第3話 若き長③

 ライアーの塚でウールヴェの解体が始まり、そのまま宴会の準備が始まった。通常は村で行われるが、イーレが余所者よそもので村に入れることができないからだ。


 慣れている男達の手際はいい。ウールヴェが薙ぎ倒した木を切り出し、丸太をベンチがわり配置し、薪を山積みにする。少年達は細竹を大量に切り出してきた。どうやら肉を刺す串がわりらしい。


 もちろん村に戻り、麦酒エールの樽を持ってくることも忘れない。大量の肉を村に届けたから、村でも宴会が始まるそうだ。イーレはハーレイからナイフを借りて、肉を細竹に刺していく役を受けもった。


 串肉を取りに来た男達に、やたら頭を撫でられる。西の民の言語はまだ習得できないが、よくやった、とかそういうたぐいだろうとイーレは思った。


「やだ、美味しい」


 それは中央セントラルの超高級肉以上の美味しさだった。こんな極上の肉が世の中に存在するのか。イーレは感動した。

 単純に焼いただけでも、充分の旨味が肉にはあった。香辛料を加えれば、アレンジが無限に広がった。これまた、西の民は巧みに香辛料を使いわけるのだ。

 イーレは西の民の究極の食文化を存分に味わった。

 とろけるような顔で肉を堪能する子供に周囲は大笑いする。


「美味しいか、と皆が聞いている」

「美味しい。もう最高。ここに一生住みたいくらい」


 ハーレイが通訳して皆に伝えると大爆笑になった。





「ハーレイ」


 ハーレイが樽から麦酒エールを酌んでいると呼び止められた。


「あの子が例の泉にいたエトゥール人か?」

「そうだ」

「あの子は今、どこにいるんだ」

「掟通りに商人小屋だ」

「村でもいいんじゃないか?」

余所者よそものだから入れるわけにはいかない」


 内心、ハーレイも同じことを思っていたが、若長が率先して規律を破るわけにはいかなかった。


「いやいや、そんな芝居をしなくても我々は受け入れるよ。母親がエトゥール人でも、あの子は立派な戦士の素質がある」

「なんの話だ?」

「あの子は、ハーレイの娘なんだろう?」

「――は?」

「ハーレイにイーレ。名前もちゃんといんをふんでいる」


 とんでもない誤解が生まれていた。


「イーレは俺の隠し子じゃないっ!」

「いやいや、隠さなくていいんだ、若長。若い時の過ちは誰にでもある」


 集まった男達が笑いながら頷く。


「だから、違う!」

「あの子なら村で育てても、問題ないよな?」

「ああ、すぐにでも嫁の引き取り手がある」

「お前のところの息子はどうだ?」

「あれだけ、戦えるなら悪くない」


 勝手に話が進んでいく。


「人の話を聞けっ!」


 ハーレイの怒声に皆はびっくりした。


「イーレは俺の娘じゃない」

「でも――」

「そうか。皆は、俺が妻の生前時に、外に女を作ったと言うんだな?名誉をかけた決闘を用意しよう。死んだ妻と子供のためにも」


 時系列の矛盾に彼等は、ようやく気づいたようだった。ついでにハーレイの怒りの波動も届いたらしい。昔の彼は愛妻家で有名だった。


「わ、わかった。悪かった。落ち着いてくれ、若長の名誉は守られている」

「疑うものがいるなら、遠慮なく申し出てくれ。なに、決着には時間はかかるまい?」


 ハーレイはわざとらしく、剣帯を指でふれた。

 若長の実力を知るものは、麦酒エールを片手にその場から逃げ出した。ハーレイは怒りの行き場をなくし、大きな溜息をついた。





「なになに、どうしたの?」


 元凶の娘は、無邪気に聞いてくる。

 まだハーレイは、はらわたが煮えくりかえっていた。麦酒エールを一気にあおる。


「貴方を俺の隠し子だと思ってやがる……」

「周囲の期待に応えて、お父さんって呼ぶべき?」

「……」


 ハーレイは立ち上がると、無言でイーレが食べている串を取り上げ、彼女を小脇にかかえ、そのまま宴会の輪の外に容赦なく放り出した。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 イーレはそれ以降、ハーレイの横で大人しくウールヴェの串焼きを食べていた。彼女が素直に謝ったのは、肉を食べる機会を失わないためだろうとハーレイは推測した。それは正しかった。


 一方、離れた場所で様子を伺っていた集団は、麦酒エールを片手に密かに盛り上がっていた。あれは隠し子ではなく、嫁候補だ、と。


 次の問題が発生していることを二人はまだ気づいてなかった。






「セオディア・メレ・エトゥール!!!」


 カイルが青ざめて、執務室に飛び込んできた。

 ノックを忘れるとは、よほど慌てているらしい。彼が手にしているのは、カイルが過去に作成した地図の一部だ。シルビアとサイラスもその背後にいて、執務室に入ってくる。


 人口密度があがったので、セオディアは部屋にいた専属護衛と侍女を手をふって下がらせる。

 メレ・アイフェス達が勢揃せいぞろいするとは、只事ただごとではないだろう。

 専属護衛達が去ってから、カイルは話を切り出した。地図をセオディアの執務机の上に広げる。


「ここは、どんな場所?」


 国境を越えた西の場所に朱のインクで×印がかかれている。


「西の民の領域だな」

「やっぱり、そうだよね」


 カイルは親指を噛んだ。


「どうしたんだ?」

「イーレが飛ばされた。西に500キロほど」


 言葉の意味がわからずに、セオディアは目をまたたいた。


「イーレ嬢が?」

「西の民の領域に飛ばされた」

「よくわからない。イーレ嬢はなぜ西の民の領域にいくんだ?」

「こっちだってわからないよ。多分、番人のせいだ」


 シルビアは補足の言葉を告げた。


「本来だったら、精霊樹のそばか、前回と同じ、離宮の中の予定だったのです。その着地点が西にずれました。恐らく『精霊』の干渉です」

「だが、西の民の領域を侵すのは、エトゥールの利益に反するぞ?やっと、和議の一歩手前まできたのに、戦乱の元になることを世界の番人がするとは思えぬが?」

「確かにそうですね」

「『必要なときに、必要な場所に飛ばす』と、は言っていた」

「カイル殿、世界の番人をアレ扱いするのは、いかがなものか……」

だよ!もう、ひねくれて、やっかいな――」


 がぶり。

 カイルのウールヴェが、彼の左手を噛むことで、暴言を止めた。


「……番人に筒抜けのようだぞ」

「――っ!」


――番人 筒抜ケ 言葉 気ヲツケル


「……」

「……」

「『天の声』はどうした?もう一人男性のメレ・アイフェスがいただろう?ファーレンシアが会話したという――」

「今、不在なんだ。伝言がきた」

「どんな?」

「『奉仕サービス期間は終了だ。自分達で何とかしろ』」

「……なかなか手厳しい御仁ごじんだな」


 サイラスとシルビアがこくこくと頷いて同意するところを見ると、セオディアの感想もそれほど間違っていないらしい。

 

――精霊の気まぐれで東西南北500キロほど飛ばされる前例がありますので


 メレ・エトゥールは、晩餐会前のサイラスの家での会話を思い出していた。


「サイラス殿は南に飛ばされたのだな?」

「そう」


 結果的に、それは南の魔獣討伐に繋がった。

 なぜ、メレ・アイフェスの女性リーダーは西の地に飛ばされたのだろうか。


「つまり、西にいるイーレ嬢に連絡の手段がないのだな?」


 カイルは頷いた。


「だが、我々が動けば、誤解を産むぞ?」

「それもあるんだ」

「一つ気になるのですが」


 シルビアが言葉をはさむ。


「西の民は戦闘民族で、かなり男尊女卑の傾向があるのではありませんか?」

「その通りだ。よく、わかったな」

「イーレが一番嫌う差別です」

「……まずいな」

「……まずいよ」


 カイルは蒼白になり、頭をかかえた。


「ハーレイとイーレが出会って、もし対立したら……」

「対立したら?」

「二大怪獣大決戦が始まってしまう」

「?」


 言葉の意味がわからずに、メレ・エトゥールは、サイラスとシルビアを見た。

 う〜ん、とサイラスは考え、言葉を探した。


「例えるなら……」

「例えるなら?」

「平穏なエトゥールの街のど真ん中に、規格外の巨大な野生のウールヴェが二匹出現して、縄張り争いをするみたいな事態?」

「――」



 それは災厄以外のなにものでもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る