第17話 エピローグ
どういう仕組みだろう、少し離れた花園についてカイルは無粋な考察をした。
有害な活性酸素の生成阻止、光合成の制御、水分及びミネラル分の適正な配置、成長のコントロールと――。
研究馬鹿的な追求をカイルは途中でやめた。
美しいと思いそれを鑑賞する――研究員達に欠落しがちな
その美しい花畑に佇み、長い話し合いをしているのは、初代の研究員二人と純白のウールヴェだった。
500年の空白を埋めるように朝から、ずっと話し合っている。
その関係者――歌姫とエトゥールの人間達は、彼等を待つのに
朝食を終えると、前回と同じ館に近い庭の位置にテーブルを置き、食後のお茶とともに勉強会に突入していた。
カイルはそちらの方に巻き込まれている。
「私達の体内チップは、ほぼ応急手当に特化しております。大きな怪我や病気、環境変化、呼吸、脈拍制御、心拍維持です。あくまでも応急手当なので、その後の
シルビアが生徒に講義をする。
生徒はファーレンシア・エル・エトゥールとミオラスだった。なぜだかテーマは体内チップだった。
「例えば心拍が停止すると、通常ですと酸素が行き渡らなくなり脳の損傷などが起こります。地上人相手だと、この場合心臓のマッサージなどが必要ですが、私達の場合、体内チップが同じ役割を果たします。この場合、いかに心臓を再起動させるかが重要になります」
シルビアはちらりとカイルに視線を投げる。
「もちろん、これは緊急事態に属しますが、手当を受けている側に自覚はないという状況が生じます。手当後に意識が回復した折に、『おはよう』というふざけた
カイルはお茶に
それは明らかに初回探索の話だった。
手巾で口を押さえて咳き込み、カイルは地上のマナーを遵守した。
「カイル様?」
「い、いや、なんでもない……。ところで、どうしてメレ・アイフェスの体内チップについての講義なの?」
「彼女達の伴侶が、不健康な日常生活を送りやすい研究馬鹿だからです」
ぐっ、とカイルは詰まる。
歌姫は伴侶という表現にかすかに頬を染めているような気配があった。彼女はカイルと視線があうと、羊皮紙にメモをするふりをして誤魔化した。
――終わった みたい
トゥーラの言葉に、カイルは花園を振り返った。
エルネストとアードゥルがこちらに向かってきた。花園の中にウールヴェは二人を見送るように立っていた。
カイルは中座すると、二人に駆けよった。
アードゥルの目は少し赤かったが、カイルは見なかったことにした。
「話はもういいの?」
「十分だ」
エルネストが答えたが、なぜだかカイルの顔をじっと見てきた。
「え?何?」
「なんでもない」
と、いいつつ、エルネストの視線はカイルに固定されていた。アードゥルも同様だった。
初代の二人はカイルを観察するようにじっと見つめていた。
カイルは居心地の悪さを感じた。
「な、何かな?」
「なんでもない」
「いや、なんで僕をそんなに見るの?」
「なんでもない」
答えるのはエルネストで、アードゥルの方は無言のまま、手を伸ばしてきた。
「?!?!!」
アードゥルはカイルの頭を、包帯をしたまだ痛々しい右手でわしゃわしゃと髪を乱すように
「?!?!」
まったく意味不明の行動にカイルは困惑した。アードゥルのカイルの頭を撫でる動作は止まらない。
「アードゥル、ウールヴェじゃないんだから、それぐらいにしておきたまえ」
見かねたエルネストの言葉に、アードゥルはようやく手をとめ、カイルを解放した。
ウールヴェ扱いされた?!!!?
「ロニオスにいいように利用されているお前が気の毒になった」
アードゥルは低い声でぼそりと言った。
「………………は?」
「
「え?どういう風のふきまわし?」
「気にするな」
「いや、すごく気になるよ。嬉しいけど、ホント?」
「ああ、
不吉なニュアンスだったが、カイルは笑った。
「ありがとう。僕、ちょっとリードと話を――」
花畑を振り返ったカイルは目を
肝心のウールヴェは姿を消していた。初代との話が終わったら、カイルとの対話の時間をとるという約束だったにもかかわらずである。
「あ〜〜〜っっ!!また逃げやがったっっ!!」
カイルの絶叫にエルネストが解説する。
「あの人は昔からズルいんだ」
「ズルいな」
「人をこき使うことは、天才的にうまい」
「そうだな。巻き込むこともうまい」
「しかも行動が読めない」
「まったくだ」
「しかも
「絶対に逃げられない」
後半に変な内容が混じった。
「「あきらめろ」」
――何を?
それをエルネスト達に確認することは恐怖に近く、カイルはついに聞けなかった。
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