第16話 閑話:観測ステーションの思い出②

 シルビア・ラリムは表情をだすタイプではない。全くの無表情で必要なことだけをすすめていく。

 それは観測ステーション内で有名で、「AIの申し子」やら「アンドロイド」とか言われたりするが、それを言うのはたいていシルビアに振られた男達だ。銀の長いストレートの髪と青い瞳の整った容貌は「難攻不落の氷姫」の称号の方がふさわしいとカイルは思う。


 ただ彼女は表情を出さないだけで、感情がないわけではない。その証拠にカイルは現在進行形で怒られている。


「聞いていますか、カイル」

「……はい」


 まったく無表情であることは変わらないが、怒りの波動は確かに感じる。そこへイーレがやってきた。


「シルビア、ちょっと聞きたいのだけど――カイル、今度は何をやらかしたの?」

「ひどいな、イーレ。僕も毎回毎回やらかしているわけでは――」

「やらかしています」

「……はい、申し訳ございません」


 カイルは深々と頭を下げた。

 イーレは面白そうに二人を眺めた。


「で、今度は何?」

「海洋チームが水槽の中の生物を集めるのにカイルの同調能力を使ったのですが、支援役の精神感応者テレパシストが未熟で遮蔽しゃへいしきれず、カイルが同調酔いを起こして、水槽に落ちました」

「――それは、ちょっと笑えない案件ね。大丈夫だったの?」

「意識不明で運ばれてきた場合、大丈夫の境界線はどこでしょう?」


 シルビアが珍しく微笑を浮かべ、イーレに問う。


「……相当キレてるわよ?」

「……実は僕も気づいていた」

「医療担当者として、今後は熟練の精神感応者テレパシストがいない時の同調能力の使用禁止を所長に進言します」

「熟練の定義って、何?」


 ねたようにカイルが尋ねる。


「このステーションは中央セントラルから選ばれた熟練者しかいないはずだけど?」

「――」

「そういうお達しを上から出すと、優秀な熟練者が周囲からやっかみを受けるから、やめてほしい」


 優秀な熟練者は限られる。イーレは誰のことを言っているのか気づいた。


「ディム・トゥーラのこと?」

「……」


 カイルは答えなかった。


「でも彼の場合、やっかみを受けても、上から目線で『実力が伴ってから出直してこい』ぐらい言いそうだけど?」


 イーレの指摘にカイルとシルビアが同時に噴き出す。その光景はリアルに浮かんだ。


「まあ、そうなんだけど……ね」

「最初からディムと組めば、いいじゃない」

「今回、彼は中央セントラルに行ってて、不在だった。それに彼に依存しすぎると、僕がヤバい。『普通』の熟練者の領域の判断ができなくなる」

「……」

「規格外の僕と規格外のディムが組むとやれることが大きくて、勘違いするんだ。他の人でも同程度やれる、と。実際は違う。でもどこまでできるか、測りながら能力を行使するのも難しい。同調能力も、精神感応テレパス能力も、便利なようで面倒くさいよ。その点、ディム・トゥーラはすごいよね。完璧にコントロールしている」


 カイルの悩みが吐露とろされる。

 意外にこれは深刻な案件ではないだろうか、とイーレは思った。


「ねぇ、カイル。動物や植物と同調して、個体を操るのは理解しているけど、他に何ができるの?」

「本人の同意があれば、記憶を読むこととか」

「記憶?」

精神感応者テレパシストは相手の表面上の思念を読むけど、同調能力者は相手と同化するから、記憶が読める」

「……すごいわね」

「やっかいだよ。動物や植物と人間の差ってなんだと思う?記憶と感情があることだ。同調して、他人の記憶と感情を増やせば、元の自我と対立する。同調能力者には、自我を守るための遮蔽しゃへいを作れる精神感応者テレパシストが必須だ」

「でも、すごいわ。例えば、私が忘れてしまった記憶も読めるの?」

「イーレ」


 シルビアが止めた。イーレが心的外傷トラウマで記憶障害を持っていることはカイルも知っていた。


「できるけど、それはおすすめしない」


 カイルは真顔になった。


「思い出せないのは、自己防衛だ。思い出したくないんだよ。無理に扉をあける必要はない。時がくれば、自然に戻るよ」

「深入りしない表面的な同調は?」

「試してみる?」


 カイルの差し出した手にイーレは手を乗せる。カイルは少しの間だけ目を閉じた。


「こんなことで何かわかるもの?」

「……絶対に怒らない?」

「怒らないわよ」

「イーレ、耳をかして」

「?」


 カイルがイーレの耳元で何事かささやく。

 イーレの目が驚きで見開かれ、次の瞬間、カイル・リードは殴り飛ばされた。





「怒らないって言ったじゃないかっ!」

「怒らないって言ったけど、殴らないとは言ってない」

「詐欺だっ!理不尽だっ!」

「ついでに言うと、それをシルビア以外に言ったら、許さない」

「……なんで、シルビアは除外なの?」

「シルビアは私の主治医で知ってるから」

「……ああ、なるほど」

「それを他の人にらしたら……」

「……らしたら?」

「365日24時間、私の護身術の講義を受けさせてあげる」

「……いや……それ、死ぬって……」

「脅さないとも言ってない」

「自分で脅しって認めているよっ?!」

「えっと……イーレ?」


 シルビアは困惑気味に仲裁にはいる。


「このステーションで死亡者を出すのは困ります」

かげほうむればいいの?」

「……」

「シルビア!そこ、考え込むところじゃないっ!」

「ああ、失礼しました。かげほうむるのも、なしでお願いします」

「シルビアのお願いごとなら仕方ないわね、残念」


 かすかに漂っていた殺気は消えた。にこにことイーレはカイルに笑いかける。無邪気を装っているが、それは間違いなく死神の笑顔だった。


「約束よ、カイル。誰にも言わないわね?」


 カイル・リードは蒼白そうはくになって、こくこくと頷いた。





 カイル・リードが去ったあとに、イーレがつぶやく。


「彼の同調能力って、とんでもないわね」

「いったい彼は何を……?」

「私の実年齢を正確に言い当てた人間は初めてよ」




――ああ、きじも鳴かずば撃たれまいってヤツだ、とシルビアは思った。

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