第4話 占者①
別に前触れを出したわけでもないが、ナーヤは若長を迎える準備を終えていた。
「坊、よく来たなあ」
「……坊はやめてくれ。俺も三十路をすぎた」
「若長ハーレイと呼ばれるのとどちらがいいか?」
「……坊でいい」
70歳以上と思われるナーヤ婆に勝てる者など村にはいない。彼女は恐ろしい記憶力をもっており、村人達の子供の頃の悪事を全部覚えている。大人になってから、それをつらつらと暴露されるのはいたたまれないというものだ。
ナーヤ婆は、ひゃっひゃっと笑う。
ハーレイはナーヤの前に腰を下ろした。
「そろそろくると思っていたよ。見てもらいたいのは異国の嫁か?」
「違うっ!」
否定して、慌てて言い繕う。
「いや、確かに、見てもらいたいのは異国の子供だ。だが、嫁でも隠し子でもない」
ナーヤはハーレイに、いれたクコ茶をすすめた。
「しかし、ナーヤ婆のところまで噂が届いているとは、あいつらめ……」
「お前に隠し子がいるとしたら、あたしゃ、引退するね」
「うん?」
「何度、村の女共にお前のことを相談されたと思ってんだい」
ハーレイは飲んでいたお茶をふいた。
「俺のことを
「
「……ウールヴェの肉を持ってきたが……」
「もらおう。3回くらい見てやるよ」
ハーレイは笑って、持ってきた肉のはいった包みをナーヤ婆に差し出した。ウールヴェ肉の報酬を断れる者は、なかなかいない。ナーヤも例外ではないのだ。
「で、見てもらいたいのは異国の子供だったな?」
「そうだ。正体はなんだ?」
「
「俺がエトゥールで知り合った者と一緒か?」
「同じ」
「なぜこの地にきた?」
「世界の番人の意思」
イーレの言っていた言葉と同じ返答にハーレイは唖然としたが、質問をとめるわけにはいかない。
「なんのため?」
「風を起こすため」
「風?」
「浄化の風、変化の風、隠されたものを暴く風」
「もっと具体的に」
「まだ、見えぬよ」
「なぜ、彼女は子供の姿をしている?」
「
「彼女の真の年齢は?」
「……」
ナーヤ婆の占いをしていた手がとまる。
「お前の首元に鎌があるから、聞かぬ方がよい」
「……」
ハーレイは思わず首をさすった。それはハーレイが見た光景と一致していた。
「
「彼女をどうしたらいい?エトゥールにつれていけばいいのか?」
「村におけばいい。かの地より迎えがくる」
「ウールヴェで連絡をとるべきか?」
「いや、もう向こうから連絡がくる。ありえぬ事態に向こうも焦っておるの。どうやら、
ナーヤの占いの手が止まる。
「だが、気をつけろ。彼女の道は二つに分かれている。お前は深くそれにかかわるだろう」
「なんだって?」
ハーレイは突然の警告に唖然とした。
「どういう意味だ? どう二つに分かれているんだ?」
「それは彼女の運命。お前のものではない」
ナーヤ婆は意外な言葉を告げた。
「続きを
それからハーレイがどんなに問いかけても、ナーヤは沈黙を守り答えなかった。
――村の
翌日に、ハーレイがその件を伝えると、イーレは戸惑いを見せた。
「
「野生のウールヴェを倒しておきながら、やらかしていないと思うとは、びっくりだ」
「だって、あれは成り行きじゃない」
「村の男達が、嫁に欲しがっている」
「
「そういう反応がくるとは思わなかった」
「冗談はさておき――村は
「
「……
ハーレイは考え込み、
「長の次に権力があると思っていい。迷ったときなどの村の相談役だ。道を示す。彼女の言葉はよく当たる。イーレは精霊によって飛ばされたとも言っていた」
「私の言葉は証明されたわけね」
イーレは得意げに胸をはる。このたまにでる子供っぽいところが、彼女の年齢不詳に拍車をかけるのだ、とハーレイは思った。
「メレ・アイフェスの
「――」
イーレは軽く口をあけた。
「ちょ、ちょっと待って。
「そうだが?」
いやいやいや。どうして、地上の西の民の
偶然?はったり?それとも――
「……私も質問が許されるの?」
「通訳はする」
イーレはハーレイをじっと見つめる。
「他言無用を誓える?」
「個人の秘密は守る」
「個人ではなくても」
「西の民に不利なことは困る」
「エトゥールや私達に不利なことは、こちらも困るんだけど――」
イーレはつぶやいた。
「……貴方をまきこむのも手か……」
ハーレイは背筋がぞくりとした。本能が警告する。これはヤバい雰囲気だ。魔獣の四つ目が五十匹いるより、危険な匂いがする。
「待ってくれ、イーレ。やはり、
「もう、手遅れ」
イーレは、にやりと笑った。
「さあ、
ハーレイは戦略を誤ったことに気づいたが、すべては遅かった。
ナーヤ婆のところを訪れると、
「ナーヤ婆。例のメレ・アイフェスを連れてきた」
「来たな」
ハーレイを見たナーヤは大笑いをした。
「巻き込まれたな。もう逃げる事はかなわぬ」
「待て、ナーヤ婆、それはどういう意味だ⁈」
「通訳はいらぬよ」
「エトゥール語だぞ?」
「おまえさん、あたしの言葉はわかるだろう?」
「え、ええ、理解できるわ」
イーレは先程から戸惑いを隠せない。言葉がわかる。だが老女がしゃべっているのはエトゥール語ではない。
「お婆様、貴方もメレ・エトゥールのように『精霊の加護』をお持ちってことかしら?」
「持っておるよ。
「通訳がいらないなら、俺は席をはずそう」
不吉な予感から、この場を去ろうとすると、イーレはがっしりとハーレイの腕をつかんだ。
「逃がさないわよ」
完全に獲物を捕らえた狩人の顔だ。ハーレイはぞっとした。
「あきらめろ、若長。逃げるには手遅れだ。まあ、二人とも座れ」
二人はとりあえず老女の前に腰をおろした。
落ち着かない二人に、ナーヤはいつものようにクコ茶をだす。
「聞きたいことがあるのだろう」
「山ほど」
イーレはにっこりと応じた。
「よかろう」
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