第6話 狂飆②

 白いウールヴェの身体は、アードゥルの生み出す力場りきばによって、空中に浮いていた。アードゥル自身も正面に立っている。

 リードは大げさにため息をついた。


『「地に足がつかない」とは、なかなか優秀な比喩ひゆ表現だったということだな。どうだろう、ここはエネルギーの無駄使いを避けて、どこかに降り立つと言うのは?』


「……………………ふざけないでくれ」


 アードゥルの声は恐ろしいほど低かった。


『ふざけてない健全な提案だ』


「……………………だから、ふざけないでくれ。ロニオス」


『ふざけるつもりなど、これっぽちもない。私の性格は君が一番よく知っているだろう?』


 アードゥルは唇を噛み締めた。


『で、もう一度提案するが、どこかに降りたつことについては……』


「地震、噴火、津波の方がいいと?」


『だから、君はエルネストに破壊魔と言われるんだ……君の最大の欠点だぞ?まあ、私の教え方が悪かったか……』


「……そんなことはない……」


『まあ、致し方ない。ここで君の望む話を続けよう。で、今回の議題はなんだ?』


「ふざけないでくれ!!!」


 アードゥルの叫びは周囲の放電現象をよんだ。


『繰り返すが、ふざけていない。対話を望んで私を呼び出したのは君達だ。私はそれに応えた。それにしてもいささか乱暴ではないかね?君はカイル・リードとエルネストにびるべきだ。私達が消えて彼等は右往左往うおうさおうしているぞ?』


「貴方が悪い」


 再びウールヴェは大げさなため息をついた。


『それは認めよう。私は確かに極悪人ごくあくにんだ。目的のためなら手段を選ばない。君には八裂きにされても文句は言えない』


「……そういうことを言いたいんじゃない」


『だが、君の言いたいことはそれじゃないかね?あの時、私がいれば、エレン・アストライアーは死ななかった。君はずっとそう思っている』


「――」


 アードゥルは顔をゆがませた。


『君が脳神経が焼き切れるまで、空中にいたいというならかまわない。付き合うことにしよう。希望が通るなら、この議題は最終にまわそう。私からも言うべきことがある。で、次の議題はなんだろう?』


「貴方はいったい何をしているんだ?」


 アードゥルはかすれた低い声で問いを絞り出した。

 ウールヴェは面白そうな顔をした。


『過去、現在、未来とも私のしていることは、ただ一つ。大災厄から文明を生かすことだよ』


「無駄なことを……」


『君も素直じゃないね。カイル・リードの支援追跡者バックアップといい勝負だよ。無駄な行為だと思えば、放置すればいいじゃないか。だが、首を突っ込んできた』


「……………………」


『観測ステーションをぶつけると言えば、君達の興味がひける自信はあった。これは君達を釣り上げる釣りでもあるんだよ。とりあえず、この勝負は私の勝ちだ』


「……釣り?」


『そう、釣りだ。私の望む未来では、君達の協力が必要不可欠だったんでね。次の議題に入る前に確認させてもらうが、この対面で少なくともエルネストの協力は確定でいいのだろうね?』





『さっき、どさくさに紛れて俺の悪口言わなかったか?』

『気のせいだ』





 カイルはエルネストの許可を得て、ウールヴェのトゥーラで歌姫を含めた女性達をアドリーに運んだ。歌姫への説明はエルネストにまかせた。


 次にカイルは、エルネストを同行してすぐに王都エトゥールに飛んだ。

 談話室前で警護に当たっていたクトリの専属護衛達は、廊下に突然出現した白いウールヴェとその背に乗る二人の人物の姿に驚き、さらに混乱した。

 カイルと一緒にいる人物が出奔したアドリー辺境伯に似ていたが、若すぎたからだ。


「え?!アドリー辺境伯?!いや、年齢が――」

「気にしないで!彼はアドリー辺境伯の隠し子だ!」


 カイルはエルネストの腕をつかみ、談話室に引きずり込みながら専属護衛にとんでもない説明を投げた。

 二人で談話室に入ると、すかさず中からかぎをかける。


「…………おい」

「文句はあとあと。時間が惜しい。クトリ!!」


 カイルは予想通り談話室にいたクトリに怒鳴った。

 部屋の奥でいつもの引きこもり生活をしていたクトリは突然の乱入者にびっくりした。


「カイル?貴方はアドリーじゃ……その方はどなたです」

「彼が問題のアドリー辺境伯。名前はエルネスト。アードゥルの相方。初代。所長のエド・ロウの同僚であり、油断のならない人物だ」

「…………えっと、カイルがいつもお世話になってます?」


 困惑したクトリは、エルネストに疑問系の挨拶あいさつを投げた。


「…………もう少しまともな紹介文が欲しいが、彼は?」


 エルネストは片手で顔を覆いつつ、カイルの紹介下手べたを諦めて受け入れた。


「彼はクトリ・ロダス。観測ステーションの気象学者だ」

「気象…………」


 エルネストはすぐに悟ったようだった。


「カイル・リード。君は頭がいいな」

「褒め言葉は後にとっておいて。成功報酬は貴方とアードゥルの協力でいい」

「成功とは、アードゥルの生存を条件でいいんだな?」

「アードゥルとリードの生存だ」

「いいだろう」

「…………何の話です?」


 蚊帳かやの外状態のクトリが怪訝けげんそうな顔をした。


「クトリ、時間がない!気象用の観測ユニットを全起動して、データチェックして!」

「は?え?何の話です?」

「大陸のどっかに異常気象が発生してない?!」

「よくわかりますね?」


 クトリはカイルの言葉に驚いたようだった。


「先程、急に嵐が発生した箇所があって面白いんですよ」


「「どこに?!!」」


 二人の鬼気せまる迫力にクトリはおびえた。

 彼は急いで、空中に複数の端末情報のスクリーンを展開した。

 クトリの持つ気象観測ユニットは、奇妙な雷光現象を捉えていた。普通の嵐ではないことは、素人のカイルでも理解できた。


「こ、ここです」

「上空一万メートルだと?!」

「クトリ!ここの真下の地表座標を教えて!!」

「ないです」

「は?」

「ここ、海の上だから地表座標が存在しません」


 クトリが困惑したように答えた。





 詰んだ――っっっ!!!!


 カイルの追跡作戦は見事に頓挫とんざした。海上に跳躍すれば、翼がないウールヴェは海に沈むことになるだろう。

 蒼白になったカイルの右肩をエルネストは強くつかんだ。


「いや、カイル・リード。発想は悪くない。真下じゃなくていい。一番近い陸地を探せ」

「簡単に言うけど、観測ステーションが停止していて、そんな地表情報なんてどこにも――」


 カイルの脳裏に記憶がかすめた。


「――ある!!」


 カイルは衣嚢いのうから、いまやお守り代わりに持ち歩いている記憶キューブを取り出した。ディム・トゥーラとの長距離接触が夢ではない証拠となった記憶キューブだ。


 談話室に放置されている端末のひとつに飛びつき、自分専用の記憶領域を展開した。

 余計な意趣返しの映像とともに、現在の問題を解決する手段がそこにあった。ディム・トゥーラがよこした惑星の基本情報だった。


「ディム・トゥーラ、天才っ!最高っ!さすが未来の技術官僚テクノクラート様っ!もう、尊敬しちゃうっ!」


 カイルは興奮しながら作業を進めた。カイルの作成した手書きの地図より正確な立体地図が再構成されていく。


「クトリ!観測ユニットの配置情報と現在の異常気象位置を、この端末にシンクロさせて!!」

「は、はい」


 クトリが慌ててカイルの持つ端末に気象情報を転送した。情報の統合処理が瞬時に行われた。


「カイル・リード、ここに飛べ」


 エルネストが一番近い無人島らしき領域を示した。

 カイルは現在位置からの正確な距離を頭の中で計算していった。

 

「許容誤差は30メートルぐらいを目指せ」

「その数値の根拠は?」

「できれば、砂浜や海岸際の岩場に着地したい」

?」

「例えば洞窟どうくつの分厚い岩盤がんばんや樹木のみきにめり込む可能性があるということだ。ウールヴェの跳躍実験を今、やりたいかね?」


 未知の場所に跳躍する危険性をエルネストは指摘した。

 エルネストの指摘はもっともな話で、安全な確定座標がないと、移動装置を設置できない制約と一緒だった。

 カイルは考え込んだ。

 二重遭難のリスクは回避しなくてはならない。


「腹黒番人っ!!」


 カイルは天井に向かって叫んだ。今、この時も世界の番人が見ていると、確信していた。

 エルネストとクトリは、見えない存在に向かって突然話しかけ始めたカイルにぎょっとした。


「僕は今からエルネストと、ウールヴェで出かける。事故が心配なら補助してもいいぞ?」


 返事はなかった。


「なんだ、それは」

「大義名分ってやつだよ。世界の番人が、この非常事態で協力してくれないのは、なんらかの制約があるんだ。彼もヤキモキしながら見守ってストレスを溜めているに違いない。だから僕達は、ちょっと距離のある無人島に散歩に出かける」

「この状況でそんな――」

「散歩。あくまでも散歩」

「――」


 エルネストはカイルを見つめて、長い溜息をついた。


「君はなんて小賢こざかしいんだ」

「褒めてくれてありがとう」

「褒めてないっ!」

「最近、みんなが僕のことを小賢しいって言うから、僕はそれを褒め言葉として認知することにしたんだ。規格外が褒め言葉なら、小賢しいも褒め言葉扱いしても、なんら問題はないよねぇ?」


 カイルは真顔で主張した。

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