第5話 交錯⑤
基本的な指導のあと、カイルの剣術は頭打ち状態になった。運動神経と戦闘のセンスは、
「飲み込みがいいから、もう少し集中して教えたいものだ。俺の弟子になるか?」
「私と一緒に、ここに残る?」
「弟子とかそういう話はやめて。イーレ、どうして残ることが前提なんだ!?」
「だって、ここは面白いし。私は、まだ剣術を学んでないし」
「その思考は間違っている」
イーレは考え込んだ。
「……ハーレイの戦闘の記憶を読んで、腕は上達しないかしら」
「……
「ねえ、ちょっと実験してみない?」
カイルはハーレイを見た。
「それで上達するなら、俺はかまわん」
ハーレイは相変わらずあっさりと承諾した。
結論から言うと、この同調実験は失敗だった。
ハーレイの記憶から戦闘の経験を学んでも、身体の反応の方が追い付かなかったからだ。
「結局、肉体は鍛えないとダメ、と」
「だが、便利な習得手段だ。身体的に優れていても経験不足の若者向きだな」
「多少『精霊の加護』を持っている人間なら、カイルから伝授できるかもしれないわ」
同調実験に付き合ったミナリオとファーレンシアも頷いた。
「メレ・エトゥールやサイラス様には伝授できるのでは」
「その前に私でしょ」
「――」
全員がイーレを
「イーレには不必要でしょ!?」
「あら、初期の被験者として最適でしょ?」
「イーレが強くなると公平な手合わせができないから後日にしてほしいな。だいたい不公平だ。俺もイーレの棒術を学びたいぞ?」
「交換ってことで、どう?」
「それなら悪くない」
「――当事者を無視して、勝手に話をすすめないでくれる?」
カイルはむくれた。
「だいたい僕の剣術を上達させる話から脱線しているし」
「カイル様が強くなってしまうと、私がお役御免になってしまいます」
ミナリオは複雑そうにため息をつく。
「正直、ここまで剣を使いこなせるようになられるとは思いませんでした」
「何、言ってるの? ミナリオが辞めたら僕が困る。僕はミナリオ以外の専属護衛は嫌だよ?」
「――」
思わぬ言葉に顔を赤らめて照れるミナリオに、イーレは言った。
「気をつけてね。この子は天性無自覚の人たらしだから、凶悪よ?」
ハーレイと、あろうことかファーレンシアまでが頷き同意したので、カイルは不本意だった。
ハーレイは、その日はそのままミナリオとカイルに訓練し、ファーレンシアはイーレと共にそれを見学していた。ハーレイはミナリオの腕に感心していた。
「こんなに
ハーレイが吐息をつく。
「……」
「……」
「ねえ……カイル?」
「ダメ」
「でも……」
「絶対にダメ」
「まさか、何か手段があると?」
「――ないこともない」
ハーレイがカイルを見た。
「メレ・アイフェスの
「まあ、そう。でも、ダメだ」
「なぜ?」
「カイル以外が帰還する時の手段をつぶすからでしょ?」
「どういうことだ?」
「今、地上にメレ・アイフェスが降りた地点が三箇所ある。一箇所は南の森、あとはエトゥールの離宮とここの精霊の泉だ。イーレはそのうちの二箇所の登録者だから、繋げることができる」
「よく、わからん」
「もしかして、舞踏会場にイーレ様が現れたようなことができると?」
ファーレンシアは察した。
首を傾げるハーレイに彼女は補足した。
「エトゥールの離宮と、こちらの西の地を簡単に行き来できるようにする手段があるということです」
「そんな馬鹿な」
ハーレイは笑ったが、ファーレンシアもミナリオも笑わなかった。
「あの時、イーレ様は突然現れて、戦いが終わると去っていかれましたね。でも、こことエトゥールは500km以上離れてますよ?」
「私はその70倍の距離を移動してきたのよ」
ミナリオもハーレイもぽかんと口をあけた。
「メレ・アイフェスの国は、そんなに遠いのか!?」
「まあ、もっと、遠いわけだけど……」
「メレ・アイフェス側にも
「私は別にいいけど」
「イーレ」
「サイラスは反対しないわよ?私が承諾すれば」
「イーレ」
「シルビアが同意するかどうかね」
「イーレ」
「ちょっと、シルビアに聞いてくるわ」
カイルはイーレの
「どうして、そう自分の欲望に忠実なんだっ!貴方は僕達を監督する立場でしょ!?」
「監督がいいって言っても、反対するんだもの」
「認めて、ディムに怒られるのは真っ平だっ!」
「いいじゃないの、私が勝手にしたってことで」
「エトゥール城の中に他国への道を作るなんて、メレ・エトゥールが許さない」
「あっ、そうか」
「あの……」
おずおずとファーレンシアが割ってはいる。
「シルビア様の同意を得るのは、もちろんですが、とりあえず兄に聞いてみるのは、いかがでしょう。防衛上、問題がなければ、案外、了承しそうな気がします」
「ファーレンシア、そこは止めてよっ!」
「あ……その……ちょっと、この西の地と自由に行き来できれば、素敵かなぁ、と……」
「姫様もそう思いますわよね?」
「はい」
「ここには、僕の味方は誰もいないのか!?」
慰めるように、ハーレイはカイルの肩を優しく叩いた。
侍女の甲高い悲鳴が起こり、取り落とした茶器が床で割れる。
目の前に狼のような獣がいきなり現れたからだ。
――これで2回目だ。
セオディア・メレ・エトゥールは頭が痛くなった。
専属護衛達は侍女の悲鳴で、とっさに剣を抜き構えたが、見慣れた白いウールヴェに息をつき、すぐに剣をおさめた。
執務室にいきなり白い狼に似た獣が現れれば、動揺するのもわかるが、そのたびに茶器が失われるのはいただけない。まさか自分の侍女の採用条件項目に「度胸」が必要になるとは思わなかった。
――めれ・えとぅーる かいる 話がしたい 言ってる
セオディアの脳裏にウールヴェの声が響く。
まわりくどく、ウールヴェのまま先触れとしてよこすなら、人払いを望んでいるのだろう。
セオディアは軽く手をふって、まだ破片の片づけをしている侍女と専属護衛達を執務室からさがらせた。
「いいぞ」
すぐにウールヴェの気配が変わる。
『忙しいところ、ごめん……』
「何か問題でも起こったか?」
『問題ではないんだが……』
「妹への求婚の許可か?」
『何を言ってるんだっ!?』
「なんだ、違うのか」
セオディアはこれ見よがしにため息をついた。
「期待したのに、つまらぬ」
『ふざけるのは後にしてよ。西の民との交流の件なんだが、今、剣技を教えてもらったり、いい感じにすすんでいる』
「ほほう、閉鎖的な西の民からそこまで引き出すとはたいしたものだ。彼等から剣技を学べる機会など、滅多にない」
『そうだと思う。それで……その……エトゥールの離宮から西の地に行けるようにしたい……のだけど……』
「――なんだって?」
メレ・エトゥールは耳を疑った。カイルの言葉も歯切れが悪い。
「意味がわからぬ」
『まあ……そうだよね。メレ・アイフェスの技術で離宮から、すぐに西の地に行けるようにできるんだけど、ね……その防衛上の問題や、メレ・エトゥールの見解を聞きたい』
「メレ・アイフェスの技術で?」
『そう』
「それは、あれか。イーレ嬢がこの地にきた
『さすがだね、その通り』
「その
『それが可能なんだけど……』
「――面白い」
『いや、面白がらずに積極的に反対してくれていいんだが……』
カイルの声に困惑がやどる。
「察するに、反対しているのはカイル殿だけで、若長も承諾はしたんだな?」
『あちらは森の中だから、エトゥールの城内のように防衛上の問題はない。こちらは城の中だ』
「管理はどうするんだ?」
『イーレだけにするか、認証させた人間だけが起動できるようにする』
「ハーレイ殿、私とファーレンシア、メレ・アイフェス達だけだな。だが、ナイフをつきつけられ、脅されて起動を迫られたらどうする?」
『離宮を閉鎖して警備をおくか、起動を関係者に感知できるようするとか……』
「関係者は通路の遮断もできるか?」
『できる』
「離宮は新しいものを建てよう」
『はい?』
「あの離宮は、移動専用にして警備をつけて閉鎖する」
『ちょ、ちょっと待った――』
「前回の騒動で、警備上、問題があることは周知の事実だし、手狭に感じたからな。いい口実になる。さっそく、手配しよう」
『いや、待って――』
「西の民の滞在する場所として、今の離宮を整備する必要もあるな。交易もそれでやるとなると、倉庫類も必要になる」
『交易?』
「今まで商人に手数料をとられ、時間と労力がかかっていたものが不要になるんだぞ?西の民も、エトゥールも利がある。交易の責任者はミナリオを兼任させるか?実家が商家だから可能だろう。一応、彼に打診しておいてくれ。その道の確保はそちらにまかせる。とりあえず離宮の閉鎖を第一兵団と話し合ってくる」
白いウールヴェは執務室にポツンと取り残された。
カイルは
いつものようにファーレンシアの膝枕であり、全員がカイルを
「兄の反応はいかがでしたか?」
「――異様に乗り気だった。建前は交易だの言ってたが違うような気がする……」
「ああ」
ファーレンシアとミナリオは心当たりがあるようだった。
「思い当たることが?」
「メレ・エトゥールも息抜きがしたいのでしょう」
「意味がわからない」
「離宮に行くだけで、お忍びで西の地までこれるのですよ?これは魅力的ではありませんか?」
「遠出を楽しむ暇などありませんでしたものね」
すると何か?メレ・エトゥールは執務のストレス発散のために承諾したのか?
カイルは反対する人物が
「メレ・エトゥールが望むなら
「まさに、メレ・エトゥールが喜びそうなことですね」
「ミナリオ、交易の責任者になる?そんなことも、メレ・エトゥールが言っていたよ」
「ああ、なるほど。この移動手段で交易も考えられているのですね。私ではなく、可能な人物を実家からメレ・エトゥールに
「イーレ、僕はディムに怒られるのだけは、嫌だからね」
「大丈夫、全部私が勝手にしたことにしておきなさいな」
イーレは満足そうに笑った。
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