第7話 精霊の泉①
別にカイルは目的地に急ぐそぶりはなかった。むしろ、彼はいろいろな物に気を取られていた。森の木々の種類から、雑草、小動物に至るまで、見つけては、馬で追随するハーレイに名前や特徴を尋ねてきた。
――好奇心が
もはや、ハーレイは、「精霊の泉」への案内人というより、森の説明人だった。
だが、ハーレイは周囲に誰もいない今こそ、質問ができる機会であることに、ようやく思いあたった。
「カイル、倒れていたと聞いたのだが」
『イーレが言っていた?』
「ああ、和議が延期になったので、気づかず、こちらに戻ってしまった。身体は大丈夫なのか?」
『もう、平気だよ』
「……もしかして、俺のせいか?」
『いや、どぐされ精霊のせい』
「どぐされ――?」
『世界の番人に捕まってたんだ』
「!!!」
まさかの世界の番人を性根の腐った者扱いするとは!ハーレイは血の気がひいた。
「カイル、精霊に聞かれるぞ!」
『知ってる。聞かせているんだ』
さらにハーレイは血の気がひいた。
「頼む、カイル。村ではそういう不敬な発言は控えてくれないか?」
『ん?ああ、そうだね。村「では」控えるよ』
――しまった!懇願の仕方を誤ったっっっ!
これは話題を変えるに限る。ハーレイは急いで別の質問を投げた。
「カイル……そのイーレも……精霊獣になったりできるのか?」
『こんな風に、できるのは僕だけだと思うよ。もともと、イーレを探すために僕のウールヴェを飛ばすつもりだったけど……。イーレの悲鳴が聞こえたから、てっきり事件に巻き込まれたかと思って、ウールヴェに同調してみたんだ。案外上手くいくもんだね』
「そんな、ちょっと散歩してみました、みたいな口調はやめてくれ」
『散歩より労力はいるんだけどなあ。でも悪くない散歩だよ。こうして西の民の領地を見ることができるとは、感激だ。もっと早く、このやり方に気づけばよかった』
「……イーレはなぜ子供の姿をしているんだ?ナーヤ婆はメレ・アイフェスの技だと言ってたが……」
『……あのお婆様、本当に凄いね……』
カイルは感心したようだった。
『その通りだよ。僕達の外見は必ずしも実年齢に一致していない』
「イーレは何歳なんだ?」
会話が不自然にとぎれ、すごく長い沈黙が訪れた。
『……その質問はしないでくれる?僕はまだ死にたくない……』
精霊獣は本気で震えていた。どうやらカイルの首元にも、鎌は振りかざされているようだ。メレ・アイフェスの世界でも、女性の年齢に関する禁断の質問は存在する、とハーレイは学んだ。
たどりついた精霊の泉はいつもと変わらず静かだった。数頭の鹿が水を飲んでいた。陽の光が差し込み、水面に美しく反射していた。
『綺麗だね。イーレと出会ったのは「精霊の泉」みたいだけど?』
「彼女はその岩にいた」
『なるほど』
獣は巨岩の周囲を歩き回った。
「何をしているんだ?」
『イーレが着地した場所を探している』
結局、カイルの探していたものは、少し入った森の中にあった。草が回転上に倒れて、わずかに薄い金色に輝いている。
「精霊の輪?」
『……見たことあるの?』
「ライアーの塚でよく見かける」
『……なるほど』
「ここにきた理由はこれを探しに?」
『いや本命は別』
カイルはすたすたと大岩の前に戻って行った。
「?」
『ハーレイ、馬が逃げないように、ちょっと離れた場所に繋いでおいて』
ハーレイは指示に従った。
「これでいいか?」
『うん』
次の瞬間、ハーレイは遮蔽がなんたるかを悟った。
カイルが遮蔽を解いたからだ。
場の雰囲気ががらりと変わった。なぜ馬小屋で彼が遮蔽をしていたのか、今、馬を離れた場所に繋げるように警告したのか正確に理解した。
目の前にいるウールヴェから赤いオーラが立ち上る。泉にいた鳥たちは、一斉に羽ばたき、水を飲んでいた動物達は逃げ出した。
カイルは激怒しており、その怒りを今まで抑え込んでいたのだ。
『この腹黒精霊、でて来やがれっっっ!!』
青年の激怒ぶりと、精霊に対するあまりの不敬さにハーレイは絶句した。
セオディア・メレ・エトゥールは脳裏に響いた突然の
「……」
西の民の領地に、カイルが意識を飛ばしている事情は熟知していたが、いったい彼は何をしているのだろうか。
意識のないカイルの手を握って同調を補助していたファーレンシアと、それを見守っているシルビアは驚いて、顔を見合わせた。
アドリー辺境伯であるエルネスト・ルフテールは、ぷっと吹き出した。
彼と同じ声を聞いたのは、
「……閣下、今の声はなんでしょうか?」
「ああ、気にしなくていいよ、ミオラス。聖地で精霊獣が遠吠えしたようだ」
「遠吠え……ですか?」
巨岩に、落雷に似た閃光が着弾した。そこには赤い精霊鷹が降臨していた。その姿は雷のような放電するオーラを帯びていた。
空気が圧で震えている。カイルが見慣れている精霊鷹に宿っているのは間違いなく世界の番人だ。ハーレイはすぐに膝をつき、頭をたれたが、隣にいる
――――お前は馬鹿か
世界の番人の第一声がそれだった。
――――大陸中の加護持ちに響き渡っている
『それが、目的だからね』
カイルはいい放った。
『来るまで
――――うるさいからだ
『次回もこの方法を採用させてもらうよ』
――――何の用だ
『イーレを何で、この地に飛ばした?』
――――必要な時に必要な場所に飛ばすと言った
『イーレは協力してくれる人物だ。その彼女を傷つけるとはどういうことだ。僕は怒っている』
――――質問をしたのも彼女の選択だ
『そうなるよう誘導したのはお前だろうがっ!』
カイルは怒鳴りつけた。
『大災厄以外は誓約がないはずだ。イーレと話したあの声の主は誰だ?』
――――過去にアストライアーに
『なぜ彼がイーレに関わる?』
――――彼がそれを望んだからだ。それに彼女も望んだ。
『彼女は傷つくことなど、望んでいない』
――――彼女が真に望んでいることが何か、お前は知っているはずだ、メレ・アイフェス
『――』
――――ついでにお前は、彼女の二つの道を見たはずだ。これはかなりの譲歩だ。本人にも警告したのだからな。
『どこが譲歩だっ⁉︎ お前のしたことは、彼女の心を土足で踏みにじっているんだぞ⁉︎』
――――それは見解の相違というものだ
『これ以上、イーレを傷つけるな。僕は仲間が傷ついてまで大災厄を止める奉仕はしないぞ』
――――そんなことはない。お前は結局奉仕する。
『しない』
――――するぞ、メレ・アイフェス。お前は頑固で、馬鹿で、情にもろい。本当にそういうところは、よく似ている。お前は関わった者を見捨てることなどできない
『うるさい!』
苛立つカイルにファーレンシアの静かな思念が割り込んだ。
『……カイル様、シルビア様が至急戻って欲しいとおっしゃってます』
シルビアも気づいたらしい。
『今日は時間切れだが、またくるからな。首ねっこ洗って待っていろ』
「カイル!!」
カイルの捨て台詞をハーレイが蒼白になって
――――今度は静かに呼び出せ。それが条件だ。
鷹は姿を消した。たった今までそこにいたはずなのに、空気と同化したように見えなくなった。
一瞬にして空気の圧は消え、森が元の姿を取り戻した。鳥の囀りが戻ってくる。
『ハーレイ、ちょっとここで、待っていてくれないか。15分ほどで戻る』
「待て、カイルっ!!こちらも聞きたいことが――」
先程の世界の番人と同じく、瞬時に青年の気配は消え、無邪気な表情の精霊獣だけがハーレイの目の前に残った。
カイルは目を覚まし、跳ね起きた。同調の補助をしていたファーレンシアがほっとした表情をする。
「すぐにあちらに戻る。シルビア、アストライアーのことだね?」
シルビアは
「偶然で片付けるには無理があります。アストライアーはイーレの死んだ
シルビアは片手で口を覆った。
「この
「僕も同じ仮説にたどり着いた。だがそうなると、過去にこの惑星を
「しかもカイルが見た記憶の通りなら、イーレの
「
「
「だけど、この惑星の探査記録はない、未知の惑星の扱いになっている」
「そこなんです。そればかりは、地上で確認はできません」
「ああ、畜生、ディムがいればなあ……」
「今の最大の問題はイーレです。
「もうひとつ問題がある。イーレの使った
カイルは親指を強く噛んだ。
「現地を確認する必要があるが、誰かが
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