第3話 お茶会③

 ミオラスは首を振った。


「私はメレ・アイフェスとは違います。このような不敬が許される立場ではない平民で、しかも娼婦という卑しい身分です」

「私も貴族ではありません」


 ふっ、とシルビアは微笑んでみせた。


「カイルは、貴族になりましたが、私は違います」

「でも、メレ・アイフェスです」

「身分はウールヴェには、無関係ですよ。多分、世界の番人も。人々がそう思いこんでいるだけです。加護の発現も身分は関係ありません」

「そうでしょうか?」

「トゥーラは貴女と過ごして、そのようなことを一度でも言いましたか?」

「……いいえ」


 ミオラスは視線をそらした。

 子供のように純粋な気持ちを向けてくれたウールヴェにナイフを突きつけた裏切りをしたのは、自分だ。

 その後ろめたさは、永久に消えないだろう。


「トゥーラは……あの子は……何も言わずにそばにいてくれました」

「では、そういうことです」

「でも……」

「貴女はあの時、どんな手段を使っても、アドリー辺境伯の元に駆けつけたかった。そうですね?」

「……はい」

「その行動が結果的に、アドリー辺境伯を救いました。貴女の歌がなければ、彼はあそこまで、劇的に回復しなかったと思います」

「――」

「もし、貴女がトゥーラと今後も友好関係を築きたいというなら、秘策を授けます」

「どんな方法でしょう?」


 シルビアは自分の荷から、菓子箱をテーブルに積み上げた。


「本当はミオラス様達への手土産の予定でしたが、こちらをお使いください。アイリの新作のお菓子ですから、あの食欲魔獣ウールヴェは絶対におちます」


 治癒師は自信に満ちていた。







――準備できたって


 空中にカイルのウールヴェが踊りでて、花を踏み潰さないように器用に着地をする。


――30分後 とんでくるよ


 エルネストが空を見上げた。


「ちょうど、正午というところか」


――うん


「問題はないかな?」


 カイルがやや不安げにトゥーラに尋ねる。先程のアードゥルの瞬殺発言が尾を引いていた。


――万が一の時は でぃむ・とぅーら が 衝撃を 分散させるって


 カイルは背筋がゾクリとした。リードの安全率とディム・トゥーラの危険率は反比例だった。


「本当に大丈夫なのか?!」


――でぃむ・とぅーら から 伝言


「なに?」


――「一つ貸しだ」


 驚いたことに、ウールヴェはディム・トゥーラの思念を正確に真似て、再現した。それは間近にディム・トゥーラがいるような錯覚すらもたらした。


「やはり優秀な支援追跡者バックアップのようだな。面談してみたいものだ」


 エルネストが感心したように言う。


「単純に交渉を受けいれるだけではなく、リスクも考慮するか」

「正しい行動だ」


 アードゥルも同意する。


「ちょっと待ってよ。この場合のリスクって、貴方達が暴れることじゃないか」

「貴方達という複数表現はやめてほしいものだな。暴れる可能性があるのはアードゥル、一人だ」

「……おい」

「事実じゃないか。私は平和主義なんだ」

「嘘をつけ」


 初代の不毛なやり取りを、使いをこなしたウールヴェがさえぎった。


――時間まで 休憩していい?


「いいけど、あまり時間はないぞ?」


――歌姫が 僕に お菓子を 用意してくれている 気配がする


「「「え?」」」


 ウールヴェはものすごい高速で、女性達がお茶をする場所に駆け出し、カイル達はやや呆然と見送るしかなかった。


「………………」

「………………」

「………………」

「……世界の命運より、茶菓子か?」

「い、いや、そんなことないと思うけど」


 アードゥルの突っ込みに、カイルは視線をそらした。トゥーラの食欲に否定する自信は失われた。


「エルネスト」

「なんだ?」

「君が昔たてた仮説に、ウールヴェには使役主しえきぬしの性格が反映されるというものがあったな」

「そんな仮説をたてたような記憶もあるな」


 二人はそろって、カイルを見つめた。


「僕は僕の名誉のために、その論説を否定する」


 カイルはきっぱりと宣言した。






「はい、トゥーラ、あ〜〜ん」


 歌姫の求めに応じて、トゥーラは口をあけ、そこに与えられた抹茶風味のクッキーを食べた。


――美味しいね 歌姫


「本当に美味しいわね」


――もっと ほしい


林檎りんご味と檸檬れもん味もあるわよ?どちらがいい?」


――林檎りんごっ!


「はい、あ〜〜ん」


――あ〜〜ん


 再びウールヴェは口をあけ、歌姫に焼き菓子を放り込んでもらう。

 一人と一匹が、ほんわかな交流を繰り広げている。

 いや若干、食欲魔獣が歌姫の優しさにつけ込んでいる気配を、残る二人は感じていた。


 意外だ……。


 ファーレンシアとシルビアはお茶を飲みながら、同じことを思った。

 男性を魅了することを職としている外見は妖艶ようえんとも言える歌姫が子供を相手にしている。この場合、子供とは、食欲の権化ごんげのウールヴェをさす。

 そして彼女は子供の扱いが上手かった。


 歌姫は嫌がることなく、ウールヴェを餌付けしており、楽しそうにも見えた。トゥーラ同伴でお茶会をひらけば、今後も交流が持つことができそうだ、とファーレンシアは思った。


「それにしても……」


 ファーレンシアがつぶやく。


「ウールヴェは使役主しえきぬしに似ると言いますが、このお菓子に対する執着はどこからくるのでしょう?逆にこれぐらいカイル様に、食に関して執着を持ってほしいものです」

「アードゥル様とエルネスト様も同じです。エル・エトゥール、お礼を申し上げます。おかげ様で食事は、規則正しくなりました」

?」


 医者であるシルビアが聞きとがめた。


「はあ、食事だけです。食事時間分、睡眠時間を削られて生活されています」

あしき研究員生活そのものですね……」

「アードゥル様は、まだいいのです。いざとなれば、私が歌いますので……」

「歌?」


 シルビアは眉をひそめた。


「歌とは?」

「アードゥル様は私が歌うと眠られます」

「子守唄ですか?」


 真顔でシルビアが突っ込んだ。

 ファーレンシアは子守唄で四つ目使いが眠るところを想像してみたが、想像力の方が先に限界に達した。


「いえ、普通の歌です」

「アドリー辺境伯の治療時のような?」

「はい」

「素晴らしい歌でした。かなりの大声量ですよね?」

「……はい」


 同性に褒められて、ミオラスは少し頬を染めた。


「私が歌うと、すぐに寝落ちされます」

「…………エルネスト様は?」

「エルネスト様には効きません。アードゥル様のみです」


 シルビアは考えこんだ。


「シルビア様、ここはお茶の出番では?」

「アドリー辺境伯には有効でしょうね」

「お茶?」

「以前、カイル様も不眠不休で無茶をされたので、シルビア様にお茶を処方していただきました。メレ・アイフェスの強制的な疲労回復能力を止めるのです」

「すぐに眠りにおちます」


――逢瀬おうせ中に 寝たことを かいる 悩んでた


「トゥーラ!!」


 ウールヴェの余計な暴露ばくろにファーレンシアは顔を真っ赤にした。


「トゥーラ、そろそろ、カイルのところに戻りなさい」


 シルビアが命じる。


――えええ〜〜


 トゥーラが抗議の声をあげる。本来の目的を忘れているのは、明らかだった。

 ミオラスは手巾を取り出し、焼き菓子を包みこんで、トゥーラに渡した。


「アードゥル様達に届けてくれる?終わったら、またお菓子を食べましょうね?」


――うんっ!!


 ウールヴェは、手巾の風呂敷包みを口にくわえ、主人の元にかけだした。


「そのお茶の件ですが――処方していただけないでしょうか?」

「お安い御用です。そういうのも、医者の務めです」

「安心しました。アードゥル様もエルネスト様も最近不摂生ふせっせいなので、どうしたらと悩んでいました」

「彼等の不摂生ふせっせい度合いは、こんなものではありません。お気をつけください」


 医者はとても不吉な証言をした。

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