと替えの敷布を取りに席を外したミオラスは、部屋に戻り動揺して全ての荷を取り落とした。

 寝台からアードゥルの姿が消えていた。


 いったいどこに?!


 敷布に触れると温もりが残っていた。

 それはそうだろう。ミオラスが席をはずしたのは、ほんの10分程度であり、廊下ですれ違ってもおかしくないはずだった。

 治癒師であるシルビアには、アードゥルの体内で大量の治療チップが消費されているため、起床時に酩酊めいてい状態になり、それが原因で転倒する危険性があると忠告されていた。

 それを防止するための付添つきそいであったのだ。


 はっとして、ミオラスは窓の外の庭を見下ろした。


 月明かりだけの庭の彼方の花畑に人影を見たような気がした。




「アードゥル様っ!!」


 肩に織物ショールをひっかけて、ミオラスは夜の庭を走った。息を切らし、花畑の中に立つ人物の元に駆けよった。


 アードゥルは、ミオラスを見た。

 ミオラスは思わず彼が着ている寝巻き代わりの長衣ガウンを掴んだ。


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