第15話 月虹④

 アドリーに残っていたファーレンシアはよくやっていてくれた。カイルは伴侶はんりょの行動に深く感謝をした。


 西の地と国境を接しているアドリーは、今回の現場である東国イストレ領域の海からかなりの遠方にあったにもかかわらず、突然の嵐で、木造の家屋かおくの倒壊などがあったらしい。

 アドリーの領地の被害を確認を指示したファーレンシアは、領主の不在を完璧にカバーしていた。



「ご無事で何よりです」

「ファーレンシアも怪我けがはない?」

「はい、おかげさまで」

「全ていい方向に向かっているよ」


 ファーレンシアはカイルの言葉に状況を察し、ほっとしたように、彼を強く抱きしめた。

 二人はしばしお互いをいたわった。



 専属護衛とマリカ以外の事情の知らぬ者は、嵐で足止めを食ったに違いない領主の早い帰還に驚き、喜んだ。

 カイルはファーレンシアにそのまま対応をまかせ、ミナリオとともに執務室にこもると、ミナリオに言った。


「ちょっと上空から被害の様子を見てくるよ。身体に異変が起きたら僕に遮蔽しゃへいをかけて」

「はい」


 カイルが長椅子に寝転ぶより早く、赤い精霊鷹がいきなり出現した。

 長椅子の背に止まると、翼を大きく広げて、「さあ、使え」とばかりに自己主張した。

 世界の番人の配慮かもしれない。それは非常にありがたかった。


「ありがとう」


 精霊鷹に礼を言うと、カイルは長椅子に横たわり同調を始めた。


 カイルの意識が乗った赤い鷹を、ミナリオは腕にのせ、窓を開け放ち、空中に放った。

 精霊鷹は強く羽ばたき、夕暮れの迫るアドリーの上空を飛んだ。





 歓声があがる。

 突然の嵐がもたらした被害の片づけに追われていたアドリーの城下民は、白光の輝きに包まれたエトゥールの吉兆きっちょうのシンボルが領主のやかたの方角から出現したことを目撃した。


「精霊鷹だっ!」

「精霊鷹が飛んでいるぞっ!」


 誰もが作業の手をとめ、空を降り仰いだ。

 王都で幾度も出現したという噂は辺境にも届いていた。

 その吉兆のシンボルがアドリーの上空を優雅に滑空かっくうしているのだ。


 赤い鷹は祝福をするかのように、アドリーの城砦じょうさいの上を3回旋回した。

 歓声が再びあがる。


 突然の嵐の被害を恨み、不平不満を唱えていた城民の心理は見事なほど書き換えられた。

 あれだけの嵐だったのに、死者もでなかったのだ。

 アドリーの被害はまだ軽いに違いない。精霊の加護があったのだから。

 しかも、これを見越したかのように、新しい領主は商人を誘致し、西の地からの木材などの販路を確保している。エトゥールの姫巫女の先見の恩恵おんけいではないだろうか?

 精霊と新しい領主の恩恵に感謝し、城民は目撃した精霊鷹について語りあいながら、修繕の作業を再開するのだった。





 カイルは夕闇の迫る空を飛んだ。


『えっと……その身体を発光させるのは、必要かな?』


 カイルの突っ込みに精霊鷹は短く鳴いて、いる、と主張した。

 いや、いらないよっ!とカイルは心の中で反論したが、素体として身体を拝借している立場のため、謙虚けんきょに黙った。


 倒木や道の寸断、豪雨による浸水被害を確認しながらカイルは飛んだ。

 行く先々で歓声が上がるのをカイルは感知した。



――目立つ。目立つ。ヤバいほど目立っているっ!!!



 吉兆のシンボルが発光しながら、宵闇よいやみの空を飛んでいる。これ以上、目立つシチュエーションはないのではないだろうか?


『まさか世界の番人に何か命じられていないよね……』


 精霊鷹は今度は何の反応もしなかった。聞こえないふりをしている気配がした。


――ちょっと待てっ!!!


 つべこべ言わず被害を確認しろと、精霊鷹は鳴いた。

 カイルは溜息ためいきをついた。

 セオディア・メレ・エトゥールの前に出頭した時の説教ネタが、すごい勢いで加算されているのではないだろうか。


 カイルは諦めて被害調査を続行した。




 カイルはアドリーとそこに隣接する直轄地ちょっかつちを飛行して被害状況を確認すると、同調をやめアドリーの肉体に戻った。


 起きると所持している地図に克明こくめいな被害状況を書き込み、短い手紙とともにセオディア・メレ・エトゥールに送った。トゥーラを使者とした瞬間移動宅配便である。


 その間にアドリー内の被害に特化した地図を書き上げ、アドリーの関係者を集め指示した。

 飲み水の樽や当座の食糧、資材を馬車にのせ、暇を持て余していた国境警備の兵団員と商人を各地に送り出した。

 意外に人選は上手くいった。

 被害のあった村出身の兵団員は積極的に名乗り出て、故郷に物資を送る協力者になったのは当然のことだった。


 大災厄は想定していたが、このような自然災害――今回は初代がもたらした人工災害だったが――に対しての備えに弱いことに、カイルは気づいた。


 いくつかの問題の一つは連絡手段である。アドリーとエトゥール間の専任の伝令はいても、多数の村とアドリーの連絡は徒歩か馬による使者になる。

 

 村や街に伝達用のウールヴェが配置できればいいんだけど……。


 カイルが頭を悩ませていると、トゥーラが戻ってきた。


――ただいま


「お帰り」


――めれ・えとぅーる 感謝してたよ


「本当かい?」


――うん


 カイルはほっとした。未来の義兄のご機嫌取りはできたようだった。


――でも これと それは 話が 別だって


 カイルはギクリとした。


――ちょっと ツラを かせ だって


 エトゥール王のチンピラ風な伝言に、カイルは彼のお忍びの年季ねんきと用意されている説教タイムの存在を感じた。






「大災厄の前に災厄さいやくを起こしてどうする」

「おっしゃる通りで……」


 カイルの事情説明にセオディア・メレ・エトゥールは当然の突っ込みをし、カイルは深く頭を下げて詫びた。

 この件はエルネストとアードゥルの貸しとしておこう、とカイルは心に刻んだ。


「アードゥルの手配は解除とする。アドリーからの恩赦おんしゃの嘆願として」

「僕の?」

「そうするしかあるまい。四ツ目使いの初代を指名手配犯として兵団と衝突しょうとつさせたくはないだろう。もう一つ確認したいことがある」

「なんだろう」

「メレ・アイフェスが突然現れ、城に元アドリー辺境伯の隠し子を連れ込んだあげく、再び忽然こつぜんと姿を消した件だ」

「あ……」


 そんなことを口走ったような気がする。


「隠し子とは、エルネスト・ルフテール自身か?」

「うん」

「本人が若返った?」

「そう」

「メレ・アイフェスの技術わざか?」

「いや、世界の番人の干渉かんしょう


 メレ・エトゥールは深い溜息をついた。


「シルビア嬢が東国イストレの騒動の前に治療ちりょうしたことは、報告にあがっていたが、若返った件ははじめてきいたぞ?」

「そんなに重要だと思わなかったから」

「何が重要か重要でないか、あとでゆっくり話し合いをしよう」

「説教タイム?」

「そうとも言う」

「でも、『あとで』?」


 セオディア・メレ・エトゥールはカイルが作った南の直轄地ちょっかつちの被害報告地図を指で示した。


「今から北の被害地図を作成してくれれば、不問にしよう」


 相変わらずの交渉の巧さにカイルは絶句し、白旗しろはたをあげた。


「……飛ぶよ。飛びます。喜んで飛ばせていただきます」


 カイルの返答にメレ・エトゥールは小さく笑った。


「最初から、そのつもりで『ツラを貸せ?』」

「もちろん」

「どこでそんな言葉を覚えたの?」

「一番最初のお忍びで、絡んできた人物の台詞だ」

「……その人は、どうなったの?」

「返り討ちにして、やや長めの話し合いをした。彼から裏社会の仕組みや俗語ぞくごを教わった。今ではよき友で協力者だ」

「へえ」

「今、第一兵団長をやっている」

「……………………はい?」


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