第8話 狂飆④

 カイル達はトゥーラを跳躍ちょうやくさせた。

 樹木のみきにぶつかることも、岩場にめり込むこともなく、無人島らしき場所の海岸側の砂浜に無事着地した。エルネストの指摘は正しく、転移距離を間違えば事故もありえた。

 世界の番人が補助してくれた気配があった。


 そして着地したカイル達を迎えたのは、いきなりの暴風雨だった。


「?!」


 強すぎる風に顔が痛かった。

 目をまともに開けれず、カイルは慌てて金属球を取り出し、防御壁シールドを周囲に張った。

 嵐の中、雨は凶器とみなされ、弾かれた。ほんのわずかな時間に二人と一匹は、ずぶ濡れになった。


「まさか、防御壁シールド雨傘あまがさ代わりにする日がくるとは……」

「カイル・リード。あそこだっ!!」


 エルネストが空を指差した。

 遥か上空が怪しく光り、輝いていた。間違いなく嵐の中心が存在しており、そこにアードゥルの気配があった。


「どういう芸当?!!」


 カイルはアードゥルの能力に愕然がくぜんとした。

 空中に肉体を浮遊させて維持することは、膨大なエネルギーを必要とする。その行為をアードゥルは平然とやってのけている。


力場りきばを作っているな。ロニオスを逃したくないのだろう」

「と、いうことは、ロニオスはまだ生きてる?」

「当たり前だ。アードゥルを殺人鬼扱いするな」

東国イストレでは間違いなく殺人鬼だったよ」


 エルネストはカイルをにらんだ。


「四つ目がやったことだろう?」

「その四つ目を操ったのは、アードゥルじゃないか。貴方達の地上の人間に対する倫理観りんりかんはおかしい。彼等の生命を軽視しすぎだ」

「おかしくない。我々は地上の人間の価値を認めない。ただ、それだけだ。だが、ロニオスは違う。ロニオスに対してアードゥルが手を出すとは思えない。地上の民とは違うんだ」

「でも、アードゥルだって、自信はないんだ。自分の制御コントロールがはずれる可能性を考えての天空でしょ?」

「――」


 カイルの指摘の言葉にエルネストの返事はなかった。


「…………跳躍ちょうやくできるかな」

「やめた方がいい。力場りきばに弾かれたて、海に落ちて死ぬだけだ」

「じゃあ、どうしたら?!!」

力場りきばが消えるのを待つか――」

力場りきばが消えるって、リードが殺された時だろう?!!」


 カイルは思念の細い糸を繰り出し、遥か上空の力場りきばの中を探ろうとした。が――変なものに触れた。


「………………………」

「どうした?顔が青いぞ」

「…………いや、気のせいだと思う」


 カイルはもう一度、上空の力場りきばを探った。アードゥルとリードと――。


 カイルは自分が冷や汗をダラダラとかいていることを自覚した。緊張とショックと混乱の発汗が止まらない。


 なんで、ディム・トゥーラの気配がするんだ?!?!!





『来た。バレた』

『驚いた。君の予想通りだが、ずいぶん早いな?よく場所を特定できたものだ。しかもアードゥルの力場の中で、私の中にいる君がなぜバレる?言わば二重の遮蔽しゃへいの中だぞ』

『規格外を舐めちゃいけない。昔、物理障壁の中にいる俺に気づくようなヤツだ』

『今度、規格外の定義を再考しよう』

『なんだって?』

『超規格外という等級が必要だ』

『なるほどアードゥルとカイルの等級だな?』

『いや、君も含まれる』

『…………俺がエントリーされるなら貴方もだろう』

『そうか?』

『だいたいエントリーメンバーが変わらないのに、新たな等級を作成する意味はあるのか?』

『………………………』

『………………………』

『………………ないな』

『だと思った』





「は?」


 エルネストは意味がわからず、カイルを見た。


「意味がわからない」

「僕だって、訳がわからないよ」

「私には、アードゥルとロニオスの二人の存在しか、感じとれないが……」

「いる。間違いなくいる。僕を信じて。いや、僕も信じられないけど――」

「どっちなんだ」

「僕の規格外の支援追跡者バックアップが間違いなくいる。あの力場りきばの中に」


 カイルは断言した。


「何のために?」

「間違いなくリードを守るために」

「だがあそこにはアードゥルとウールヴェの姿をしたロニオスしかいない」


 カイルは目を細めた。


「多分リード――ロニオスの中だ」

「中とは?」

「以前、ディム・トゥーラはウールヴェのリードの身体を使って、セオディア・メレ・エトゥールと対話したことがある。多分、同じ手法だ。ディムは肉体はシャトルの中で、意識だけウールヴェに同調させた」

「それは君の固有の能力ではなかったのか?」

「わかんないよっ!僕の影響を受けたのか、リードの指導なのか、僕だってディム・トゥーラが同調をマスターした経緯がわからない!どの程度の同調率かわからないけど、リードが死ねば僕の支援追跡者バックアップにも衝撃がいく。アードゥルを止めてよっ!!!」


 エルネストはもう一度、上空に広がる嵐の中心を見つめた。


「……君の支援追跡者バックアップの性格と思考特徴しこうとくちょうは?」

「頭がいい、プライドが高い、努力家、やられたらやりかえす、規格外」

「仮定だが……君の支援追跡者バックアップが肉体をもって、アードゥルと対峙したらどういう行動に出てた?」


 カイルは考え込んだ。ディム・トゥーラがアードゥルと対決してやりそうなこと――


「イライラして、アードゥルを殴るか蹴とばすぐらいしていそうだ」

「……………………おい」

「ごめん、冗談じゃなく、そういう情景しか浮かばない」


 エルネストはため息をついた。


「君がここにいることはわかっているかね?」

「……多分?」

「なんとも頼りない返事だな……だが、仕方あるまい。カイル・リード、君のウールヴェを大きくしたまえ。乗り込んで待機だ。いつでも飛び出せるように」

「え?」

「状況を打開するのに、ありとあらゆるものを利用する――それがロニオスの主義だ。君の支援追跡者バックアップを連れてきたということは、この展開もロニオスの予想の範疇はんちゅうだったに違いない」

「はい?」

「下手をすると、私も駆けつける頭数あたまかずに入っている可能性がある。まったく、相変わらずだな、あの人は」


 意味がよくわからない台詞せりふをエルネストは吐いた。





 ディム・トゥーラは初代達の能力に舌を巻いていた。

 多少動揺しているとはいえ、アードゥルの制御は完璧だった。通常の能力者など、こんな状況を維持できるわけがなかった。多分1分で墜落しているだろう。


 だがさらに規格外なのはウールヴェのリードだった。


 自分を捉えて離さないアードゥルの力場りきばの凄まじいエネルギーの圧を受け流し、防御ガードし、さらには同調しているディム・トゥーラを補助し、アードゥルから隠蔽いんぺいしていた。

 ディム・トゥーラと思念で会話をしながら、アードゥルとも同時並行で会話をしている。


 なんだ、その世界規格外代表のような能力値は?!!!!


『エルネストもきているな。よしよし』


 さらに、はるか下にいるカイル以外の存在を認知していた。

 

『どうするんだ?話を長引かせて、アードゥルの脳神経が焼き切れるのを待つのか?』

『あのねぇ、何のために私がこの面談を成立させていると思っているんだね?さっきの私とアードゥルの会話を聞いていただろう?私は何としてでも、エルネストとアードゥルの協力が欲しい』

『アードゥルの協力など不要だし、彼は拒否したじゃないか』

『やれやれ、やはり君がアードゥルに同情したくなる状況を作るべきか。――ところで、ディム・トゥーラ、ギャンブルの醍醐味だいごみはなんだと思う?』

『は?』


 唐突な話題転換にディム・トゥーラは、困惑した。何を言い出すんだ、この人は……。


『相手の行動の先読み、切り札の保持、相手に勝てないと思わせること、それから――』

『それから?』

『もちろん、親の総取りだ』

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