第4話 お茶会④

「……こんなものとは……?」


 ミオラスはおびえたようにシルビアを見た。

 シルビアは憂いの溜息をついた。


「私達は、体内にある程度の身体を修復する機能がありますが、カイル達はそれを過信する傾向にあるのですよ。不老長寿ではありますが、死なないわけではありません。なのに、平気で大怪我や身体の不調を放置したりします。本当に困ったものです」


 はっ、と息をのんだのは、ファーレンシアだった。


「聖堂で重傷者を治療した時、カイル様は体調を激しくくずされていました」


 シルビアはうなずいた。


「他人にそれを分け与えて、本来の自分の分を消費してしまったのです。地上は私達にとって安全な場所ではありません。身体に様々な負荷をかける要素が地上にはあるのです」

「………………例えば?」

「例えば、水や空気や毒や重力」

「毒は四つ目の毒を受けられたサイラス様で理解できますが、じゅうりょくとは…………?」

「地上の物体を地面に引きつける星の力ですね?」


 答えたミオラスをシルビアは驚いたように見た。


「よくご存知で」

「アードゥル様に教えていただきました」

「初代も意外にまめですね。教師役をするとは」

「重力が害を及ぼすのですか?」

「はい」

「あのミオラス様、空気も負荷なのですか?呼吸に関することですよね?」


 ファーレンシアがたずねた。


「はい、私達の世界と微妙に成分組成が違いますので」

「せいぶんそせい……」


 ファーレンシアは片手で目を覆った。


「シルビア様、私には家庭教師が必要です。シルビア様の言葉が呪文に聞こえます」

「当然、そうだと思います」


 シルビアは微笑んだ。


「でも、カイル様の健康に関することですから、学びたいと思います」

「シルビア様、私もエルネスト様とアードゥル様の健康に関わることなので学びたいのですが、可能でしょうか?」


 歌姫の申し出にシルビアは考えこんだ。


「定期的にお茶会と称した勉強会を開催しますか?」

「ぜひ」


 女子会が結成された。







 時間前にトゥーラは駆け戻ってきた。

 口に小さな風呂敷包みをくわえており、カイルはそれを受け取った。


「これは?」


――歌姫が あーどぅる達に 


 中を開くとと焼き菓子だったので、エルネスト達に差し出した。

 エルネストはすぐに一枚つまみあげて味見をした。


「……美味い」

「シルビアの専属護衛は、お菓子作りが上手じょうずなんだ」


 アードゥルにも手巾の上にのっているクッキーを差し出したが、アードゥルは顔をしかめた。


「この状況で呑気のんきだな」

「まあ、そう言わずに」


――歌姫 食べてもらいたいって


 歌姫の名を出されたアードゥルは、カイルから手巾ごと受け取り一枚口にすると、そのまま衣嚢いのうに仕舞い込んだ。


「アードゥル、独り占めするな」

「うるさい、お茶会の席に行って、もらってくればいい」

「貴方達って、本当にいいコンビだね?」


 カイルの突っ込みに、アードゥルはにらんだ。


「仲が悪いと言ってるだろう?」

「仲が悪いと言う割には、一緒にいるのはなんで?」

「賭けに負けたからだ」

「素直じゃないなあ、最近のことではなく、地上の500年の間のことだよ」

「――」


 カイルは時間を確認するふりをして、言葉を続けた。


「500年は長い。その間、一人じゃなかったとは、羨ましいことだよ」


 今度はアードゥルの否定の言葉はなかった。


「貴方達は歌姫がいなければ帰還したの?」

「それはないな」

「なぜ?」

中央セントラルに未練はないからだ」

「大災厄でそのまま死ぬつもりだった?」

「……ミオラスを生き延びさせて、寿命じゅみょうをまっとうさせるぐらいは、二人いればできる」

「せいぜい、50年だよね?そのあとは、死の世界でチップが尽きるのを待つか、強制消費するつもりだった?」

「………………」

不毛ふもうだなあ」

「うるさい。お前達の降下がイレギュラーなんだ」

「本当にそうだと思うよ」


 カイルは認めた。


「アードゥル、時々、僕は考えるんだ。どこまで偶然で、どこから必然だったんだろう、と」


 カイルは苦笑しながら、アードゥルを見つめる。


「何が偶然だと言うのだ?」

「僕がたまたま研究都市を離れる手段を探していた。そこに所長のエド・ロウに出会った。僕の支援追跡者バックアップになる所長の部下であるディム・トゥーラを知った。そして幾つかの探査を終えて、共にこの惑星にきた。最初の精神跳躍ダイブでファーレンシア・エル・エトゥールに出会った。それから僕は、世界の番人に地上に引きずり下ろされたんだけどね」

「…………それで?」

「セオディア・メレ・エトゥールに隣国の進軍を警告したんだけど、それはたまたま支援追跡者バックアップがまとめあげた情報を僕が目撃して記憶していたからだ」

「………………」

「戦争中にメレ・アイフェスとして滞在していると、メレ・エトゥールの敵対勢力に拉致されたんだけど、そこには監禁されていた西の民であるハーレイに出会った。この出会いは偶然?それとも因果的必然?」

「…………知らん」

「貴方達が南の領地や西の地で暗躍していたことも、理解しているけど、貴方達の行動が「今」という因果的必然を生み出したとも考えられる」

「そんなことを考えていたのか」

「でも、僕だけじゃない。貴方達にも同じことが起きているんだ」

「私達に?」

「歌姫がいなければ、おそらくエルネストは助からなかった。では、歌姫と貴方達の出会いは?」

「ミオラスとの出会いなど、たまたま娼館しょうかん路地裏ろじうらを私が通りかかっただけで――」


 アードゥルは口を閉ざした。

 自分があの道を選ばなければ、ミオラスは死んでいたのだろうか?


「ほらね、なんだよ。一見、偶然の産物のように見える。でも、僕は因果を感じる」

「因果などない」

「ここは確率論的に論じるべき?」


 カイルはしゃがみこんで、花にふれつつ、会話を続けた。


「貴方がその国にいた理由は?その日の天気は?何をするためにそこにいたの?なぜその道を選んだの?どんな偶然が重なって、貴方はミオラスに出会ったのだろう?」

「――」

「興味深いな」


 黙って聞いていたエルネストが参戦した。


「どう思う?アードゥル」

「偶然だ」

「本当に偶然かなあ?見えない力が働いているように思える」

「その見えない力とは世界の番人だろうか?」


 エルネストはカイルに問いかける。


「わかんない」

「………………」

「………………」

「仮説としてすら、不成立だな。『わからない』など研究者としてあるまじき発言だ」

「まったくだ。鍛え直す必要がある」

「いったい誰が」

「指導教官は君だ、エルネスト」

「ちょっとまて。なぜ私になる?」

「今、論じている『必然』ネタの一種だろう」

「いや、断じて違う」

「このあとの対話しだいで付き合いが長くなる可能性はゼロではないぞ。この出来の悪いヤツの指導はまかせた」

「…………アードゥル、やはりウールヴェは瞬殺を推奨だ」

「僕の指導教官になる、ならない、の検討で、世界を滅ぼすのは絶対やめて」


 老害に近い大人げない初代達の反応に呆れつつ、カイルは釘をさした。







「風がでてきたな。そろそろ時間だが……」


 太陽の位置を確認しながらエルネストが呟いた。


――くるよ


 トゥーラがカイルに告げる。カイルは身構えた。


「アードゥルがブチ切れたら、リードを抱えて全速力で逃げるからね?」


――わかった


「シルビアに障壁シールドを張るように伝えて」


――伝えた


「私が待つのは30秒だからな?」

「ブチ切れる気満々じゃないか。もう少し融通ゆうづうとか、妥協だきょうって言葉は辞書にないの?」

「ない」

「これだけ僕に心労をかけるんだから、対話が成立したら、ちょっとは協力してよね」

「エルネストを好きなだけ使うといい」

「アードゥル、私だけを人身御供ひとみごくうにするな」

「骨は拾ってやる」


 アードゥルは一言でエルネストの抗議を封じた。

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