第4話 占者①

 占者せんじゃナーヤの家は村の奥、長の家の隣にある。彼女の占いはよく当たる。長についで村で尊敬され、権力を持つ人物だ。精霊の加護をもち、優れた先見の能力をもつ彼女の力は村のかなめでもあった。

 別に前触れを出したわけでもないが、ナーヤは若長を迎える準備を終えていた。囲炉裏いろりで茶をわかしている。


「坊、よく来たなあ」

「……坊はやめてくれ。俺も三十路をすぎた」

「若長ハーレイと呼ばれるのとどちらがいいか?」

「……坊でいい」


 70歳以上と思われるナーヤ婆に勝てる者など村にはいない。彼女は恐ろしい記憶力をもっており、村人達の子供の頃の悪事を全部覚えている。大人になってから、それをつらつらと暴露されるのはいたたまれないというものだ。 

 ナーヤ婆は、ひゃっひゃっと笑う。

 ハーレイはナーヤの前に腰を下ろした。


「そろそろくると思っていたよ。見てもらいたいのは異国の嫁か?」

「違うっ!」


 否定して、慌てて言い繕う。


「いや、確かに、見てもらいたいのは異国の子供だ。だが、嫁でも隠し子でもない」


 ナーヤはハーレイに、いれたクコ茶をすすめた。


「しかし、ナーヤ婆のところまで噂が届いているとは、あいつらめ……」

「お前に隠し子がいるとしたら、あたしゃ、引退するね」

「うん?」

「何度、村の女共にお前のことを相談されたと思ってんだい」


 ハーレイは飲んでいたお茶をふいた。


「俺のことをたのか⁈」

占料せんりょうを倍にしても依頼はきた。ずいぶん儲けさせてもらったから、今回は無料ただでよい」

「……ウールヴェの肉を持ってきたが……」

「もらおう。3回くらい見てやるよ」


 ハーレイは笑って、持ってきた肉のはいった包みをナーヤ婆に差し出した。ウールヴェ肉の報酬を断れる者は、なかなかいない。ナーヤも例外ではないのだ。


「で、見てもらいたいのは異国の子供だったな?」

「そうだ。正体はなんだ?」

導く者メレ・アイフェス

「俺がエトゥールで知り合った者と一緒か?」

「同じ」

「なぜこの地にきた?」

「世界の番人の意思」


 イーレの言っていた言葉と同じ返答にハーレイは唖然としたが、質問をとめるわけにはいかない。


「なんのため?」

「風を起こすため」

「風?」

「浄化の風、変化の風、隠されたものを暴く風」

「もっと具体的に」

「まだ、見えぬよ」

「なぜ、彼女は子供の姿をしている?」

導く者メレ・アイフェスわざだな。彼女の意思でもある」

「彼女の真の年齢は?」

「……」


 ナーヤ婆の占いをしていた手がとまる。


「お前の首元に鎌があるから、聞かぬ方がよい」

「……」


 ハーレイは思わず首をさすった。それはハーレイが見た光景と一致していた。


女子おなごの年齢は、えてしてそんなもんじゃ。聞いちゃいかん」

「彼女をどうしたらいい?エトゥールにつれていけばいいのか?」

「村におけばいい。かの地より迎えがくる」

「ウールヴェで連絡をとるべきか?」

「いや、もう向こうから連絡がくる。ありえぬ事態に向こうも焦っておるの。どうやら、導く者メレ・アイフェスかなめが、今かけておるようじゃ」


 ナーヤの占いの手が止まる。


「だが、気をつけろ。彼女の道は二つに分かれている。お前は深くそれにかかわるだろう」

「なんだって?」


 ハーレイは突然の警告に唖然とした。


「どういう意味だ? どう二つに分かれているんだ?」

「それは彼女の運命。お前のものではない」


 ナーヤ婆は意外な言葉を告げた。


「続きをたければ、彼女をここに連れてきな。いうべき言葉もあるし、彼女もききたいことがあるだろう。ナーヤ婆が呼んでいるといえば、村にはいる口実になろう」


 それからハーレイがどんなに問いかけても、ナーヤは沈黙を守り答えなかった。





――村の占者せんじゃがイーレに会うことを希望している。


 翌日に、ハーレイがその件を伝えると、イーレは戸惑いを見せた。


占者せんじゃが私に会いたいって、なんでまた……私、何かやらかした?」

「野生のウールヴェを倒しておきながら、やらかしていないと思うとは、びっくりだ」

「だって、あれは成り行きじゃない」

「村の男達が、嫁に欲しがっている」

生涯しょうがい初のモテ期到来?」

「そういう反応がくるとは思わなかった」

「冗談はさておき――村は余所者よそものが入れないんでしょ?」

占者せんじゃが招いたから今回は特別だ」

「……占者せんじゃは西の民では、どういう立ち位置なの?」


 ハーレイは考え込み、余所者よそものに説明する言葉を探した。


「長の次に権力があると思っていい。迷ったときなどの村の相談役だ。道を示す。彼女の言葉はよく当たる。イーレは精霊によって飛ばされたとも言っていた」

「私の言葉は証明されたわけね」


 イーレは得意げに胸をはる。このたまにでる子供っぽいところが、彼女の年齢不詳に拍車をかけるのだ、とハーレイは思った。


「メレ・アイフェスのかなめが不在で、エトゥールも混乱しているが、待てば向こうから連絡がくるらしい」

「――」


 イーレは軽く口をあけた。


「ちょ、ちょっと待って。占者せんじゃがそう言ったの?」

「そうだが?」


 いやいやいや。どうして、地上の西の民の占者せんじゃが、かなめであるディム・トゥーラの不在を見抜くのか。

 偶然?はったり?それとも――


「……私も質問が許されるの?」

「通訳はする」


 イーレはハーレイをじっと見つめる。


「他言無用を誓える?」

「個人の秘密は守る」

「個人ではなくても」

「西の民に不利なことは困る」

「エトゥールや私達に不利なことは、こちらも困るんだけど――」


 イーレはつぶやいた。


「……貴方をまきこむのも手か……」


 ハーレイは背筋がぞくりとした。本能が警告する。これはヤバい雰囲気だ。魔獣の四つ目が五十匹いるより、危険な匂いがする。


「待ってくれ、イーレ。やはり、占者せんじゃは控えた方がよさそうだ」

「もう、手遅れ」


 イーレは、にやりと笑った。


「さあ、占者せんじゃのところに行きましょう」


 ハーレイは戦略を誤ったことに気づいたが、すべては遅かった。




 ナーヤ婆のところを訪れると、占者せんじゃは既に客人二人分のクコ茶を入れていた。相変わらずの先読みである。


「ナーヤ婆。例のメレ・アイフェスを連れてきた」

「来たな」


 ハーレイを見たナーヤは大笑いをした。


「巻き込まれたな。もう逃げる事はかなわぬ」

「待て、ナーヤ婆、それはどういう意味だ⁈」

「通訳はいらぬよ」

「エトゥール語だぞ?」

「おまえさん、あたしの言葉はわかるだろう?」

「え、ええ、理解できるわ」


 イーレは先程から戸惑いを隠せない。言葉がわかる。だが老女がしゃべっているのはエトゥール語ではない。


「お婆様、貴方もメレ・エトゥールのように『精霊の加護』をお持ちってことかしら?」

「持っておるよ。占者せんじゃじゃからのう」

「通訳がいらないなら、俺は席をはずそう」


 不吉な予感から、この場を去ろうとすると、イーレはがっしりとハーレイの腕をつかんだ。


「逃がさないわよ」


 完全に獲物を捕らえた狩人の顔だ。ハーレイはぞっとした。


「あきらめろ、若長。逃げるには手遅れだ。まあ、二人とも座れ」


 二人はとりあえず老女の前に腰をおろした。

 落ち着かない二人に、ナーヤはいつものようにクコ茶をだす。


「聞きたいことがあるのだろう」

「山ほど」


 イーレはにっこりと応じた。


「よかろう」


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