第14話 月虹③

「貴方と歌姫がいれば、大丈夫だよ」


 カイルが静かに言った。


「ミオラスはわかるが、なぜ私が?」

「だって、アードゥルは貴方の説得を聞き入れたじゃないか」

「なんだって」

「落下の最中の貴方の言葉が届いている。シルビア、アードゥルと一緒に歌姫も診た方がいい」

「ミオラス様を?」

「あの現場を見ていた気配がする。覚醒かくせいして能力が増大しているかもしれない。養い子と専属護衛の前例もある。シルビアと支援追跡者バックアップの出番だと思う。事情を説明して基礎訓練を始めた方がいい」


 二人は顔を見あわせて、視線を交わした。


「お願いできるか?」

「もちろんです。カイルはどうします?」

「一度、アドリーとエトゥールに戻るよ。ファーレンシアを安心させたいし、メレ・エトゥールの説教が待っている」

「説教?」

「今までの経験から行くと、説教のパターンだと思うけど、僕間違ってる?」







 宇宙空間を進むシャトルの中で、一人と一匹はぐったりとベッドに伏せっていた。


「だから口車に乗せられない方がいい、って私は警告したでしょ?この人ロニオスは昔から極悪非道ごくあくひどうなのよ」


 ジェニ・ロウは見下ろして、告げた。


「……それ……もう少し……具体的に……事前警告して……ください」


 極度の疲労、頭痛、吐き気、筋肉痛、打撲と急激に体内チップを消費したディム・トゥーラは、しゃがれた声で力なく抗議した。同調の反動は前回よりひどかった。

 ジェニ・ロウは、首を傾げた。


「あら警告したら、貴方、同調をやめた?」

「……………………」


『……私もちゃんと警告した。私の極悪非道ぶりはこんなものじゃない、と』


 突っ伏した白い獣のつぶやきに、思わず上半身をあげ、ディム・トゥーラは突っ込んだ。


「貴方が言うなっ!」


 ディム・トゥーラはそれから激しく咳込み、眩暈のため再びベッドに倒れ込んだ。


「貴方、カイル至上主義をこの人につけ込まれているわよ?」

「……別に俺は……カイル至上主義じゃ……ありません」

「………………」


『………………』


 ウールヴェとジェニ・ロウは、そろってディム・トゥーラの上司を見た。


「彼の性格は、私の管理する範疇はんちゅうではない」


 エド・ロウはキッパリと宣言した。


『カイル至上主義じゃないにしても、彼に弱いことは確かだ。彼はカイルに追求される前に勝手に同調を切って逃亡した。私は人身御供ひとみごくうだ』


「あらあら」


『報復として、初対面の頃のディム・トゥーラの努力を暴露ばくろしておいた』


「〜〜〜〜っ!!!!」


 ディム・トゥーラは目をむいたが、隣に横たわるウールヴェを殴る気力は取り戻してなかった。


「こういうのも、この人の極悪非道ぶりの一例だけど、解説いる?」

「……俺には……初代全員が……極悪非道連合所属に……思えます」

「あら、ねちゃった。私は彼等と一緒にされたくないわね。ちょっと別枠を設けてくれないかしら?」

「ディム・トゥーラ、君はよくやった。リードも無事だし、アードゥルも救った。君が同調して同行してなければ、どうなっていたか――」


 エド・ロウはディム・トゥーラにねぎらいの声をかける。


だまされるな。エド・アシュルは古狸ふるだぬきだ。君に何かさせるつもりだ』


「失礼な」

「まあ、そういうところは確かにあるわ」

「ジェニ、どうして夫の評判を落とす?」

「未だにイーレが地上に降りたことを黙っていた遺恨いこんがあるからよ」


 ジェニは夫を見つめた。先に視線を逸らしたのはエドだった。


「ディム・トゥーラ、本当に貴方はよくやってくれたわ。だからね、ご褒美ほうびがあるの」

「……裏のあるご褒美ほうびですか?」

「ちょっと、ロニオス。どうしてくれるの。貴方のせいでディム・トゥーラがひねてしまったわ」


『大丈夫。彼は基本ツンデレ属性だ』


 ディム・トゥーラは隣に横たわるウールヴェをった。


「……どうして、彼がリーダーなんですか?」

「つまりは、我々も若い時代があったということだよ」


 感慨深げにエド・ロウが頷いて見せた。


「でね、裏のないご褒美ほうびの話だけど」

「……なんです?」

「観測ステーションの手続きが終わったの。


 ディム・トゥーラは跳ね起きた。


「いつ戻れるんですか?!」


 頭痛と吐き気は吹き飛んだ。

 むしろ興奮状態をいさめるように体内チップが消費されていることをディム・トゥーラは感じた。

 観測ステーションに戻れば、カイルの支援追跡バックアップを再開でき、効率は格段に変わる。何よりも恒星間天体に関する最終準備に入れるのだ。

 それは地上に降りたメンバーの生存率を変えるはずだった。


「もう、向かっているわ。先行して再起動のためメンテナンス要員がステーション行ってるのよ。我々のシャトルは、途中で人員を拾いながら、補給しつつ移動中ってところね」

「人員?」

「観測ステーションを再起動、維持管理するには、それなりの人数と時間が必要よ」

「それは、理解していますが、今回の目的に沿う人選なんでしょうね。我々の行動を妨害されては困ります」

「もちろん」

「どうやって集めたんですか?」

「大部分は、私達の世代ね」

「私達の世代?」

「大災厄に関して、無関心な研究員ばかりじゃなかったのよ?ロニオスみたいに地上の影響を受けた人間は多数いたわ。ただ残留しなかっただけ。月日が立ち、大災厄が近づいたから、一人一人に尋ねてみたのよ。想像した以上に集まったわよ」

「――」

「ロニオスやエレンのような自己犠牲ほど熱意はなくても、滅びる文明を弄んだ罪悪感を持ち続けた人は、簡単に口説けたわ」

「罪悪感……」

「他にどう表現したらいいかしらね?私達なら回避できる技能を持ちながら、他人事ひとごとに扱う、もしくは見殺しにする後ろめたさ――ってものを。もっともほとんどの人は、過去の実験地、無関係、無関心、自分の生活を優先させたわ」

「それが当然でしょう」


 ジェニ・ロウは、ふっと笑った。


「本当にそれは当然かしら?では、貴方はなぜ将来を棒に振ってまで奔走ほんそうするの?ずいぶん物好きだわ。地上に降りたカイル・リードのためだけではないわね?もちろん彼が理由の大半を占めているにしても」


 鋭い指摘にディム・トゥーラは、少し視線をらした。


「……少し、地上の子供と関わりました」

「それで?」

「……父親を亡くし、治安の悪い状況だったので、イーレが保護を命じました」

「イーレらしいわね」


 ジェニは微笑ほほえんだ。


「結果的にサイラスが養い子にし、大災厄時はその子をステーションにあげて避難させるつもりでした。その子は、関わった俺を、精霊と信じて疑わなかった。サイラスがかりをしている間、俺が観測ステーションから保護していました。その子は俺にいろいろ語ったんです。死んだ父親のこと、日々の生活のこと、サイラスとの旅が楽しいこと――俺はいたたまれなくなった」

「なぜ?」

「イーレの助言がなければ、俺はかかわることをしなかったからです。彼女は多分、殺されるか奴隷市場に流されていたでしょう」

「なるほど」


『自分の感性が偏向へんこうもしくは欠落けつらくしていることに気づいたのだろう?』


 ウールヴェが寝そべったまま、言った。


『君はそれを経験した』


「……そうかもしれない」


『地上の民は短命とはいえ、我々より遥かにタフで生命力バイタリティに満ち溢れている。そこが彼等の魅力だ。中央セントラルの接触禁止の根底はそこにある』


「なんだって?」


『地上は我々に失いつつある情というものを、かせるからだ。肩入れして、法規違反まで犯すカイル・リードのようなものまででる』


「最たる代表は、貴方でしょう?」


 ジェニ・ロウがすかさず突っ込む。


『違いない。自分でもびっくりだ』


 あっさりとリードは認めた。


『よくアードゥルが指摘していたが、地上は未成熟で醜悪しゅうあくな面も多々ある。だが、私はそこに可能性を見出した』


「可能性とは?」


『私達を超える進化の可能性だよ』

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