第2話 交錯②

「あなた達が過保護に心配するのは、わかっているわよ。アストライアーのことでしょ」


 本人がいきなり本題に切り込んだ。触れることを躊躇ためらう話題にカイルとシルビアは視線を交わした。ファーレンシアもハーレイもいるこの場で彼女が口にするとは、思わなかったからだ。


「私を誰かと勘違いしているのかと思ったけど、あのお婆様が中継した人物は、もしかして原体オリジナルを知っているのかもしれないわ」

「……心当たりがあるの?」

「ないわよ。私は原体オリジナルの記憶が所々抜けているポンコツクローンだもの」

「その……イーレ……本当にこの惑星ほしで、貴方の原体オリジナルが死んだ可能性があると?」


 シルビアはやや呆然とたずねた。


「アストライアーの原体オリジナルのクローンに、アストライアーを知る者が語りかけてくる確率ってどのくらいかしらね。私もびっくりよ」

「名前の偶然の一致ではなく?」

「カイル、貴方は私に表面だけ同調した時に、私の原体オリジナルの名前を知ることができた?」

「いや、無理だ。もっと深く同調しなくては」

「貴方も私の原体オリジナルの名前を知らなかった。なのにあの占者せんじゃに憑依してた存在は、私の質問にも、正確に答えて私の原体オリジナルの名も当てた。しかも帰ってくることは予言されていたんですって。初代エトゥール王の賢者メレ・アイフェス達に」

「――」

中央セントラルが何か隠しているとは思ったけど、まさか自分がらみとは思わなかったわ」


 はあ、とイーレはため息をついた。


「さっきから何の話をしているんだ?」


 さすがにハーレイが口をはさんできた。


「おりじなる、とか、せんとらる、とか、話の半分もわからないのだが」

「――」


 イーレが軽く口をあけた。


「……私、エトゥール語でしゃべってた?」

「あー、イーレ」


 言いにくそうにカイルが告げる。


「実は、若長ハーレイもファーレンシアも『精霊の加護』を持っていて――」

「知ってる。特殊な能力なんでしょ?彼、私の原体オリジナルの姿を見てるわ」

「ハーレイ?」

「出会った時から、彼女と重なって髪の短い成人女性が見えている。今もそうだ」


 カイルは顳顬こめかみを押さえた。ハーレイにそんな能力があるとは思わなかった。ファーレンシアが超遠隔遠視なら、ハーレイは過去見能力ポストコグニションか?


「……話がややこしくなってきた。イーレ、彼の能力はそれだけじゃない。精神感応力テレパスもあって、僕達の会話は筒抜けだ。ファーレンシアもそうだ」

「……へ?」

「どうりで二人の前で大胆にアストライアーの話題を出すと思っていました」


 シルビアが納得したかのようにつぶやいた。


「言葉を理解されているとは、思わなかったのですね」


 イーレはハーレイを見た。


「……今の会話、きいていたの?」

「だから半分も理解できないのだが?」

「……姫様も?」

「同じく半分も理解できませんでした。アストライアーは古代の西の民の賢者ですよね?」


 ファーレンシアも戸惑いを隠せないでいる。


「……これはやってしまった、って奴かしら?」


 イーレは自分の口を押さえこんだ。


「大丈夫です、イーレ。カイルなんてもっとはるかにやらかしています。暗殺者に命を狙われたり、剣を粉砕したり、浮遊灯あかりを見せびらかしたり――」

「シルビア!」

「……どういうこと?」

「いや、それは――」

「俺とエトゥール兵の間に割ってはいった時の話だな?」


 しまった――っ!ここに、まさに当時者がいたっ!

 焦るカイルに、イーレは目を細めた。


「ハーレイが障壁シールドを見たことがあるのは、それね?」

「なんで、それを?!」

「カイルは怪我一つしなかった」

「そこまで詳細な報告はなかったわね……」

「カイルの帰還後の処遇にかかわるので、私が止めました」

「カイル、あとで話し合いをしましょうか?」


 イーレがにこにこと微笑む。この笑顔を見るのは二度目だ。カイルは蒼白になった。


「イーレのおりじなるとは、どういう意味だろうか?」

「私の双子の姉がここに来ていて、死んでいるかも……って話よ」

「イーレ、それはちょっと違うのでは……」

「他にクローンの簡単な教え方ある?遺伝子的には近い例えでしょ?」

「えーっと……そうかもしれませんが……」


 ハーレイは怪訝けげんそうな顔をした。


「イーレの身内がこの地で死んでいると?」

「うん、まあ、そんな感じかな?」と、カイル。

「それとアストライアーが何の関係があると――」


 ハーレイは、ぽかんと口をあけた。戦士である男が、珍しく動揺していた。


「いや、まさか、そんなことは――」

「多分、ハーレイの想像であってる」

「アストライアーは五百年前の話だぞ?!!!」

「うん、そうだね」


 ハーレイは口をぱくぱくとさせ、必死に言葉を探していた。


「ハーレイ、言ったはずだ。僕達の外見は必ずしも、実年齢とは一致しない」

「不老不死か?!」

「不死ではないよ。事実、アストライアーは死んでいる。正確には不老でもない」

「待ってくれ、アストライアーがイーレの双子の姉なら、イーレの年齢は――」

「ハーレイ、長生きしたければ、それは計算しない方がいい。かげほうむられる」




 再び枕がカイルの顔面を直撃した。



「やはり中央セントラルはここを探索しているということだよね?」

「その可能性は大ね。ディムが探査報告を調べ直したけど、それらしいものもないし、隠蔽いんぺいされているかも」

「探査報告を調べ直した?……あれ、50万本くらいなかった?」

「あるわね」

「ディムと手分けして?」

「私が手伝うわけないでしょう、めんどくさい」

「――」

「彼一人で、それだけの調べ物をして、元凶の本人は、呑気にウールヴェにふざけた名前をつけていたら、そりゃ殴りたくもなるわよね」

「――」

「反省した?」

「………………海より深く反省しました」

「よろしい」




 ハーレイは首をかしげ、隣に立つ少女に囁いた。


「エトゥールの姫、ディムというのは?」

「カイル様の親友のメレ・アイフェスです。天上にいらっしゃって、今は不在だそうです」


 ファーレンシアが若長に説明する。


「カイル様がウールヴェにディム様の名前をつけたことに、怒ってしまわれて」

「偉大な精霊獣に名付けられるとは、名誉なことではないのか?」

「メレ・アイフェスにとってはそうではないようです。カイル様など精霊鷹を嫌っておいでです」

「――エトゥールの繁栄の象徴である精霊獣を?」

「はい」


 世界の番人はわざわざ精霊鷹の姿で、降臨した。カイルが精霊鷹を嫌っている事実を世界の番人が知らなかったとは思えなかった。


「世界の番人は嫌がらせができるユーモアの持主か?」

「カイル様は、ユーモアとは思ってないから、ますます精霊獣嫌いと世界の番人嫌いに拍車がかかるわけですが……」

「なるほど。それで、あの不遜ふそんな態度か……」

「西の民にとっては許されざる態度かもしれませんが、お許しください。そもそも彼らメレ・アイフェスの価値観の尺度は違うのです」


 カイルをかばって弁明する姫にハーレイは好感をもった。ふっと笑った。


「エトゥールの姫も苦労するな」

「カイル様に関することでしたら、苦労でもなんでもありませんから」


 ファーレンシアはハーレイに微笑みを返した。


「そうなのか?」

「ハーレイ様はイーレ様のお世話は、苦痛ですか?」


 ハーレイは考え込んだ。


「いや、驚くことは多いが、苦痛ではない。楽しんでいる」

「それと同じですわ」

「……なるほど」


 二人の間に奇妙な連帯感が生まれた。





「私は近づきたくないけど、ライアーの塚を調べてよ。なんか出てくるかもしれないわ」

「何かとは?」

原体オリジナルの骨とか」


 カイルとシルビアは露骨な言葉に、身震いした。


「墓荒らしはしたくない」

「私もです」

「考古学担当者でも降下させる?彼等なら嬉々としてやりそう」


 カイルはちらりとハーレイを見ると、若長は首をふった。西の民の聖地を犯すわけには行かない。和議をぶちこわすことになりかねなかった。


「そもそも入口はなかったよ」

「入口がない古墳なんてないわよ」

「ハーレイとウールヴェでまわったが、風化した遺跡のていだった」

「ウールヴェで行ったんでしょ?貴方、自分が仲間の墓を作ったら、ほいほい荒らされる造りにする?」

「それこそ、僕が突っ込みたい点だよ。仲間が死んだら、現地に墓など作らない。ステーションに連れ帰るだろう?」

「……そういえば、そうね」

「ステーションに戻れなかった。連れ帰る存在がいなかった。本人が地上で眠ることを望んだ。西の民のために墓を作った。どういう可能性があると思う?」

「……まったく別の物があるとか」

「それもありえる」

「だったら、やっぱり入り口を探すべきよ。ディムが戻ったら、上空から走査してもらえば埋設物の大きさもわかるわよ」

「あとでもう一度行ってみるよ。――もう一つ気になることがある。ライアーの塚のまわりに移動装置ポータルの痕跡があったのだけど……」

「はあ?」


 イーレが目を丸くする。


「私達以外に降りている物好きはいないわよ?」

「少し変なんだ。痕跡が定位置じゃなく、ブレている」

「――確定座標はブレないわよ。世界の番人が悪戯しない限り」

「だから変だろう?複数の痕跡など」

「カイル、それぐらいにして、イーレを休ませてください。まだ万全じゃありません」


 シルビアがドクターストップをかける。


「帰る帰らないは、また話合いましょう。2,3日はゆっくり休んでください」


 カイルも頷いて、話を止めた。ウールヴェのトゥーラは心得たように、イーレに寄り添って添い寝の態勢を整える。イーレはぬいぐるみのようにウールヴェを抱きしめた。


「イーレ」


 カイルは戸口で足をとめて、振り返った。


「なあに?」

「イーレは原体オリジナルが嫌いなのか?」

「大嫌い」

「……なぜ?」

原体オリジナルが死ななければ、私は生まれて苦しむ必要はなかった。いちいち原体オリジナルの優秀さを比較する人間に囲まれて生きることもなかった。単純な心理よ」




 ハーレイは部屋に残った。


「……あなたは行かないの?」

「行く必要もないだろう。かえってカイル達の邪魔になる。見られたくないことはたくさんあるみたいだ。それに――」

「それに?」

「イーレが一人になりたくない顔をしている」

「……そんなことはないわよ」

「強気の発言だが、精霊獣にしがみついていたら説得力にかける」

「……ちょっと怖いだけよ」


 ハーレイは小さく笑った。


「野生のウールヴェの背中より怖いことはそうそうないからな。よっぽどだろう」

「……」


 イーレは返答を避けた。


「……意外にあなたは態度が変わらないわね。もっと化物扱いされるかと思ったわ」

「化物?」

「……その……わたしの年齢とか……いろいろ?」

「精霊の祝福を受けたら、不老不死ぐらいあるだろうし、世界の番人に愛されている賢者じゃないか」

「……柔軟な考え方にびっくりだわ」

「今のイーレは500年生きた賢者じゃなく、子供に見える」

「……」

「眠るまで、ここにいる。早く手の傷を治してほしい」

「手合わせのために?」


 ハーレイは笑っただけだった。


「見てらっしゃい。コテンパンにのしてあげるから」

「ああ、期待している」


――なんか悔しい。子供のようにあしらわれている。この男に悔しさを感じるのは二度目だ。だが渾身の一撃を避けられた時とは違う悔しさだ。


 イーレはよくわからない感情と共に、ウールヴェの温もりを感じながら、眠りに落ちた。

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