第10話 狂飆⑥

 アードゥルは意識を取り戻した。

 あの不思議な空間で1時間くらい過ごしたような体感があったが、実際は2〜3秒くらいかもしれない。


 身体は落下している。


 その落下する身体の腕をウールヴェがくわえていた。こんな間近にウールヴェ姿のロニオスがいることにアードゥルは驚いた。


『アードゥル、いい夢は見れたかね』


 呑気のんきな問いかけがきた。


「…………なぜ、貴方まで落ちている?」


『私の本気を示すには、ちょうどいいだろう』


「とっとと、帰ればいい」


『賭けの報酬はもらう。君は私のものだ』


「――他人の手を借りるなんて詐欺さぎじゃないか」


『ふふ、甘いな。私は「このウールヴェの姿で君の力場りきばを消すことができるか賭けよう」と言ったんだ。他人の手を借りるのは、最初から作戦のうちだ』


「…………思い出した。貴方は昔からズルい人だった」


 ロニオスは笑った。


『ズルく、周囲をふりまわし、その反応を楽しむのも、賭け事の醍醐味だいごみだ――アードゥル、エルネストも来ている』


「!!」





『アードゥル!ミオラスを悲しませるなっ!!」





 怒鳴るようなエルネストの強力な思念が頭に響いた。

 なんとズルい集団だろうか。

 アードゥルは修羅場しゅらばの最中であったが、呆れた。

 あの手この手で現実世界に引き止めようとしている。

 そのズルい集団の代表格の人物が横にいて、ささやいた。


『アードゥル、世界の命運は君の両手に均等に乗っている』


「――」


『好きな方を選びたまえ』





 ミオラスの顔が浮かんで消えた。





「本当に貴方はズルい人だなっ!!!」


 アードゥルは怒鳴り、力場りきばを張った。周囲ではなく、下方に対してだった。

 落下を止めようとする急激な制動に身体が衝撃しょうげきを受ける。わずかに落下速度はゆるんだが、それだけだった。


「――手遅れだ、加速度を打ち消しきる頃には地面に激突だ」


『いや、十分だ。そのまま続けてくれ』


 転移する余力はなかった。


「一緒に心中する気か?貴方だけでも――」


『いや、いい』


「物好きな……」


『だいたい私はあきらめていない』


 アードゥルは下方への力場りきばを作ることに集中した。落下速度は緩んできたが限界は近かった。





『カイル!!!!』




「!!!」


 待っていたディム・トゥーラの呼びかけに、カイルは正確にウールヴェを跳躍ちょうやくさせた。


「アードゥル!!」


 エルネストの思念と実際の叫びがアードゥルに届いた。


――ぶつかるっ!!


 真下に出現した彼等は、アードゥル達の落下進路上にいて、衝突しょうとつしそうだった。


 その時、下から噴き上げる上昇気流の風が発生し、アードゥルと白いウールヴェの落下速度をかなり和らげた。

 アードゥルはそのわずかな時間で力場りきばを切り、エルネスト達をはじき飛ばす事故を未然に防いだ。



 エルネストはアードゥルの身体を、カイルはリードの身体を受け止めた。



「トゥーラ!!!」


 カイルは、放物線を描いて落下する前にトゥーラを再び跳躍ちょうやくさせた。最初にいた無人島の砂浜に戻るつもりだった。




『「「あ」」』



 カイルは計算し忘れていた。

 アードゥルとリードの体重と、彼等の落下速度の負荷をである。

 あと少し転移距離が足りず、派手な水飛沫みずしぶきを上げながら、彼等は海に落ちた。


 幸いおぼれる深さではなかった。エルネストとカイルは飲んだ海水にせながら、すぐにアードゥルとリードの身体を砂浜に引き上げた。


――ご、ごめん


 自力で砂浜に上がったウールヴェのトゥーラが、イカ耳になってびる。


「いや……上出来じょうできだよ」


 海水に咳き込みながら、カイルはトゥーラをめた。皆が生きている――それが重要だった。


『確かに上出来じょうできだ。お前もよくやった。ストレートにめてやる』


「!!」


 止める間もなく、ディム・トゥーラの気配は、リードの身体から消えた。


「あ!こらっ!待てっ!行くなっ!説明しろっ!僕を褒めて、誤魔化す魂胆こんたんだなっ!!戻ってこいっ!!」


 カイルは凄い勢いで、ずぶ濡れのウールヴェを掴んで揺すぶった。


「ディム・トゥーラ!!説明しろぉぉぉ!!戻ってこいっっ!」


『――もう、いない』


 答えたのはリードだった。


「なんだってぇぇぇ」


 カイルは絶叫した。

 そのまま幽鬼のように依代よりしろだったリードを首を絞める勢いで、がしっとつかんだ。低い声で尋問する。


「…………リード、どういうことかなあ?」


『なんのことだ?』


 ウールヴェは平然としていた。


「なんでディム・トゥーラがいるのかな?」


『彼が同行を申し出てくれたからだ』


「申し出た?」


『私、一人を危険な場所に旅立たせるのは、忍びないと』


「――そ、それは、悪かったと思っているし――あ、いや、そんなことじゃない。どうやって同行したんだ」


『同調に決まっているじゃないか』


「なんだって?!」


『彼は凄い努力家だな。「俺はカイルみたいなマゾじゃないっ」といいつつ、毎晩クタクタになるまで同調の基礎訓練の日課を欠かさなかった。そのツンデレぶりが、実に面白かった。エドの言った通りだよ』


「――」


『君と出会った頃、君の支援追跡者バックアップ候補にあがったんだけどね、自分の能力値が足りないと、やはり過酷かこくな訓練を日常生活に組みこんだらしいよ?訓練中は、君との接触を極力避けたらしい』


 カイルは軽く口をあけた。初対面の頃に、露骨に避けられことを記憶していた。


――あ、いや、あれはいろいろ事情があってだな……



 事情って、そういうこと?!!!



『まあ、確かに彼の行動は正しい。他の支援追跡者バックアップ候補に威圧プレッシャーを与えないための配慮だ。彼みたいなエリートが、側にいたら候補者は皆辞退するだろう?いや、もっとも、辞退どころか合格ラインを通過したのはディム・トゥーラだけだったというオチだったんだがね』


――実力が伴ってから出直してこい


 ディム・トゥーラが同僚どうりょうに放った言葉はもっともだった。彼ですら、実力をつける努力をしていたのだ。

 カイルは次々と明かされる事実に混乱した。





 エルネストがアードゥルの身体を砂浜に横たえようとすると、カイルのウールヴェがやってきた。


――まくらがわりに なるよ


「すまない」


 エルネストは素直にそういった。ウールヴェを背もたれにして、アードゥルをよりかからせた。


「アードゥル」

「……大丈夫だ……」


 かすれた声でアードゥルは答えた。

 エルネストはアードゥルの両手を見て、ギョッとした。両手の指が皆、変な方向に向いている。


「おいっ!」

「……大丈夫だ。痛みはない……」


 それは、チップ消費による麻酔が働いている証拠だった。

 エルネストは、アードゥルに体内チップを分け与えた。


「……そんなに……いらない……あのシルビアという医者に……治療してもらう……」


 エルネストは驚いた。アードゥルがカイル達を受け入れていた。


「……ロニオスと何があった?」

「……あとで話す。……エルネストも……ロニオスと話した方が……いい。……どうせ……君も……この時点で……協力者に確定だ」

「君『も』?」

「……賭けに負けたんだよ……私の身柄はロニオスが握っている……」


 アードゥルは疲れたようにトゥーラによりかかり、空を見上げた。嵐は急激に収まり、雲が分散していった。


「……500年経っても、性格が変わらないってあるんだな……いや古狸が大古狸に化けていた……恐ろしい……どうしたらいい?」

「……それはいったい?」

「……眠い。寝る。……あとで一緒にミオラスに謝ってくれ」


 すぐに寝息が聞こえてきた。

 エルネストはアードゥルの呼吸が正しいことを確認して、安堵すると、白いウールヴェの隣に腰を下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る