第16話 月虹⑤

「え?は?その人物ってクレイ団長のことなの?」


 豪快で実直そうな大男である第一兵団長のヤンチャな過去話にカイルは驚いた。しかもメレ・エトゥールとの出会いの仕方が東国イストレの暗殺者であったアッシュの経緯にどこか酷似こくじしていた。

 襲撃者を部下にするのはセオディア・メレ・エトゥールの趣味しゅみだろうか?


「詳しくは本人に聞けばよい」


 メレ・エトゥールはしれっと暴露ばくろ話の追求をかわした。

 エトゥール王とその妹が忠誠心の高い協力者で周囲を固めることができているのは、セオディア・メレ・エトゥールが持つ人の本質を見抜く才能に起因するのではないだろうか、とカイルは思った。


 カイルが何か言う前に、再び赤い鷹がエトゥールの執務室内に出現した。

 精霊鷹はアドリーと同じように執務室の長椅子の背もたれを止まり木にして舞い降りると羽根を広げて自己主張をした。

 メレ・エトゥールが人払いをしてなければ、目撃者が興奮して吹聴しそうなエトゥールの吉兆きっちょうのシンボルの降臨だった。

 同調飛行に協力するという意味なのは間違いなかった。


 その出現に、カイルの側に控えるトゥーラがなんだか面白くなさそうな顔をした。

 精霊鷹は逆にウールヴェに対して勝ち誇ったような顔をした。

 一羽と一匹の間に火花が散った。


――僕も 翼が 欲しい


「お前は今のままで、十分だよ」


 カイルの言葉にトゥーラは気をよくしたようで、ふふんと鼻を高くして精霊鷹を挑発した。


「君達、仲良くね」


 低次元な争いが勃発ぼっぱつしそうな気配に、カイルは釘をさした。


「まるで初代の大失態だいしったいを世界の番人が尻拭しりぬぐいしているようだ。ずいぶんと協力的だなぁ」


 カイルはぼやいた。


「ありがたいことだ」

「このままここから飛んでいい?」

「もちろん」

「何かあればトゥーラが騒ぐから、その時は起こして」

「わかった。だが、無理はしなくていい」


 カイルは執務室の長椅子を借りて横たわり、すぐに意識を落とした。赤い鷹はしばらくしてから小さく鳴いた。

 メレ・エトゥールは心得たように左手に籠手こてをはめ、精霊鷹を手首に乗せ、窓際に向かう。セオディアは窓を大きく開けた。

 それから少しだけ楽しそうに手元の赤い鷹に笑いかけた。


「思いっきり目立ってこい」


『ちょっ――!!』


 カイルが抗議するより早く、精霊鷹はエトゥール王の要望に応じて、その身体に虹色の光輪こうりんをまといながら夜の王都上空に羽ばたいた。


『待ってっ!目立つのやめてっ!ひそやかに飛んでっ!!』


 カイルの要望は完全に無視された。





 前代未聞の大嵐が大陸全土に及び、はじまりと同様に唐突に終わった。

 吹き戻しの強い風が雲を流し、夜には満月が見ることができるほど回復したことに、王都の民はほっとしていた。

 嵐の余韻よいんとして空気中の残された多くの水分は、一つの稀有けうな気象現象を引き起こした。


 月虹である。


 満月の光が、大気中の水分により反射し、屈折して淡い神秘的な虹を生み出し、人々を驚かせた。


 これを見た者には「幸せが訪れる」「精霊が祝福を与えに訪れる」と言われている夜の大気光学現象に誰もが夜空を見上げた。

 災害のあとの奇跡は、最近の妹姫の婚約の儀の祝福を思い出させた。


 そこへ、もう一つの奇跡が起こった。


 赤い精霊鷹が虹色の光輪こうりんを抱き、エトゥール城から出現したのだ。夜だというのに、はっきりと姿が視認できた。

 しかも虹色のオーラに包まれているのだ。

 

 エトゥールの王都上空をゆっくりと旋回し、精霊鷹が飛んだ。


 誰かがひざまずき祈り始めた。

 それに追従する者が現れた。皆が夜の街路にひざまずいた。

 夜空の満月が生み出した虹と、精霊鷹が描く虹色の軌跡が美しく幻想的な世界を広げていた。この景色を目撃できたことこそ、僥倖ぎょうこうに違いない。誰もがそう思った。


 王都の民は目に見えない精霊の神恩しんおんに感謝し、明日の恵みを祈った。





『いや、だから、お願いっ!目立ちたくないんだってば!』


 同調者の懇願に赤い鷹はトボケるように首を傾げ、エトゥール王に命じられた調査をするために、北へと進路を変え夜の世界を飛び続けた。




 カイルの作成したエトゥール国内の被害地図は早急な支援を行う役に立った。


 セオディア・メレ・エトゥールは各領主にその被害状況を克明に解説した書簡しょかんを自らのウールヴェに持たせて使者として飛ばした。

 メレ・エトゥールはウールヴェを複数使役しえきしており、どのウールヴェも急成長を遂げていた。


 外見はひょうのようなウールヴェで、魔獣まじゅうである黒い四つ目と対極をなす、毛衣が純白で青白い斑紋があった。瞳は王族と同じ翠色だった。

 エトゥール王の使役しているウールヴェは、どれも首からエトゥールの紋章のついた鎖を、使者の証としてかけていた。


 被害が甚大だった領主達は、エトゥール王の緊急の書簡とウールヴェの使者に驚いた。

 彼等ですら把握はあくできていない被害の全容をエトゥール王は指摘していた。精霊の姫巫女の先見か、賢者メレ・アイフェスの知恵かは、彼等には判断がつきかねた。


 半信半疑に現地に調査のための役人を送り出すと、書簡の内容は真実であることが証明された。そのおかげで迅速な災害対応がなされた。



 だが、書簡の内容はそれだけではなかった。



 今回の災害により3年ほど地方税を免除するむね、また数年後に今回以上の大災害が起こるので、免除された税金で備蓄に備えよという衝撃的しょうげきてきな命令が記載されていた。


 エトゥールの地方領主の対応は二分に別れた。

 妹姫の先見の能力を信じ、セオディア・メレ・エトゥールの指示に従い、来るべき災厄に備えて、領地内の備蓄を始めた地方と、王の命令を一蹴し税の免除を幸いと私腹を肥やした地方だった。


 セオディアは、商業ギルドを通じて物資の流通量を把握していた。小麦、大麦、日持ちする穀物の流通が増えた地方と、宝石や美術品などの流通が増えた地方とその差は明白だった。


 カイル達の予想解析では、備えを怠った地方領主達の領地は相当悲惨なことになるはずだった。





「自業自得だな」


 セオディア・メレ・エトゥールは言った。

 カイルと二人でエトゥールの地図に地方の対応を書き込んでいく。備蓄を怠った地方領主の範囲は、赤い色インクで染めた。

 病変の細胞染色判定に似ている、とカイルは思った。その病変がエトゥールをむしばむ前に対応が必要なのは明白だった。


「その地方は切るつもり?」

「地方領主が民に首を狩られたあとにでも、民を支援しよう。商業ギルドを通じて、噂を流し、領民の自主的な備蓄を促すしかない」

「なるほど」

「だいたいその時には王都は機能していない。初代による穀物の高速培養は期待していいのだろうな?」

「まだアードゥルが療養中で動けないけど、エルネストが対応してくれるよ」

「真面目な地方領主は詳細を聞きたいと謁見えっけんを申し込んできた」

「貴重な協力者だね」

「多少は、そちらに王都の人間を流せるだろう。エトゥール消滅区域は半径200キロの想定でいいか?」

「詳しい数値はディム・トゥーラがステーションに戻ってからになるけど、それぐらいだと思う」

「すてーしょん、とやらは、なんでもわかるところなんだな」

「わかるよ。今回の被害調査も観測ステーションがあれば、すぐに解析できたんだろうなあ」

「ふむ……」


 セオディア・メレ・エトゥールは何やら考えこんでいた。


「メレ・エトゥール?」

「まあ、よい。そうそう、に、この地方のどれがいいか、聞いておいてくれ」

「はい?」


 セオディア・メレ・エトゥールは赤く塗られた地図のいくつかの地方領地を指さした。


「意味がよく――」

「大災厄後、地方領主の首が飛んだら後継者が必要だろう。隠し子といえども、正式な血筋として土地を与えるのはよくあることだ」

「…………災害後の復旧に駆り出すつもり?」

「もちろん」


 セオディア・メレ・エトゥールはわらった。


「500年前の滞在の未払い賃料を取り立てて何が悪い?」


 初代達は相当こき使われるだろうという予感がした。カイルは懸命にも黙認した。飛び火の回避は必須だった。


「ところで、メレ・エトゥール」

「なんだろうか?」

「いつのまに、ウールヴェの数を増やしたの?」

「シルビア嬢からのリクエストだ」

「はい?」

「私が何匹使役しえきできるか、実験している」

「――何匹なの?」

「10匹超えたところで、数えるのをやめた。正確な数はシルビア嬢が記録しているから、彼女に聞くといい」

「――」



 隠れた規格外が存在していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る