第18話 閑話:ディム・トゥーラ

『うん、そんな感じだ。その状態を維持したまえ』

『視野を確保できない。何も見えないんだが――』

『それは私の方でブロックしているからだ。わざと見せてない。視野情報は応用に近い』


――あいつは規格外すぎる!


 専門外とはいえ、カイル・リードとの能力差にディム・トゥーラは敗北感を味わった。


 ディム・トゥーラは、ウールヴェのリードを指導者として連日同調訓練をしていた。

 エトゥール王との同調状態での面会では、その後の筆舌ひつぜつしがたい反動に悪態をついていたはずなのに、翌日からは基礎訓練を開始していた。それから一日も鍛錬たんれんをかかさない。


 どんだけツンデレな努力家だ、と指導者であるウールヴェが内心突っ込んでいる事実をディム・トゥーラは知らない。


『君は少し頭が硬いからなぁ。認知にんちが障害になっているぞ』


 ディム・トゥーラの思念に指導教官が面白そうに感想を述べる。


『なんだって?』

『同調は難易度が高い、高等技術だ――そういう認知にんちが邪魔している』

『その通りじゃないか』

『本当にそうだろうか?君にとって精神感応テレパシーは特別な能力かね?』

『……いや』

『一般人にとっては、特別な能力、難易度が高い、高等技術――ほら、同じ認知が起こっている』

『――』

『本来、人間はオールマイティなんだよ。制限をかけているのは人間側だ。だからこう思うべきなんだ「なんだ、簡単じゃないか」』

『認知しだいで、オールマイティになれるとでも?』

『もちろん』

『それは危険じゃないのか?』

『どういう意味で?』


 リードが突っ込んできた。


『周囲を危険に巻き込む?自分の生命の危険?それとも――要注意人物として中央セントラルに監視されることかね?』

『リード!』

『こういう会話が危険思想の一種だと思うことも、り込みの一種だ』


 リードが肩をすくめたような気配があった。

 ディム・トゥーラは考えこんだ。

 全能力制御はカイル・リードを補助する上でいいかもしれない。切り札は多いほどいいのだ。


『その点、カイルは自由だね。野生のウールヴェを同調して制御するなんて、発想は普通はわかない』

『………………なんの話だ?』

『カイルが野生のウールヴェに同調して、四つ目を蹴散けちらした件だ』

『なんだってぇぇ??!!?』


 同調が切れた。





 頭痛。吐気はきけ目眩めまい。呼吸障害。

 いつもの反動にディム・トゥーラはリクライニング・シートにぐったりと身体を沈めた。


「……あいつは、これにどうやって耐えていたんだ……マゾめ……」


『訓練期間の差だな。ちなみに素体そたいが死んだ時の衝撃はこんなものじゃない』


「カイルは、ちょっと痛いくらいだ、と言ってたぞ?!」


『ちょっとどころじゃないんだが――』


 リードは困惑する。


「……ヤツは真性のマゾか?」


『そんなことは、ないと思うのだが……』


 リードの発言は、自信の色が失われた。


『ところで、ディム・トゥーラ。その欠点は矯正きょうせいするべきだ』


「欠点?」


『君は冷静沈着なのに、カイルがらみの事案に動揺しすぎる』


「仕方ないだろうっ?!四つ目の爪と牙は猛毒なんだぞ?!蹴散らしたら毒を受けるし、素体の衝撃は同調者に行くじゃないかっ!!」


『まあ、そうなんだが』


「だいたいいつの話だっ?!腹を刺される前か、あとか?!」


『アードゥルに初めてあった時だから、かなり前だ』


 ちっ、とディム・トゥーラは舌打ちした。


「俺と再コンタクトがとれる前か。しかもアードゥルがらみだと?」


『ああ、しまった……君のアードゥルへの点数が辛くなる』


「あいつは、とっくの昔にマイナス評価だ」


『うん、そんな気はしてた……』


 リードは落胆したように、短い吐息をついた。


「貴方はアードゥルに甘すぎる。俺は初代だからといって、遠慮しない。ところで、この反動はもう少しなんとかならないか?チップの消耗が激しすぎる」


『慣れだよ、慣れ。数をこなすしかない』


 ウールヴェは長い尻尾しっぽを優雅に振った。


『昔から言うじゃないか』


「なんて?」


心頭滅却しんとうめっきゃくすれば火もまた涼しい』


 全然参考にならなかった。

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