第17話 閑話:観測ステーションの思い出③

「実力が伴ってから出直してこい」


――本当に言ったっ!

 カイルは内心、冷や汗をかいていた。イーレの予測があたったことを楽しむどころではない。


 目の前にいるディム・トゥーラは腕を組み、最近のシフトがおかしい、と訴える同僚に対して容赦ない一言を浴びせたのだ。


 その同僚とはカイルではない。カイルと組んでみたいと希望する精神感応能力者テレパシストだった。

 その希望者に対して、ディム・トゥーラは茶色の瞳にいくらかの侮蔑の色を浮かべ、190cmに近い長身で見下すように言った。


 相手の心は折れるんじゃないか、とカイルは思う。

 ディム・トゥーラははがねの精神の持主だ。でも周辺の人間が皆そうだと勘違いしているのではなかろうか、と思うぐらい時々容赦ようしゃない言葉をはく。


 中央セントラルのエリートで未来の技術官僚テクノクラートは、周囲を指導できる能力に秀でており、観測ステーションの所長の右腕として暗躍あんやくしていた。本人曰く、責任が伴わない立場で牛耳るのが、一番楽らしい。


 その彼は、最近カイル・リードと優先的に組むことが多い。カイルはその件について、他者から不満を訴えられることが多くなった。

 優秀なディム・トゥーラは、能力者の支援追跡バックアップ上手うまかった。強力な遮蔽術で能力者の精神を安定させ、最大限の能力を発揮させることに長けていた。

 カイルも誰と組みたいか、問われれば、ディム・トゥーラの名前をあげる理由はそれだった。


 今日、新たな事実が判明した。

 カイルの稀有な能力を、研究課題に活用したいという協力要請は、ディム・トゥーラと所長によってブロックされているらしい。カイルはいつのまにか彼等が厳選した物だけに参加するようになっていたのである。


――そうか、だから最近、仕事の効率がよかったんだな


 カイルの能力を当てにして、あわよくばいいように利用しようとしていた研究員達にカイルも気がついていたが、ディム・トゥーラがそれらを露払いしていたとは初耳である。

 今、まさに露払いが実行されていた。


「それができないなら、上層部に文句を言え。カイルのシフトを決めているのは所長だ」

 

 絶妙なタイミングで天下の印籠いんろうをかざす。ディム・トゥーラとカイルに向かう逆恨みの悪意をくるりと捻じ曲げて霧散させる。見事な手腕だった。




「修行が100年足りん」


 去っていく人物に対して、高飛車につぶやくディムにカイルは苦笑する。


「100年でディムに追いつくのは無理だ」

「じゃあ、才能はないな」

「いやいや、自分を基準にするのはよくないよ」

「自分を基準にして何が悪い。周囲にあわせる必要はない。お前もいちいち、ああいう勘違いした連中を相手にするな。所長の名前をだして追い払え」


 ディム・トゥーラの軸は、けしてぶれない。

 ほれぼれとする強さだった。ここまで達するのに、彼はどれだけの苦労と努力を重ねたのだろうか。

 カイルは居心地の悪い話題の転換をはかった。


「ところで、まだ探索は始まらないの?」

「まだだ」

「待機時間が異様に長いよね?」

「まあな……」

「何か知ってる?」

「――」


 ちらりとディムはカイルを見た。値踏みするような視線だ。


探索機械シーカーが破壊されている」


 それは思ってもみなかった爆弾発言だった。





 地上に降下する前に、予備調査は念入りに行われるのが常だ。そのため衛星軌道上のステーションから、探索機械シーカーを投下する。惑星の気象条件から地形まであらゆる情報を自動収集する機械だ。それは降下する研究員を守るための最も重要な事項でもあった。




「破壊って何に?撃墜するような科学文明でもあるわけ?」

「そうでもなさそうだ。それがわからないから、手をやいているのだろう」

「そんな前例あった?」

「ない。少なくとも俺が読んだ惑星探査報告書には、な」

「……衛星軌道上からの撮影は?」

「それもできていないらしい」

「……」

「だから待機状態はまだまだ続くぞ。暇な今のうちに好きなことをやっておけ」

「……あのさ」


 カイルは、ついでにきいてみる気になった。


「さっき、僕のシフトを決めているのは所長だって言ったよね?」

「そうだが?」

「無理に僕と組まされてない?もし、迷惑だったら、僕から所長に言うけど……」

「俺が希望した」

「え?」

「俺が希望したことだから問題ない」

「……てっきり所長命令で仕方なしに組んでいるのかと思った」

「それはないから安心しろ」


 ディムは肩をすくめた。


「お前が何かをやらかして問題がこじれてから、俺のところにくるより、最初から見張っていた方が楽だということに最近気づいた。所長も同意見だ」

「……………………」

「最近、始末書の数は減っただろう? 俺の目の届かないところで、なんかするなよ?お前はやらかすことが癖になっている」


 カイルは去っていく同僚を見送りつつ、優秀なディム・トゥーラの補助サポートを受けるには、毒舌に耐えられるはがねの心が必要なことを実感した。


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