第12話 月虹①

 アードゥルはすぐに治療の準備が整っている彼自身の部屋に運びこまれた。


 待機していたシルビアはミオラスと一緒にすぐにアードゥルの容態を確認した。彼女は両手の指のひどい骨折に顔をしかめた。


「骨折を再生チップで応急処置をしますが、よろしいですか?」


 意識のあるアードゥルに、暗に痛いですよ、という警告をシルビアが発する。


「かまわない」

「シルビア様、私が歌います」

「ああ、その手がありましたね。お願いします」

「待て、それは――」


 アードゥルは慌てたように止めたが、ミオラスは歌いだし、あっというまにアードゥルは寝落ちした。

 付き添っていたカイルは、噂の光景を目撃して驚いた。


「……本当に寝るんだ」

「アードゥル専用の強力睡眠薬だ」

「貴方の時の癒しとは、違うね?」

「あれは世界の番人の干渉があったが、これはアードゥルに特化されている」

「貴方にも効くの?」

「いや、寝落ちはアードゥルの専売特許だ。一度脳波を測定してみたいものだ」

「実験する時は僕も呼んで」

「アードゥルで実験する気か?」

「気になるんでしょ?多分、アードゥルも気にしてるから、きっと協力してくれるよ」


 カイルの能天気な予想に、エルネストは呆れた。


 意識を失ったアードゥルの手にシルビアは再生チップを与えた。 

 変形した指が異音とともに真っ直ぐに繋げられていく。アザと腫れは徐々にひいていった。

 見守っていたカイルの方が青ざめた。


「うわ〜〜っ、痛い痛い、絶対痛い」

「再生チップの治療など、珍しくないだろう?」

「僕、肋骨ろっこつの骨折のとき、麻酔なしでアレをやられた」


 驚いたようにエルネストはカイルを見た。


「……君は痛みに快感を覚えるタイプか?」

「人をマゾ認定するのは、やめて。シルビアが鬼なんだよ」

「……今後、気をつけよう」


 何に?とは、カイルは問わなかった。エルネストがシルビアを見つめていたから答えは明白だった。


「カイル」


 そのシルビアに呼ばれて、カイルは緊張した。


「いったい何があったのですか?」


 シルビアが示したのは、アードゥルの腹部の傷だった。青黒いアザになっており、カイルもエルネストも驚いた。


「……ロニオスがやったのか?」

「だとしたら、正当防衛せいとうぼうえいでしょ。シルビア、僕達も何があったのか、わからない」


 正直にカイルは申告した。


「指の骨折理由は?」

「落下を防止するのに、下方に力場りきばを張った。その衝撃を受けたためと思われる」


 エルネストが代弁した。


「推定速度は?」

「時速200キロ」

「濡れている理由は?」

「海に落ちた」

「わかりました。貴方達は一度、風呂に入ってきてください。貴方達はそれから診療しんりょうします」

「風呂?」

「ずぶ濡れで、砂まみれ。私がやかたの侍女ならば、のちのちの掃除を考えて発狂するレベルです。トゥーラも一緒に洗ってください」


 カイル達はようやくおのれの姿を顧みた。特にトゥーラは砂浜に横たわっていたから砂まみれであることに気づいた。

 シルビアの指摘は、もっともだった。


「エルネスト様、カイル様」


 ミオラスが二人を呼びとめた。


「ありがとうございました」


 現場を知らないはずのミオラスが、深々と頭を下げた。

 まるで二人の奮闘を知っているかのような態度にカイルは不思議に思った。





 やかたの風呂は、質素であったがエトゥール城並の広さがあり、そういう意味で贅沢だった。


「贅沢な広さだね」


 カイルはトゥーラを洗いながら、感想を述べた。

 白い獣は石鹸せっけんの泡まみれだった。だが、嫌がるそぶりはない。


「老人のささやかな贅沢ぜいたくだ」

「でも、使用人や侍女が放置してくれるのは、ありがたい」


 カイルのつぶやきにエルネストは大笑いをした。


「さては、エトゥール城の侍女にかれたな」

「なんでわかるの?!」

「貴族ならそういう世話が当たり前だからだ。私もアドリーの頃は、侍女の世話を受けていた」

「なんだって?!」

「現地の貴族に擬態ぎたいするなら必要なことだ」


 湯船に浸かったエルネストは肩をすくめてみせた。

 カイルは首を振った。

 湯でトゥーラの身体を洗い流しながら、カイルは言った。


「僕はあのセクハラに耐えられない」


 再びエルネストは笑った。


「ところで、ロニオスとはどうやって出会ったんだ」

「話せば長いんだけど――僕が薬で熟睡じゅくすいしている時に、ディム・トゥーラと夢であったんだ。最初は夢だと思ってた。2回目はアードゥルに腹を刺されて治療中の熟睡じゅくすいだった。3回目はシルビアに薬を処方してもらっての確認実験に近かった」

「ほう」

「長距離でも連絡が取れることはわかったけど、この手段の難点は、薬に依存することと、こちら側で一週間以上寝たきりになることだったんだ。たかだか1時間の接触で非効率だった」

「興味深い。時差が生じるのか」

「うん。で、その時、トゥーラが勝手にあっちに行っちゃったの」

「――」


 ここは齟齬そごがあっては、ならない。そう感じて、エルネストは湯船ゆぶねからカイルと白い獣を見つめた。


「……あっちとは?」

「ディム・トゥーラのいるシャトルに」

「……………………」


 エルネストは困惑して、れた前髪をかきあげた。


「信じられないでしょ?」


 カイルはエルネストの反応に理解を示した。


「…………どうやって?」

「僕とディムの対話に同行したあと、ディムの方についていったみたいな感じ?」

「そんな散歩していた犬が他人についていきましたみたいな表現は――」


――犬じゃない


「……………………」

「……………………」

「僕のウールヴェは、犬扱いされるのを極端きょくたんに嫌がる」

「……………………」


――犬じゃない とっても大事


「発言に気をつけよう」


 エルネストは会話が停滞するのを恐れて、早々に白旗しろはたをあげた。


「なぜ、君のウールヴェは勝手に行動したんだね?」


――しるびあが チップを 欲しがったから


 本人ウールヴェが答えた。


「あの医者が?」


――しるびあ 貴方とか いっぱい 人を治療して 悩んでいたよ チップの 消費が 激しくて 在庫が つきることを


「……知らなかった……」

「どうして君が知らないんだ」

「いや、シルビアがそんなことを悩んでいたとは一言も……」

「君が知らないことを、なぜ君のウールヴェが知っているんだ?」

「……ごもっともな指摘してきです」


 エルネストとカイルはそろって、ウールヴェを見た。


――しるびあの から きいた


「シルビアの?」


――うーるゔぇ


「あ、なるほど。情報交換したんだ」


 カイルは納得したが、それで終わらなかった。

 エルネストは無言で湯船から上がると、カイルの腕をつかんで入口に向かって連行した。


「えっ?」

「このままだと、のぼせる。続きは別の場所で」

「えっ、待って、僕も湯船につかりたい」

「いくらでも、あとで浸かればいい」

「もしもし?」


 カイルは風呂を堪能たんのうする時間を失った。




 

 エルネストから長衣ローブを借りて、カイルは研究員服の上から羽織った。

 トゥーラは館の侍女に添毛織物タオルで拭かれている。


 エルネストは、すでに着替えをおえて、カイルが卓につくのを待っていた。

 カイルに対面に座るように示す。

 カイルは素直に従った。


「いろいろ確認したい。まず君とウールヴェのめだ。あのウールヴェを手にいれたのは?」

「エトゥールの戦争が終わってからすぐぐらいかな。僕とシルビアは移動装置ポータルが壊されて――」

「ちょっと待て。移動装置ポータルが壊されたってなんだ」

「なんだと言われても……そのまんま」

「……………………」

「……………………」


 カイルは簡単に移動装置ポータル破壊の経緯を語った。

 観測ステーションから世界の番人に拉致らちされて地上滞在を余儀よぎなくされたこと。戦争終結の「聖堂の奇跡」時点で初めて観測ステーションと連絡がとれたこと。カイルの所在地である確定座標を使ってシルビアが移動装置ポータルで降下してきたこと。そしてその3日後に観測ステーションに帰ろうとした寸前に移動装置ポータルが破壊されたことを。


「落雷だと?」

「うん」

「落雷ごときで移動装置ポータルは破壊されない」

「そうなの?」

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