第6話 交錯⑥

 クトリは地獄を見ていた。

 ディムが言うほど、災害予知は簡単ではない。大災厄だいさいやくが何か曖昧だからだ。


 大地震、津波や火山噴火など自然事象は、本来制御できない。惑星の極めて自然の物理的活動であり、人が呼吸することに等しい。惑星物理学の専門家は、大陸分裂移動の地殻変動でさえ、惑星の「寝返り」レベルだと平気で評する。


 だから、彼等は生物学研究者達に、評判が悪かった。追跡している生態系が全滅するような地殻変動を「たいしたことがない」と報告を怠る癖があり、この二つの集団の仲は険悪だったりする。

 どちらも研究馬鹿だから、己の関心ごとにしか興味を示さない。


 「文明を滅亡させるレベルの大災厄」などという複合的視点から判断できる研究者はここには皆無だった。皆、専門に特化しすぎていた。


 それぞれの専門家がするべきことを、クトリはしなければならなかった。

 電離圏の異常検出や地殻変動は海底の変動率まで及ぶ。要は災害を予見する条件要素が多岐に及び、細分化されるのだ。

 異常気象ならまだ専門分野だからいい。海洋物理学や惑星電磁気学、惑星内部構造の推定になるとお手上げだった。



 ディム・トゥーラは姿を消していた。本気でクトリに丸投げする気らしい。



 ディムも謎な人だよな……と、クトリは思う。いつも文句を言いながら、カイル・リードの面倒を見ていた。そのあげく、ここまで巻き込まれておきながら、仲がいいことを全否定して「成り行き」とまでいうとは、どんなツンデレだとクトリは突っ込みたかった。


 それをそのまま、カイルに伝えるとどうなるだろう?


 もしかしたら、カイルは果てしなく落ち込むかも――ちょっとそれを見るのも、面白いかもしれない。クトリは想像してニヤニヤした。


 そういえば、カイル・リード自身も謎に満ちていた。

 同調能力――そんなものが存在することを、クトリはカイルに出会ってはじめて知った。精神感応テレパスとは、違うらしい。

 らしい――というのは、微弱な精神感応テレパスしか持たないクトリの理解の範疇を超えていたからだ。中央セントラルでも過去に数人しかいないと言われる希少な能力者は、別に高慢でもない、親しみやすい人柄だった。

 だがその能力は完全に規格外だった。


 探索機械シーカーが使えない惑星で、精神飛行ダイブをし、その惑星の生物と同調シンクロすることで、情報収集をするなど、誰の発想だ、とクトリは驚いたものだ。

 しかも、それは途中までうまくいっていたのだ。


 結局、支援追跡バックアップしていたディム・トゥーラと遮断され、心拍停止の事故は起きたが、事故さえ起きなければ――いや、彼が行方不明にならなければ、探査計画プロジェクトは中止にならなかったはずだ。


 カイルを行方不明にしたのは、あの惑星の謎の精神生命体だ。そう、が全て悪い。のせいで、こんな大災厄について解析する羽目になって――。


「あー、僕も降下すればよかったっっ!!!!」


 こんな中央セントラルで専門外の解析をする羽目になるなら、降下の権利をサイラスに譲らなければよかった。クトリは絶叫した。





『申し訳ございません。研究プロジェクトに参加中で不在です』


――まあ、そうだよな


 ディム・トゥーラは予想通りの応答に、すぐにあきらめた。探査計画プロジェクトが中止になり、中央に帰還すればすぐに次の任務があてがわれる。イーレはこれがあるから帰還を渋った。


「連絡を取りたいから、伝言の転送をお願いしたい」

『承りました』


 ディムは伝言内容を転送すると通話を切った。

 調査惑星の裏事情を知っていそうな責任者であるエド・ロウが不在となると、情報収集の伝手が限られてくる。


「どうするかな……」


 あの惑星は過去に探索されている。この仮説が真実であることをどうやって暴けばいいのか。


「――」


 トゥーラは矛盾に気づいた。

 なぜ、中央セントラルは一度探索している惑星の再探索を許したのだろうか?しかも初探索を装って。

 過去に探索していることを隠していたはずなのに。しかも探索しているなら、すでに基本情報はとっくの昔に入手されているはずだった。


――基本情報


 盲点だった。





「ディム~~」


 ディム・トゥーラの再登場時にクトリは半べそだった。


「無理です。終わりません。もう僕にはできません。旅にでます。探さないでください」

「終わるぞ」

「へ?」

「惑星の基本条件を入れて、全検索をかけろ」

「基本条件って?」

「平均公転半径、近日点距離、遠日点距離、離心率、公転周期、平均軌道速度、衛星の数――」

「待って待って」

「赤道面直径、平均密度、自転周期、扁平率――」


 クトリは必死にディムの言ったものを打ち込む。


「誤差設定は?」

「3%程度でいってみようか」


 検索は簡単には終わらなかった。


「ずいぶん長いですね……」

「この宇宙には似た惑星は山ほどあるだろうからな、しばらく放置でいいぞ」


 ディムはコーヒーを二人分、入れはじめた。


「探査記録はない」

「え?」

「抹消されているか、未登録か探査した事実は隠されている。でも探査対象は消去できないだろう。惑星情報は消せない。その星系のデータには干渉できないはずだ。管理管轄が別だから」

「……あ」

「だが、その管理管轄が違う惑星情報は、最初の探索申請に使われているはずだ。文明が滅びると理由が明確に記載されてな。俺達はそれを探しあてればいい」






「この樹とあの樹も切ってくれる?」


 イーレが指示を出すと、屈強な西の民が2名、またたくまに針葉樹を斧で切り倒した。まわりの人間達は、残された切り株を掘り起こす者と、倒した木をノコギリで運びやすい大きさにする者にわかれる。

 移動装置ポータルを中心に空き地ができつつあった。


「ウールヴェ退治の時も思ったけど、本当に手際てぎわがいいわよね。余計なことを言わずに、各々が仕事をこなすから」


 感心するイーレに、ハーレイは笑う。


「日常的な作業だからだ。こんなことで手際が悪ければ、冬に向けてのまき集めはどうなる」

「なるほど、慣れているのね」

「慣れているし、筋肉を鍛えるにはちょうどいい」

「イーレ、大きさはどうする?」


 少し離れた場所からカイルが問いかける。


「まかせるわ、メレ・エトゥールにでも聞いてみて」

「うーん」


 カイルは考え込む。


「どう思う?ミナリオ」

「移動できるなら、荷馬車丸ごとの大きさがいいですね。それぐらいの大きさは可能ですか?」

「ファーレンシアの馬車を基準にしても大丈夫かな」

「ああ、全長としてはあれぐらいです」


 カイルは木の枝を拾って、移動装置ポータルを中心として、大きな正円を地面に書いた。かなり巨大な円で、馬車がすっぽりおさまる大きさだった。


「こんなものかな」

「そうですね」

「イーレ、いいよ。この円を基準に作って」

「あっちの準備もいいのかしら?」

「サイラスとメレ・エトゥールが待機しているよ」

「じゃあ、始めるわよ」


 イーレは円の中心に腰を落とし、地面に手をついた。


起動スタート・アップ


 イーレの言葉に地面が光り出した。

 周囲から驚きの声が走る。


『転移領域設定』


 地面の光はちょうどカイルが描いた地面の正円まで広がった。


『目標座標変更』


 地面の光が垂直に立ち上がり始める。


『確定座標複写』

『管理者権限変更』

『使用者制限』

『生体情報登録――』


 子供姿のメレ・アイフェスが発する言葉は、ハーレイとファーレンシア以外理解できないようだった。

 だが彼女の言葉に合わせて光はゆらぎ、流れを作り始めているのは確かだった。


 ハーレイは焦った。


「あんな難しい呪文は無理だぞ?」

「大丈夫、あれは最初だけだ」


「――」

 彼女が最後に何かをつぶやくと、虹色の光の柱ができあがった。


 イーレが虹色の光の壁から出てきた。

「はい、できあがり」

「静かですね。舞踏会場では派手な光と音がしましたが」


 ミナリオは、不思議そうに首をかしげる。


「あれは演出よ、演出。だって派手に登場しないと、噂として残らないでしょ」

「直訳すると、単にイーレが目立ちたかっただけなんだよ」


 ぼそりというカイルは頭を叩かれた。


「さあ、誰から行く?」


 イーレは辺りを見回したが、近衛兵は全員尻込みをしていた。

 ミナリオが手をあげる。


「私が試してみましょう」

「ミナリオ、度胸があるね」

「カイル様の元にいると、たまに胃薬が必要ですが、慣れると図太くなります」


 専属護衛の言葉に、その場の全員がぷっと吹き出す。


「そりゃ、よかった」


 カイルはむっとして、報復のようにミナリオの身体を虹色の光の輪に向かって、軽く突き飛ばした。


 専属護衛の姿は一瞬で消えた。





 カイルに突き飛ばされたと思ったミナリオは、次の瞬間に見慣れた離宮の中に立っていた。


「――」


 離れた場所に黒髪のメレ・アイフェスとメレ・エトゥールが立っていた。


「成功のようだな」

「……すごい……本当に一瞬だ……なんてことだ……」


 ミナリオは呆然とし、胃のあたりを軽く押さえた。

 サイラスは傍にいる白いウールヴェに話しかけた。


「問題ないから、どんどん移動しろ、と伝えてくれ」


――問題ない どんどん移動


 ウールヴェの伝言にカイルは、ファーレンシアに合図を送った。


「皆さん、行ってください」


 エトゥールの妹姫の命令に、近衛兵達は息を飲み、それから逆らうことなど許されず、光の円に向かって歩き出した。

 勇敢な近衛部隊が、舞踏会場での襲撃より移動装置ポータルに怯えていることに、カイルは少し笑った。

 彼らが姿を消すと、近衛達の馬を誘導するのは、カイルの役目だった。遮蔽しゃへいと同調で馬を落ちつかせ、光の輪の中に導く。馬は次々と姿を消していった。

 見守っていた西の民達は、次々と消えていく近衛兵と馬達にざわめいた。



「……素晴らしい」


 離宮の中で見学していたセオディア・メレ・エトゥールはつぶやいた。

 舞踏会場のほぼ中央にできた光の円から、近衛兵達が現れた。彼らはこの経験に緊張のあまり汗だくだった。


「離宮?」

「本当にエトゥールなのか?」

「なんだ、これは」


 混乱する近衛兵達にサイラスが声をかける。


「すぐにそこから離れてくれ。次がくる」


 近衛兵達は慌てて、円から離れたが、まだ呆然としていた。

 だが、次々と自分の愛馬達が現れると、はっとして手綱を握り、誘導した。


「約10日の行程短縮か、たいしたものだ」

「悪くない移動手段だろ?」


 サイラスはにやりと笑った。

 メレ・エトゥールは頷いたが、近衛隊が馬ともに外に向かい、次にはファーレンシア達が使用した馬車が現れたときに小さくつぶやいた。


「――しまった、絨毯が汚れることは想定外だったな」

「突っ込むところ、そこ?」

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