第6話 占者③

「……なんだ、これは?」

『エトゥール城の精霊樹の波動だよ。癒しの効果がある』

「見事じゃな。ここで癒し師として働くかい?」

『そんな職があるんだ?帰れない時は、お願いしようかな』

「帰る気はないだろう」


 獣は不思議そうに老女を見つめた。


『お婆様、面白いね。今度、肉体で会いにきてもいい?』

「あたしの占料せんりょうは高いよ」

『あはは、うちの凄腕商人そっくりの物言いだ』


 場違いに和んだ会話の間に、ウールヴェにしがみついていた子供の体が沈み込んだ。イーレは眠りに落ちていた。

 ハーレイはイーレの小柄な体を抱き上げて、ナーヤの示す寝台に移動させた。


『ハーレイ、何があったか知りたい。悪いけど記憶をみせて』


 断ることを許さない威圧があった。ハーレイは素直に従い、白い獣にふれた。だが以前と違い、1分ほどで彼は解放された。


『……なるほど』

「……すまない。彼女を傷つけてしまった」

『ハーレイのせいじゃない。彼女を保護してくれて、ありがとう。僕達は今度の事態に途方に暮れていたから、本当に助かったよ』


 カイルから先程までの威圧は消失していた。エトゥールで出会った青年の雰囲気に戻っており、ハーレイはほっとした。


「……カイル、なぜ精霊獣せいれいじゅうの姿に?」

『精霊獣? これはただの僕のウールヴェだ。イーレのすさまじい悲鳴が聞こえたから、これをここに飛ばして同調しているだけだよ』


 何から突っ込めばいいのか、ハーレイは頭をかかえた。


『僕の肉体はエトゥールにある。精神だけウールヴェを利用して飛ばしている』

「……それは、もうウールヴェじゃないぞ?」

『?』


 白い獣は首をかしげる。カイルは自分の状況に自覚はないようだった。





『さて、どうしたものか……』


 白い獣は考え込んでいた。


「まあ、場所として最適なのは精霊の泉だろうな」


 ナーヤは謎の助言をした。


『お婆様、すごいね。僕が何したいか、わかるんだね?』

「そんなギラギラしてたら、赤子だってわかるわい。若長、お前のウールヴェを出しな」

「え?」

「何かあったらウールヴェを通じてお前さんに連絡をとるよ」

「は?」

「鈍い坊だね。メレ・アイフェスが精霊の泉に行きたがっている。案内をしてやりな」


――なぜ、精霊の泉?


 ハーレイには理解できなかった。

 ナーヤ婆にせっつかれて、ハーレイは自分のウールヴェを呼んだ。現れたふくろうは、何も命じなくても、イーレが眠る寝台の木枠に泊まった。


『ハーレイ、悪いけど「精霊の泉」とやらに案内してくれないかな』

「あ、ああ……」





 ナーヤの家を出て村の入口に向かう。

 ナーヤの家を取り囲んでいた村人達は、どよめいた。

 注目度はすさまじかった。若長が精霊獣を連れているのだ。先導して歩いていれば、従えているようにも見える。これはあとで誤解をとくのが大変だろう、とハーレイは覚悟した。


 馬屋に自分の馬を取りにいき、くらをつける。馬達は、白い獣の出現にも動じることなく、飼葉かいばんでいる。それはおかしな光景だった。


「……なぜ馬達が騒がないんだ?」

『ああ、僕が遮蔽しゃへいしているから』

遮蔽しゃへい?」

『気配を断つというか……君達だって狩の時に、獲物に近づく場合は、気づかれないようにするだろう?あんな感じ』

「わかったような、わからないような……」

『ハーレイだって精霊の加護を持っているから、できるよ。機会があったら教えようか?』


 精霊の加護の話題にハーレイは動揺した。


「いや……俺は加護を取り戻したばかりで……」

『何を言ってるの?ずっと持ってるし、使いこなしているじゃないか』

「なんだって?」

『牢屋で僕の思念を正確に読みとっていただろう?あれは加護がなければ無理だ』

「――」

『だいたい、今、僕はエトゥール語でしゃべってないし』

「……え?」

『気づかなかった?僕は故郷の言葉を使っているし、ハーレイは西の民の言語だ。それでも意思の疎通ができ、会話が成立している。君達の言うところの「加護」だ。エトゥールの王族と同じ力を、ハーレイは使いこなしているよ』

「――」



 この精霊獣の姿をした青年は、ハーレイが散々悩んだ若長の資格うんぬんの事項を、一瞬にして虚空の彼方に蹴り飛ばし、おまけに粉砕してしまった。


『さあ、行こう』


 精霊獣は、西の民の新しい若長に出立を促した。

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