第7話 交錯⑦

 

 静かな音とともに光の輪が再び立ち上がり、そこからミナリオとセオディア・メレ・エトゥール、サイラスが現れた。

 メレ・エトゥールは動じることなく、ハーレイに近づくと握手を交わした。


「ハーレイ殿、ご無沙汰している」

「メレ・エトゥール、無事に再会できたことを精霊へ感謝する」

「このように距離が縮まって嬉しく思う」

「こちらこそ、このような和議の恩恵は感激の極みだ、メレ・エトゥール」


 二人はそれぞれの国の正式な礼を交わし、相手に敬意を示した。

 二人の挨拶が終わるまで控えていたサイラスは若長の隣に立つ子供に近づいた。


「イーレ」


 サイラスはいきなりイーレの小柄な身体を強く抱きしめた。


「……無事でよかった」

「……心配をかけて悪かったわ」


 強い抱擁にイーレは素直に詫びの言葉を告げる。


「……まったくだ」

「……貴方も成長をしたわね」

「どういう意味で?」

「エトゥールを放置して来たら、どう殴り倒してやろうかと、手ぐすねひいて待っていたのに」

「危険察知能力はイーレのおかげでカンストしたからね」

「じゃあ、次は限界突破ね」


 抱き合ったままの会話は不穏な方向に変化していった。

 いきなりイーレの鉄拳が繰り出され、サイラスは慣れたように避けた。


「カイル殿、あれは――」

「あの師弟に感動的な再会シーンを求めるなんて、全く無駄な行為だよ、メレ・エトゥール」






「イーレ、その左手は?」


 左手の包帯に気づいたサイラスの口調は冷ややかだった。イーレのこぶしが止まる。


「弟子には、口癖のように手の怪我にうるさかったはずだけどなぁ?」

「えーっと」

「俺が、取り落とした茶器の破片で怪我をさせた。すまなかった」


 ハーレイが答え、詫びを口にする。


――嘘だな


 サイラスは目を細めた。


「こちらは?」

「西の民の若長であるハーレイよ。今、彼のところに世話になっているの」

「――」


 サイラスは穏やかな微笑を浮かべた。完全な外面モードだ、とカイルは思った。素を知らない人間は大抵騙される。


「師匠がご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「ハーレイ、私の弟子のサイラスよ」

「ウールヴェの攻略法を編み出した優秀な弟子かっ!」


 サイラスはギョッとした。


「正直、あの攻略法は助かった。首が弱点で背中に乗って闘う発想はなかった」


 ウールヴェの攻略法がなぜこの男の知るところなのだろう?しかも、まるでつい最近試したような口ぶりで――。


「イーレ」


 サイラスの声は地獄の底から響いてくるように低かった。


「まさか、こちらにこれだけ心配かけて、呑気にウールヴェ狩りに参加してたとかない……よなぁ……?」

「ひ……」


 サイラスの怒りのオーラに珍しくイーレが怯む。

 ハーレイの記憶を読んでいるカイルは、サイラスの推測に感心した。正しく師匠イーレの行動パターンを把握している。さすが弟子だった。


「た、たまたまよ」

「たまたま?ウールヴェを狩ったのが?」

「ウールヴェが出てしまったので、イーレに助言をしてもらったんだ。エトゥールの客人を巻きこんでしまって軽率だったと反省している」


 ハーレイが再び謝罪する。


――これも嘘だな。気に入らない


「世話をかけました。すぐにエトゥールに連れ帰ります。野放しにすると、野生のウールヴェ並にタチが悪いんで」

「いや、まったく問題ない。いくらでも滞在してもらって構わない」


 穏やかな会話のようで、火花が散るのが感じられる。

 ハーレイとサイラスの二大怪獣大決戦は想定してなかったカイルは、息を吐いた。


「イーレ、一度だけ、メレ・エトゥールを連れて飛んで。ファーレンシアとシルビアはどうする?」

「まだ残っていてもよろしいでしょうか?シルビア様と村人の治療を続けられたらと思います」

「ありがたい」と、ハーレイ。

「村までご一緒していただいてよろしいですか?ハーレイ様」

「もちろん」


 察しのいいファーレンシアは、ハーレイを引き離すことに協力してくれた。

 メレ・エトゥールは子供姿のイーレを淑女として扱い、エスコートのために手を差し出す。


「イーレ嬢、すまないがエトゥールに戻る方法を教えていただきたい」

「わかりましたわ、メレ・エトゥール」


『一つ貸しだ』


 セオディアからの思念にカイルは顔をしかめた。

 二大怪獣大決戦を未然に防いだのに、なぜ僕の貸しが加算されるのだ?解せぬ。





「サイラス、話があるんだけど」

「俺もある」

「じゃあ、少し歩きながらでも」


 奇跡の連発に、守備する西の民の崇拝じみた視線を感じたので、カイルはその場を離れることにした。二人で森の中を歩き出す。


「サイラスはイーレの原体オリジナルを知ってる?」

「イーレの原体オリジナルか。彼女が嫌う話題の一つだなぁ」

「なんで嫌っているのかな?」

原体オリジナルは、運動がからっきしらしいぞ?」

「は!?」


 カイルは驚いた。


イーレの原体オリジナルなのに?」

「びっくりだろう?俺も驚いた」


 サイラスは小さく笑う。


「今の彼女から想像できないだろ?優秀な能力者だったとか。でもクローン体は記憶の一部と本来の能力が欠けていたらしい」

「――原体オリジナルの名前は?」

「エレン・アストライアー」

「イーレの実年齢を知ってる?」

「知ってるが、口に出す勇気はないぞ。俺は死にたくない」

「……同じ脅迫を受けてるんだね……」

「昔、それを知った時にババア発言をして、半殺しの目にあった」

「リ、リアルな体験告白をありがとう……」


 カイルは身震いをした。


「で?イーレの実年齢がどうした?」

「この地で、500年ほど前にアストライアーという名の賢人が死んで古墳がある」

「――」


 サイラスは立ち止った。


「……名前ぐらい偶然の一致はあるんじゃね?」

「と、思うよね。でもイーレとシルビアがここで死んだ可能性まで言及した」

「……もしかして、左手は自傷?」


 カイルが頷くと、サイラスは頭をかきむしった。


「あ~~、なんでこういう面倒なことが起こるんだよぉ。厄介すぎるぞ。その古墳とやらはどっちだ?」

「この先だよ」

「行ってみよう」





 森の中を歩きながら、サイラスは周囲を視認しているようだった。さすが未知の地点の探索の先陣を司る先発降下隊の一員だった。

 わずかな痕跡で獣の種類を言い当てる才能は、西の民のハーレイに近かった。


「さすがに鋭いね」

「それが仕事だからなぁ。突発の死亡事故は多いぞ。ほとんどの隊員は、クローン申請をしている」

「初耳だ」

「命知らずの脳筋が多いのさ」

「サイラスを筆頭に?」

「否定はできないな。頭を使う仕事は、研究員がすればいい。俺は金を積まれてもごめんだね」


 サイラスはもう一度周辺を視認し、つぶやいた。


「南の森とは全然違うな」

「そうなの?」

「雰囲気がのどかだ。あっちは 魔獣ばかりで、暗い印象があったな」

「今回のことで、残存するのはサイラスの移動装置ポータルだけだよ。誰かが降りてこない限り、それを使って帰還するしかないけど」

「メレ・エトゥールと相談して、南の討伐に力を入れるかな――いざという時の保険はあった方がいいだろうし」

「で、サイラスの話は何かな?」

「頼む、この地にいる間、イーレを見はっていてくれ。あの男は危険だ」

「あの男?」

「若長とやらの地位にいる西の民」

「ハーレイが危険?いや、彼はエトゥールに友好的だけど?」

「危険だ。イーレ的に」

「イーレ的に?」

「イーレは自分より強い男に弱いんだよ」


 サイラスは深いため息をついた。


「……イーレが?」

「イーレが」

「……イーレが?」

イーレが」


 サイラスは顔をしかめた。


「しかもあの男も、強い女が好きな気配がする。やっかいなことになる前に引き離してくれ」

「ハーレイは十年前に妻子をなくしているし、別に手が早いタイプじゃないし――まあ、イーレと手合わせをしたくて、暴走はしているけど」

「ますます危険じゃないか」

「イーレを止めれば?」

「止められるもんかっ!」

「……サイラスに握れない手綱を、僕が握れるわけないでしょ?」


 カイルは首をふった。


「僕だって命が惜しい」

「そんなイーレを猛獣のように……」

「イーレと野生のウールヴェのどっちが強い?」

「イーレ」

「イーレと野生のウールヴェのどっちが怖い?」

「イーレ」

「僕はそんな怖いものを相手にする勇気はない」


 真顔でカイルは答えた。


移動装置ポータルができたんだから、頻繁に監視しにくればいいじゃない」

「口実がない」

「ハーレイの鍛錬たんれんを受けるって言えば、イーレも許すよ。ハーレイのひととなりも理解できるだろうし」

「……妙案だな」


 カイルはじっとサイラスを見つめていたが、くすくすと笑いをもらした。


「イーレとサイラスの立場が逆転している」

「は?」

「イーレに対する男女の感情かと思ったけど、サイラスはイーレが悪い男にひっかかることを心配している父親のようだ。サイラスは周囲に無関心で、面白いことにしか興味がわかないかと思ったけど、懐に入ったものはすごく大事にするね。イーレとかリルとか」

「――」

「イーレは『家族』の枠組みだから、娘を嫁にやることを渋る父親みたいだよ。ドライなサイラスがそこまで感情的になるのもすごいね。でもさ――」

「でも?」

「リルが結婚するときの方が、もっと大変そう」

「リルの結婚はまだ先だろう?まだ11歳だぞ?」

「知ってた?エトゥールでは11歳で社交デビューをし、結婚相手を探し婚約、15歳で成人だから、結婚してもおかしくないんだって」


 サイラスはカイルの突然の超爆弾攻撃に衝撃を受け、固まった。





 相変わらずライアーの塚は人気ひとけがなかった。だが空気は不思議なほど、澄んでいた。

 サイラスは、かがんで遺構の石畳を検分した。落ちていた枝を拾いあげ、石畳の目地部分を確認する。


「……先住民族の印象がある西の民が石畳を構築する技術があるのかねぇ」

「おかしい?」

「石畳ってさ、こう表面を平にして、均等に立方体で石を切り出せる技術が必要なんだよ。その加工技術があったら、もっと発展していると思わないか?」

「確かに。本当は専門家のイーレに見てもらうのが一番いいんだろうけど、本人が近づくのを嫌がっている」

「まあ、過去の自分のための墓は見たくはないな」

「でも入り口がない」

「普通こういうのは逆なんだけどなぁ」

「逆とは?」

「これ見よがしに入り口があって、中は罠がいっぱい」

「あと、これも見てほしい」


 カイルは移動装置ポータルの痕跡を指さした。


「まごうことなき移動装置ポータルの痕跡だな」

「だよね?」

「型は古いかもしれない」

「これがここら周辺にいくつかある。確定座標がぶれているみたいに。イーレはありえない、っていうけど……」

「いや、たまに発生する」


 サイラスは移動装置ポータルの痕跡を確認しながら答えた。


「磁場が狂っていたり、移動装置ポータルのメンテナンスができていないときに起こる現象だな。よく先発隊が磁場の異常で着地点がずれたりしていた。でも問題はそっちじゃないな。誰が移動装置を使っているんだ?」

「それだよ」

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