第11話 狂飆⑦

 アードゥルは全ての力を使い果たしたかのように、ウールヴェをソファー代わりにして、身体を沈み込ませていた。

 折れた指が痛々しいが、あの落下速度に対して、力場りきばを作れば、当然の結果とも言えた。


 ウールヴェのトゥーラは、嫌がることなくアードゥルの身体を受け止めていた。過去の敵対関係を考えれば破格の扱いだ、とエルネストは思った。

 ウールヴェの目と目が合った。


「………………」


――………………


 気まずい沈黙に、先に根負けしたのはエルネストだった。


「矢を射かけてすまなかった」


――許す


 あっさりとウールヴェは過去の蛮行ばんこうを許した。


「許してくれるとは、ずいぶん心が広い」


――僕に ナイフを つきつけた 歌姫を 許したのだから えるねすとを 許さないのは 不平等


「不平等という言葉を知っているのか」


――平等では ないこと


「ほう」


――でも えるねすとを 許す理由は まだ あるよ


――歌姫が 望むから


「なんだって?」


――歌姫は あーどぅる と えるねすと が大事


――世界を 与えてくれた 人達


――かけがえのない 存在


――僕は 歌姫が 大好きなんだ


「………………アードゥルはカイルを害したが」


――姫も 言ってた でしょ?


――本人が 許していることだよ


――だから 許す


 ウールヴェはチラリと自分の主人を見つめた。

 カイルはウールヴェ姿のロニオスと何事か話し合っていた。遠目から見ても、けむに巻かれているのは確かだった。


――あ 逃げられた


 ウールヴェが姿を消し、カイルが虚空こくうに向かって悪態あくたいをついていた。

 やがて、がっくりと肩を落として、とぼとぼと砂浜をエルネスト達の方に歩いてきた。


「アードゥルは?」

「怪我をしているが、おおむね無事だ」


 カイルは、ウールヴェにもたれて眠りについているアードゥルの手を見て、顔色を変えた。


「重傷じゃないか!」

「チップを分け与えたし、医者の治療を受ける気になっている。ロニオスはどうした?」

「ディム・トゥーラの元に帰った。彼が心配だと言われたら、僕に止めようがない――けど――」


 カイルは憮然ぶぜんとしていた。


矛盾むじゅんしていない?!心配な状況になる事態になったのは、同行を許したリードにもせきがあるよね?!」

「むろん、逃亡の口実だ」


 腰を下ろしたまま、エルネストは指摘してきした。


「昔から口が達者で、いつの間にか話題をすり替えるのが、名人芸的に上手い。たいていの人間はその誘導にすら気づかないことが多い」

「僕に昔話をしたのは、追求を逸らすためか。あー畜生」

「昔話?」

「なんでもない」

「ロニオスに勝てるのは、ジェニ・ロウ達ぐらいだったな……」

「所長の恐妻?」

「………………すごい認識の仕方だが、あっている」


 エルネストは肯定した。


「恐妻か。恐妻だろうな。うん、エド・アシュルが尻にしかれている姿がはっきり浮かぶ」


 エルネストはつぶやくように感想を述べ、カイルを見た。


「ロニオスは、なんと?」

「アードゥルの怪我が治った頃に、仕切り直しの対話と賭け金の徴収に来る、だって」

「………………相変わらずすぎる」

「アードゥルが起きたら、やかたに飛ぼう。アドリーで治療するより落ちつけるよね」

「そうしてもらえるとありがたい」


 


 トゥーラは大活躍だった。

 ファーレンシアのウールヴェに、カイルの念話を中継し、シルビア達に無事なことと骨折の怪我人がいることを伝えることに成功した。それはシルビア達に貴重な準備時間を与えた。


 トゥーラは、アードゥルが起きると、すぐに単独でアドリーに飛び、シルビアとミオラスをアドリーから移動させる算段を整えた。


 トゥーラは、利口なことに馬用のくつわをつけて戻ってきて、怪我人のいるカイル達の移動を楽なものにした。シルビアはトゥーラに長紐ながひもを持たせていた。

 エルネストはすぐに医者の意図を理解した。アードゥルの腰を長紐で縛り、自分の体に固定した。物を握れないアードゥルの転落防止措置だった。


 カイルは準備が整うとすぐに跳躍ちょうやくした。


「アードゥル様っ!!」


 カイル達の到着に叫び、駆け寄ってきたのは歌姫だった。

 アードゥルの怪我の酷さに驚き、ウールヴェの身体から降りるアードゥルをエルネストとともに支えた。


「……ミオラス」

「……はい」

「……君を連れて逝くことはできない」

「――」


 拒絶の言葉にミオラスは蒼白になった。が、気丈にも何事もなかったのように耐えた。


「だから、私は帰ってきた」

「………………」


 アードゥルの身体を支えるミオラスの動きが止まった。

 言葉の真意を問うように支えているアードゥルを見た。


 カイルとエルネストは、懸命にも突っ込みをこらえ、沈黙を維持したが、心の叫びは完全に一致していた。



――そこは、もっとわかりやすく言えっ!!!!




 だが、なぜか歌姫には伝わったようだった。


「大丈夫です。アードゥル様の怪我が治ったら、押し倒します」


 謎の返答をミオラスはした。

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