第7章 精霊の贖罪

第1話 交錯①

――シャトルの旅はこんなに退屈だったろうか。

 ディム・トゥーラは思った。


 辺境の観測ステーションから中央セントラルまで戻るには、跳躍ワープポイントを二度経由しても、二週間ほどかかる。研究都市専用のシャトルはAIによる自動操縦なので、操縦の負担はないが、時間の浪費は激しい。

 研究馬鹿の専門家は、中央セントラルに頻繁に帰省するより、辺境いなかの観測ステーションに引きこもりがちになる傾向にある一番の理由はそれだった。


 観測ステーションの残留組はカイル達の救出に純粋に協力してくれる人間だけになり、徐々に数を減らしている。

 好都合といえば好都合だったが、それでも法に触れる救出計画であることは確かだ。

 接触が禁じられている文明にどんどん人員を投下し、いつ主犯として拘束されるかわからない。


 その前に中央セントラルの量子コンピューターで大災厄に関する解析をすませなければならない。


 ディム・トゥーラは「名目上」報告のためという口実で、中央セントラルに一時帰還を試みた。クトリ・ロダスもそれにつきあって同行している。そのためステーションからの支援追跡バックアップは完全に中断している。


 イーレが地上組と合流することを確認する前にステーションを離れてしまったことが気がかりだった。予想通り――それは嬉しくない予想だったが――着地のための確定座標は、ずれてしまった。イーレはそれを予想しており、座標がずれてもなんとかするから、中央セントラルでの解析を急げ、と厳命していた。


 頼むから何事も騒動を起こしてくれるな、と祈る。

 これ以上事態が悪化することは避けたい。大災厄の正体を知り、カイル・リードを「世界の番人」から解放することが、直近の目標だった。



 だが、中央セントラルへの報告はどうするべきか。



 あの惑星には、住人に『精霊』『世界の番人』と呼ばれるよくわからない精神生命体がいて、観測機械シーカーどころか移動装置ポータルまで破壊できる力を持っています。移動装置ポータルの確定座標まで干渉し、研究員達を遭難させました。おまけに住人の一部は優秀な能力者で中央のトップクラスの実力を持っていました。


――絶対に報告はできない……。カイル達を残して永久封鎖判定がつくオチが目に見えている。


 ディムはため息をついた。


「ディム?」


 隣の席のクトリ・ロダスが怪訝そうに顔を見る。


「どうかしましたか?」

「連中がおとなしくしてくれているか、不安になった」

「ああ」


 クトリ・ロダスが納得したようだった。


「無理ですね」

「……」


 容赦ない予想だった。


「……クトリ」

「いやいや、どうみてもおとなしくするタイプじゃないですよ?不安になるのが正解だと思いますが」

「……クトリ」

「シルビア・ラリムだけが理性的ですけど、カイルは規格外だし、イーレが加わればサイラスと一緒に歩く災厄ですよね。僕達が帰ってくる頃には、エトゥールの裏社会を乗っ取って、牛耳っていそうです」

「……」

「案外それが大災厄だったりして」


 クトリは自分の言葉にぷっと噴き出す。


「……笑えん」

「だいたい今回のプロジェクトって、規格外の巣窟ですよね。貴方といい、カイルといい、中央セントラルのトップクラスを辺境の惑星探査に投入するって意味わかりませんよ」

「――中央セントラルのトップクラス?」

「貴方も自覚がないんですか?」

「貴方『も』とは?」

「カイル・リードも自覚はなかったですよ。中央セントラル秘蔵っ子ひぞっこだっていうのに本人は無自覚で」

「――カイルが秘蔵っ子というの初耳だな」

「あんなに仲が良かったのに、そういう話はしないんですか?」

「――」


 ディムは虚を突かれた。


「誰と誰が仲がいいって?」


 真顔で問い返されクトリの方が困惑した。


「貴方とカイルが」

「俺とカイルが?」

「ええ」

「仲がいい?」

「ええ、結構つきあいが長いでしょ?」

「それは、このところプロジェクトで一緒になることが多かったからだ」

「それって珍しいですよね?これだけ多数の探査計画があって同じメンバーと再会するのはなかなかないですよ」

「そうか?結構、顔馴染みばかりだが――イーレもサイラスも所長もシルビアも」

「だから、それって中央のトップクラスの面子じゃないですか」

「――」

「ディム?」

「あまり考えたことはなかったな……。どこの出身とか個人情報には深入りしない質だから」

「貴方らしいですね」


 クトリは笑いを漏らした。


「俺とカイルは、仲がいいわけではないぞ?」

「……それ、本気で言ってます?」

「本気だが」

「じゃあ、なんで彼の救出に躍起になるんです?他の参加者のように、よくある不幸な事故だと割り切って、中央セントラルにさっさと帰還すればいいじゃないですか」

「――」

「こんなに労力を割いているのは、何故ですか?」


 その質問にディム・トゥーラは考え込んだ。


「……………………成り行き?」


 沈黙が流れる。クトリは呆れたように両手をあげて、宣言した。


「今、確信しました。貴方もカイルに劣らず、研究馬鹿の引きこもりの人付き合い下手の変人です」





 和議と祝宴が無事に終わった夜、使者達は若長ハーレイの家に集まっていた。

 周囲の人間は今後についての話合いだと思いこんでいたが、実際の議題はただ一点、保護したエトゥールの子供の賢者メレ・アイフェスについてであり、それは本人によって極めて難航なものになった。


「いやよ」


 傍目はためは愛らしい子供が、周囲に甘えて駄々をこねているように見える。

 だが騙されてはいけない。本人は占者せんじゃのナーヤ婆よりはるかに年上なのだ。

 カイルはシルビアの予想通りの展開に頭を抱えた。仮にもオブザーバーという高い地位にいる人物がこんな我儘わがままを言うのは論外だろう。


「イーレ、そんな我儘わがままを言わないでくれ。一緒にエトゥールに戻るのがなんで嫌なんだ」

「こっちの方が居心地いごこちがいいから」

「全く予想通りの反応ですね」


 シルビアはイーレの体温や脈、血液分析を行いながら、つぶやいた。彼女はイーレの手の傷に気づき、顔をしかめた。


「予想してたなら問題ないでしょ?」

「イーレ、エトゥールの賢者メレ・アイフェスの滞在は西の民の負担になる」

「俺の家で良ければいくらでも」

「あら、ありがとう、ハーレイ」

「ハーレイ!」


 若長の目的は、イーレとの手合せで、その機会を虎視眈々と狙っていた。真面目だと思っていた西の民の若長であるハーレイが、この件に関しては素晴らしいほど暴走している。


「大丈夫、彼女の気が済んだら俺が責任をもってエトゥールに送ろう」

「全然、大丈夫じゃない。目的がよこしますぎる」

「和議はすんだから、エトゥール王の許可はいらないだろう?」

「うっ……」

「西の民とエトゥールの決闘ではないぞ?よこしま扱いは心外だ」

「何がよこしまなの?」


 シルビアに手の傷を診てもらいながら、イーレがきく。


「イーレ、手合せを申し込みたい」

「ハーレイ!」

「いいわよ」


 イーレはあっさり承諾した。


「手の傷が完治するまで、ダメです」


 シルビアが静かな声で告げ、微笑してイーレを見つめる。これは彼女の危険な兆候だった。


「イーレ、主治医の言うことは従いますよね?」

「う、うん」


 イーレもシルビアから立ち上る静かな威圧のオーラを正確に感じとっていた。


「心配したんですよ?」

「はい、ごめんなさい……」

「シルビアには素直なのに、なんで僕の言うことはきいてくれないのかな?」

「シルビアには迷惑をかけたけど、カイルには迷惑かけられまくっているから」


 グサリ。一刀両断いっとうりょうだんの言葉だった。


「私とディムがどれだけ苦労したと思ってるの」

「……悪いと思っているよ」

「だったら休暇だと思ってくれてもいいわよね?」

「いや、それとこれとは話が――」

疲労困憊ひろうこんぱいなので静かなところで休みたいわ」


 イーレはわざとらしく、両手に顔を埋め、カイルをチラ見する。


「この村なら静かに暮らせる」


 ハーレイは、いまや完全にイーレの味方だった。


「そうよね?私もそう思うわ」

「いや……だから……」

「それぐらいにしてあげてください。カイルも心配したんですよ?」

「そういえばしてくれたわね」

「誤解を招く表現はやめて。をしたのは、トゥーラでしょ」

「わざと、姫様の前でいじめているのよ」


 はあ、っとカイルは息をついた。弱っていたイーレは夢か幻だろうか?


「イーレ様」


 ファーレンシアがイーレに声をかけた。


「晩餐会の日は兄を助けていただき、ありがとうございました。あらためてお礼申し上げます」

「こちらこそ、初社交デビュタントを台無しにして申し訳ありませんでした」

「サイラス様から聞きました。血が流れることを最小限にしていただいた、と――お気遣い感謝いたします」


 ファーレンシアは深く頭を下げた。


「うちの馬鹿な子が迷惑をかけたお詫びですわ」


 馬鹿な子扱いにハーレイはちらりとカイルを見つめる。


「……ナーヤ婆より強烈だな」

「……お婆様は彼女に比べれば淑女しゅくじょだよ」




 枕がカイルの顔面を直撃した。

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