第3話 交錯③

 中央セントラルに到着したディム・トゥーラ達は、報告の義務を無視して、古巣の研究都市に直行した。

 研究都市は中央セントラルの研究機関を集中的に配置した学術都市だった。小型サイズの惑星並みの人口を有する宇宙空間に浮かぶ巨大な人工居住地スペースコロニーだ。

 惑星探査などのメインプロジェクトの参加者はこの研究機関の出身者に限られていた。


 ここまで来れば、勝手知ったる庭だった。中枢である研究所にたどり着くと、荷物を自分の研究室に放り込んだ。


「あー、解析室は満室ですね」

「貸せ」


 ディム・トゥーラはクトリから予約端末を奪うと、何やら複雑なコードを打ち込み始めた。


「何のコードですか?」

「ハッキング」

「!?」


 クトリは絶句した。


「何やってるんですか?!」

「横取りするのが手っ取り早い。遠路はるばるきたというのに時間がもったいない」

「モラルはどこにいったんですか」

「世界の番人のところに捨ててきた。今頃、苔が生えているだろうさ」

「――」


 クトリはディムの手元を覗き込んだ。


「今度、やり方を教えてください」

「モラルはどうした?」

「今、捨てる決意をしました」

「研究馬鹿め」

「貴方に言われたくないですね」


 ディムは予約端末をクトリに返した。


「1時間後に解析室を二つ確保した。データ入力準備をできているか?」


 クトリは慌てて自分の荷物から記憶装置キューブを取り出した。データ量が膨大なため、すぐには終わらないのはわかっていた。


「もう一つはなんの解析に使うんです?」

「調べたいことがある」




 ディム・トゥーラは解析室の一つを占拠して調べ始めた。

 思い出せ。番人の領域での言葉を。ディムは記憶を呼び戻していた。あの時、世界の番人は何と言った?


――――お前達は知っている


――――知っているのに止めなかった大罪


――――許されない


 誰が知っているというのか?何を知っているというのか?何を止めなかったのか?これが大災厄のことと仮定したとき、あの地に大災厄が訪れるのを知っていた者がいるということだ。


――――あの惑星に文明があることを知っていた?


――――正解


 文明があれば、影響のある接触が禁じられる。それは周知の事実だった。その文明があるという事実を隠して探索する意味が全くない。二度手間、三度手間の無駄な作業が発生して非効率だからだ。


 にもかかわらずあの惑星は探査目標にあげられた。

 辺境という悪条件に、クトリが言うように「中央セントラルのトップクラス」が集結しているなら不自然さがある。


 何か見落としている。


「探査惑星に文明があった場合、直接接触が認められた事例をリストアップしてくれ」


『検索を開始します』






「抜け穴?」


 クトリは首をかしげた。


「惑星探査の法に抜け穴があると?」

「文明があれば影響のある直接接触が禁じられる」

「惑星探査の大前提の法ですよね?」

「文明の滅亡が予測されていれば、直接接触による探索が許されるんだ。滅亡するから後世への影響もない」

「そんなこと初耳です」

「俺も調べてみて、初めて知った。種の保存を優先とする箱舟的発想だろう。上層部の許可があって初めて成立する。そんなに大っぴらにはされていないはずだ」

「知的文明の滅亡が予想されるってそんなにありませんよね?氷河期とか惑星表面を覆う大洪水とか――あとは大規模世界大戦とか?」

「そうだな」

「滅亡が前提にあれば、自由に調査できるのですか?」

「かなり制約がはずれる」

「研究者が自由にできる期間限定の実験場のようなものですか……」


 クトリ・ロダスは顔をしかめた。 


「それ、極悪非道すぎません?滅亡が予測されていれば、地上で大量虐殺とかしてもお咎めなしってことですか?」

「極端なことを言うとそうなる。だから上層部の許可がいるんだろう」

「それが今回のこととなんの関係が――あ!」

「そう、世界の番人が言っていた大災厄で文明の滅亡の危機があるなら、この特例で過去に文明に接触していた可能性があるということだ。だから「知っているのに止めなかった大罪」と言われてもしかたがいない」

「……まだ仮説ですよね?」

「まだ証拠は見つからない。大っぴらにされていないと言っただろう?だけど、これを見つけると我々にもメリットはある」

「どんな?」

「カイルの違反行為は不問になるはずだ」

「そうか、接触が許されるから――」

「そう、俺達の降下行為は許される。こうなると、問題は世界の番人になる。大災厄を回避するまで、カイルを解放しないだろうから、大災厄をとめる必要があることは変わらない」

「待ってください。だけど僕たちに氷河期や大洪水は止められませんよ?」

「それだよ」


 とてもいい笑顔でディムはクトリの両肩をぽんと叩いた。


「クトリの解析に全てがかかっている。大災厄が何か。滅亡が確定している大災厄がわかれば、この仮説でビンゴだ。大変だろうが、よろしくな」

「~~~~っ!」


 解析と結果照合にどれだけ時間がかかるかと思えば気が遠くなる。だが自分の手伝いは期待するな、とディムは言っているのだ。クトリは抗議した。


「貴方、僕が人付き合い下手の変人発言したことを根に持っているでしょ!?」

「そんなことないぞ?」


 ディム・トゥーラは最高に嘘くさい笑顔で応じた。






 ハーレイの家を出たカイルは、ファーレンシア達を伴ってナーヤの家に向かった。老女は和議の式典に出席していなかった。

 カイルはすでに熟知している村の中を横断し、ナーヤの家を訪れた。


「お婆様、入っていいかなあ」

「遅いぞ」


 ナーヤ婆は、クコ茶を、3人前用意してた。

 ハーレイがイーレの元に残ったのは、カイルにとっても予想外だったのに、ナーヤはそれを見越していた。この不思議な先見のわざには、弟子入りしたい気分だった。


「お婆様、この姿では。はじめましてだね」

「獣だろうが、若者だろうが、魂はかわらん。そんな挨拶は無意味じゃ」


 カイルは笑って女性二人を紹介する。


「こちらエトゥール王の妹姫のファーレンシア・エル・エトゥール、あと僕と同じメレ・アイフェスのシルビア・ラリム、――ファーレンシア、こちらは西の民の占者せんじゃのナーヤお婆様。強い先見の能力をお持ちだ」


 ファーレンシアとシルビアは正式なエトゥールの礼を老女にする。


「ファーレンシア・エル・エトゥールと申します」

「シルビア・ラリムと申します」

「ナーヤだ。まあ、座れ」


 3人はナーヤの前に腰をおろした。


「ようこそ、おいでなされたなぁ。エトゥールの姫と治療の才を持つメレ・アイフェスよ」


 ナーヤはファーレンシアを見て上機嫌だった。


「こちらこそ、お会いできて光栄です。西の民の占者せんじゃは、エトゥールでも有名ですから」

「――そうなの?」

「はい」


 ファーレンシアは何故だか嬉しそうだった。


「こちらも光栄じゃ、世界の番人の守護を持つ者よ」

「世界の番人の守護?」


 カイルは聞きとがめた。


「ファーレンシアは世界の番人の守護を持ってるの?」

「西の民のお婆様、それは――」


 ファーレンシアは狼狽うろたえた。


「大丈夫、心配せんでもこの若造は、お前さんを嫌ったりはせぬよ。むしろ頑固さが治るかもしれん」

「でも――」

「お婆様、それって――」


――黙れ


 カイルはビクリとした。この状況で老女からハンドサインが飛んでくるとは思わなかったからだ。

 これは抜き打ちの試験で不合格になると、ハーレイの過酷な訓練が待っているのだろうか?


――出て行け


「カイル様?」

「……僕は邪魔なようだから、外で待っているよ」


 カイルは立ち上がってナーヤ婆を伺い見た。


――あとで戻ってこい


 カイルはため息をついた。逆らってはいけない雰囲気だった。





 ナーヤにあしらわれて追い出されたカイルは、外に出ると石段に腰を下ろした。


――世界の番人がファーレンシアを守護している


 ナーヤの言った内容は、初耳だったが納得もした。

 確かに世界の番人の領域では、ファーレンシアを庇う気配すらあった。納得はしたが、愉快なものではなかった。


 そこに羽音が聞こえた。


 カイルはギョッとした。精霊鷹が真横に舞い降りてきたからだ。しかも見覚えのあるオーラをまとっていて、明らかに憑依ひょういの状態だった。


「――常に降臨してたら有難味ありがたみが減るんじゃない?」


――――憎まれ口をたたけるくらい元気なら問題はないな


 精霊鷹はすぐに羽ばたこうとした。


「待った!」


――――何か用があるとでも?


「そういう意地悪いところが嫌いだ。世界の番人はエトゥールの王家を守護しているのか?」


――――している


「なぜ?」


――――初代エトゥール王の血筋だからだ


「血筋だけが理由?」


――――そうだ


「でもファーレンシアを特別扱いしている」


――――いているのか


「どうして肉体のない世界の番人が、そういう俗っぽい言葉を知っているんだよ!」


――――お前たちから学ぶ


いてない」


――――その割には心穏やかではない


のぞくな」


――――無理だ。お前の思念は強い


 カイルは世界の番人に勝つことを諦めた。西の民とエトゥールが和議を結ぶ努力をしたなら、自分もこの得体のしれない存在に歩みよるべきかもしれない。

 少なくともファーレンシアの気をもませることは、したくなかった。


「どうしていつも精霊鷹なのさ?僕への嫌味?」


――――四つ足でもいいが、困るのはお前だ


「僕が困る?」


――――お前のまだ幼い白い獣がねる


「ははは、まさか……」

 冗談を笑い飛ばそうとしたカイルは固まる。精霊鷹に笑う気配ははなかった。

「……ねる?」


――――小麦粉を大量に消費していいなら、試すか?


「あ、いや、今はまずいな。後日にしよう」


――――賢明だ


「どうしてファーレンシアは特別なんだ?……番人の領域でもファーレンシアを庇っていた。世界の番人は、平等ではないのか?」


――――それは勝手に人間が決めつけているだけだ


「答えになっていない」


――――お前はよく似ている


「初代エトゥール王に?」


――――そして彼女も似ている


「……誰に?」


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