第13話 月虹②

「悪天候に降下できなくなるだろう?」

「あっ、そうか」


 カイルは考えこんだ。


「世界の番人の仕業しわざで間違いないと思う。そう言ってたし、東国イストレでアードゥルと対決したとき、四つ目を一掃してくれた雷撃に酷似こくじしている」

「世界の番人には、そんなことができるのか?」

「したよ。その場にいる人間を避けて、四ツ目だけ正確に倒してくれた」

「――」

「あと一つ問題もあって――」

「問題?」


 カイルは口をつぐんで、部屋の中にいる侍女たちをちらりと見た。

 エルネストはすぐに察して侍女を部屋から下らせた。

 二人と一匹になってから、エルネストは質問を再開した。


「問題とは何だ」

「今もこの会話は世界の番人に聞かれている」

「――」


 疑わし気な視線をエルネストは投げてきた。

 そこへ卓の上にクコの実が落ちてきた。


「!!」

「ほらね?」


 やや、エルネストは顔を引きつらせていた。

 カイルは赤いクコの実をつまみあげた。


「最近、これが世界の番人の肯定の合図」

「――」

「信じる?」

「聞いていることを肯定するのか?」


 赤い実が再び落ちてきた。

 今度はエルネストが指で拾いあげた。


「――否定の場合はどうなるんだ?」

「……嫌な質問をするね」

「いや、当たり前の疑問だろう?」


 カイルは軽く椅子いすから腰を浮かせた。襲撃から回避するために用心は必要だった。


「経験から行くと、固い南瓜かぼちゃかイガのついたくりだよ」

「……それは冗談か?」

「いや、事実だよ」

「証明してみせたまえ」

「そうくるような嫌な予感はしたんだ」


 カイルはうれいに満ちた吐息をついた。

 それからカイルは小さく咳払いをした。


「最近、僕は世界の番人の傾向に気がついたんだけどね?」

「どんな?」

「世界の番人は、ファーレンシアやシルビアなどの女性のおねだりに弱いフェミニストじゃないか、と」



 カイルの頭上に回避不可能な大量の南瓜かぼちゃが降り注いだ。







「実に有意義な実験だった」


 侍女達に大量の南瓜かぼちゃを回収させたあと、エルネストは満足そうに何度も頷いた。用意させた羊皮紙ようひしに何か覚え書きを書き込んでいた。行動が研究員のそれだった。


「全然、有意義じゃない」


 体内チップが頭の痛みを軽減中のカイルは、ムッとしたように反応した。


「君だって、試したのだろう?世界の番人がどんな反応するか?ただ単純に結果を確認するなら、もっと当たりさわりのない話題にすればよかったんだ」

「――」


 エルネストの鋭い指摘にカイルは唇を尖らせた。


「だからこそ面白い。世界の番人は、量子コンピューターのような無機質な応答ではなかったということだ。君の挑発にちゃんと反応した」

「挑発じゃない」

「そうかね?かなりその方向の色が見てとれたが?君も彼への対応を持て余しているんだな」


 図星だった。


「世界の番人が、私と対話した時はウールヴェを介してだったが」

「多数と会話する時はそうだね。僕とは、トゥーラや精霊鷹を介したり、直接頭にきたり――」

「直接?」

精神感応テレパシーをよこすよ」

「――君だけにか?」

「多分」


 エルネストは息をついた。


「まいった。状況を把握するには、情報量が多すぎて処理しかねる。話も飛びすぎるし――」

「僕は未だに混乱しているよ。どの話題からがいい?」


 エルネストはしばらく黙り込み深く考え込んでいた。

 カイルは結論を待った。


「――移動装置ポータルを壊されたあとはどうした?」

「なし崩しにエトゥールに滞在になって、メレ・エトゥールは街を案内してくれた。その時、いちが開かれていたんだ。そこでウールヴェの幼体が売られていた。使役ができるから、試しに飼ってみるといい、とメレ・エトゥールにすすめられて…………」


 カイルは黙ってトゥーラを指さした。


――ライバルが 多くて 大変だった


「なんだって?」


――かいる 大人気


「確かに僕が手をだしたら、腕がウールヴェだらけになった」

「面白い。今度実験してみたいものだ」

「貴方がやればいい。貴方だって精神感応者テレパシストだし、黒いウールヴェを持っているじゃないか」

「私のウールヴェは喋らない」

しゃべるな、と命じたからではなく?」

「なんだ、それは」

「僕が『うるさいから、代表がしゃべって』とうっかり命じたため、ファーレンシアとシルビアのウールヴェがしゃべらなかったということがあった」

「――」


 話の内容に軽く口を開けて、エルネストはカイルを見つめた。


――よくできる 代表


 トゥーラは鼻高々に主張した。

 カイルはやや声をひそめた。

 

「幼体のウールヴェは、幼児並みの判断力だと思う。いや、もしかしたら本能のみで行動しているかも。ファーレンシアは相性のいい子が手のひらに乗るというがこの点はどう思う?」

「それがウールヴェの一般的な買い方だ。私の使役しえきしているウールヴェは、アードゥルと森で拾った。私の一匹を除いて、アードゥルが四つ目化させたがね」


 物騒ぶっそうな話がさらりと出た。


「……どうやって、ウールヴェを四つ目化させるの?」

「知らん。アードゥルに聞いてみるといい」

「トゥーラは、本来ウールヴェは使役しえきが嫌なら姿を消すと言っていた」

「それは正しい。ほとんどの貴族は使役しえきできなかったのを目撃している」

「だが、能力が強いと逃げることはできない、とも」


 エルネストはあっさり頷いた。


「その通りだ。アードゥルがいい例だ」

「世のことわりにはずれることわすると黒くなると言ってた」

「それも正しい。以前言ったように我々は人を殺している。つけ加えるなら我々はその行為を後悔したことはない。君はエトゥールの姫が陵辱りょうじょくされ、惨殺ざんさつされても、相手を許せるのかね?」


 ストレートな問いかけにカイルは視線を落とした。


「僕も同じ道を取ると思う。それは否定しない。貴方達、二人にとって、エレン・アストライアーが全てだった。そうだよね?」

「そうだ」


 エルネストは息をついた。


「この件は当事者を交えて話すべきだ。後日にしよう。ウールヴェについて論じよう。君のウールヴェは特異な成長をしている。なぜだ?」

「トゥーラは特別だと言ってた」

「誰が?」

「リード――ロニオスが」


 カイルは少し離れた場所にいるトゥーラを見つめた。


「僕は周囲に影響を与えてしまう存在で、トゥーラは独自の進化の道を歩んでいると――ロニオスは前例があると言ったが、何か知らないかな?」

「私は知らないが、ロニオスがあると言うならあるのだろう。本人が語らずにけむにまく可能性はある。少なくともこちらの拠点にはデータはなかった」


 エルネストは卓を指でたたいた。


「その手のデータが保存されているのは、エトゥールの地下にある拠点だ。観測ステーションの再開をまつか、単独で拠点にアプローチするか好きな方を選びたまえ」





 エルネストとの情報交換は簡単には終わらなかった。

 最終的には、二人を探しにきたシルビアによって、中断した。


「私は風呂に入ってこいと言っただけで、議論しろ、とは一言も言ってませんが」


 医者の反応は冷ややかだった。

 二人はやや小さくなりながら、シルビアの診察を受けた。

 二人の外傷は、主に落下してきたアードゥルとリードを受け止めたときにできた打撲痕だった。


「アードゥルの具合は?」

「治療は終わりました。今はミオラス様についてもらっています」

「治療は?」


 微妙な言い回しにカイルは気づいた。


「少々、お尋ねしたいのですが、彼はいつから不眠症に?」

「500年前からだな。エレンの事件以来だ」

「そうですか」


 シルビアは吐息をもらした。


心的外傷トラウマを負ったまま、500年放置とは……」

「仕方あるまい。我々に医者などいなかった。最近はマシな方だ」

「ミオラス様に出会ってからですか?」

「そうだ」

「彼には心的治療の方が必要です」

「わかっている。私も常々そう感じている」


 エルネストは認めた。

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